第39話 襲撃の原因
突然だが、俺は今走っている。全速力で森の中を――。この場合走っているという表現が適切なのかは定かではない。なにせ、俺が走っているのは地面ではなく枝の上だからである。
「――こんな短時間で枝渡りができるようになるとは、流石は勇者。素直に感服致しました」
涼し気な顔で話しかけてくるのはリーサというエルフの女。
「森の精とも呼ばれるエルフに褒められるとは光栄なこったな」
汗一つかかず、呼吸一つ乱さないリーサに向け、悔し紛れにそう言った。するとリーサは速度を落とし、俺のすぐ近くまで後退してきてから申し訳なそうに口を開く。
「今更ですが、ヴィレンさんはお客様なのですので、王都で休んでいてもらった方が良かったのですが……」
✽✽✽
「今、なんと?」
ラクアの問に、ウィーは笑顔で答える。
「だーかーら。今回の作戦の指揮はラクアに任せるっすって言ったんすよ」
「ヴァナラの大群ですよ!? 失敗したらどれだけ大きな被害がでるか……」
「失敗しなきゃいいだけの話じゃないっすかー」
「それならウィー様がでたほうが