第40話 期待の眼差し
どうしてこんなことに……。
後方に100人近い仲間を引き連れ、その先頭を行くラクアはそんなことを考えていた。今思いかえすと、上手く丸め込まれたような気がしないでもない。でも今さらそれを気にしても仕方ないし、気にしたところで何も変わらない。
今自分がやらなければいけないことはただ1つ。ヴァナラの殲滅である。
あの方ができると言うのだから、できないはずがない。あの方が任せると言ったのだから、その期待には応えて見せたい。そしてあの方にあそこまで言われたのだから、何がなんでもやるしかなかった。
そんなことを考えていると、少し先の枝に2人の人影を発見し、ラクアはその枝に止まる。
「すいません、遅くなりました!」
「おう、来てくれたかラクア!」
2人の内の丸い身体をつきをしている方の忍――ゲルが顔を綻ばせた。
「今はラクシアータのエルフ部隊が弓で牽制してはいるが、猿相手にいつまで持ち堪えられるかわからなかったところだ」
今度はゲルと正反対の身体つきをしている細い方の忍――カクが西の方角に向け流し目を送った。次いで、ラクアもその方向に視線を送る。
かなり距離はあるが、せいぜい400メートルといったところ。人間族や並の魔族ならば、姿形すら捉えることはできないだろう。魔力を視覚に集中させ、目を細めた。すると、黄色の点々がポツポツと見え始める。
「かなりいますね」
ヴァラナ――。緑の王国にのみ生息するモンスターで、危険度はレベル5と制定されている。
大木さえも簡単に握り潰すほどの桁外れな腕力と、エルフや忍並のスピードがあり、個々の身体能力は上位魔族にも匹敵する。
「さすがだな。俺にはなんも見えねぇよ」
「同じく」
ラクアは軽く苦笑いを溢した。
エルフは眼がいい。他の魔族と比べてもズバ抜けて。視界を遮る遮蔽物が何もないところであれば、600メートル先にいる人の指の動きまではっきりと捉えることができるのだ。
「全部で100匹はいるそうだ」
「100、ですか……」
かなりの数である。普通ヴァナラは単体で活動することが多く、群れで動くことは極めて珍しい。そして、そんな数がいると言うことは恐らく・・・・・・。
「しかもそん中に、ボス猿が一匹いる」
やはりな、とラクアは思う。
「それは、かなり厳しいですね」
前に一度だけ、ウィー様がヴァナラの群れの頭と戦っているところを見たことがあるが、あれはかなりの強さだったことを覚えている。
あの頃はまだルナ(この子)が封印されていて、3本の弓にも選ばれていなかった。ウィー様やリーサさんの背中を追いかけるばかりで、強くなることに必死だった。
でも。今思い返すと、あの大きな背中に守られていた頃に戻りたいと思うことがある。まぁ、そんなことを言えばウィー様とリーサさんに怒られてしまうのだろうけれど。
「それより、棟梁の姿が見えねんだが……」
「そう言やそうだな。まだ来てないのか?」
そう言ってラクアの後方を見回すゲルとカク。ラクアは視線をずらしながら、申し訳なさそうに言った。
「あ、いや、その・・・・・・ウィー様は、来ません」
「「なんだって!?」」
私の方が「なんだってだよ」と言い返したかったが、2人の不安そうな表情を見て、言葉が喉の奥へと引っ込んでしまった。2人の言いたいことはよく分かる。彼らはウィー様を待っていたのだ。決して私なんかではなく・・・・・・・。
「ということは、だ。もしかして今回はラクアが指揮をとんのか!?」
ゲルが身を乗り出し、大きな声で言った。
「やっぱり、私なんかじゃ頼りないですよね……」
今からウィー様を呼びに戻るろうか。いや、そんな時間はない。ならばリーサさんに変わってもらおう。メイラさんとセスティアさんもいい。あの人達ならば、きっと上手くやってくれる。少なくとも自分よりは。そんなことを考え始めていたのだが。
「――なんだやっとか!!」
「え?」
視線を上げると、ゲルとカクは笑っていた。目を輝かせて、嬉しそうに笑っていた。
「そうかそうか、ようやくか! 良かったな〜ラクア!!」
「俺達は今日という日をどれだけ待ち望んでいたことか……!!」
「え。え? え……?」
今いち状況を飲み込めないラクアに、2人は勝手に盛り上がり始める。
「よし! そうと決まっちゃあ今回ばかりは何がなんでも負けるわけにゃあいかねぇな兄弟!!」
「ったりめぇよ、なんてったってラクアの初陣だかんな!」
「あ、あの……」
「で、ラクア作戦は決めたんかい?」
「俺らはラクアの駒だ。好きなように使ってくれ!」
そんなことを言われても。というか、なぜこの状況で笑っていられるのか。
背中をツンツンとされ、ラクアは首だけで振り返ると――小さな指でほっぺをむにゅっと突かれた。
「大丈夫。ラクアなら、できる」
ルナの笑顔に、ラクアの頬が勝手に緩まってしまう。
「ありがと、ルナ」
何はともあれ、やるしかないのだ。そう自分に言い聞かせ、一度大きく深呼吸してから2人を見据えてラクアは言う。
「今いる戦力を教えて頂いても構いませんか?」
「俺達は忍が42にエルフが52」
「負傷者を除けば36と52だな」
「そうですか。ありがとうございます」
ラクアが引き連れてきた戦力と合わせて忍89のエルフが73で、合わせて152。対する敵はヴァナラ100体弱。しかも頭がいる。
人数的にはこれがベストに近い。こう言った森の中での戦いにおいて、数が多いと逆に同士討ちの可能性、そして仲間の戦闘の邪魔をしてしまう危険性がある。本当はもう少し増援を引っ張って来たかったのだが、残念ながら永久の勇者率いる使者連中にやられ、同胞200人近くが気絶している。
さてどうしたものか。
今この瞬間にも、ヴァナラの群れは進行してきている。そろそろエルフ部隊も限界だろう。
考えろラクア・ディッファニー。この状況"ウィー様なら"どうするか。あの方の側で、あの方の行動を見てきた自分なら――。
「フォーメーション"援護射撃で行くっすよ!"で行きましょう!」
カクが何か言いたそうな顔だったが、ゲルがそれを阻んだ。
「了解だ。だが、ボス猿はいったい誰が仕留めるんだ?」
「頭は私が殺ります!」
「でもラクア……!!」
ようやくカクが口を開くが、ゲルがその肩に手をおいた。
「ラクアが殺るって言うんだ。ここはラクアに任せようぜ?」
やはり、ラクアがたてた作戦では心配なのだろうか。
まだ何か言いたそうだったが、カクは言葉を飲み込み渋々頷いた。
「わかったよ。頼りにしてんぜ新棟梁!」
「いえ、棟梁とか無理ですよ本当に……!」
ラクアがそう言うと、2人は笑いながら前後に跳躍した。皆に作戦を伝えるためだ。
「棟梁、かぁ」
ラクアは噛みしめるようにしてそう呟いた。
今までラクアは棟梁を目指して修行を積み重ねてきた。誰よりも強く、誰よりも優しいウィー様に憧れた。ウィー様のあとを受け継ぎ棟梁になるのがラクアの夢だった。だからこそ、棟梁と呼ばれるのは素直に嬉しい。しかしそう思う反面自分にはまだ早いと思うし、他にも自分より優れた人材は山ほどいる。自分にはだから、まだまだ半人前の自分が棟梁になるなんて・・・・・・。そこまで考え、ラクアは頭を振って思考を切り替えた。
「とりあえず、今はこの戦いは勝たなきゃね」
「うん」
ラクアの声に、背中にいるルナが応える。
首だけで振り向くと、既にそこに幼い少女の姿はなく、ただ一本の弓だけが背中のベルトに収まっていた。
「行くよ、ルナ!」
弓を構え、ラクアはヴァナラの群れへと距離を詰めた。




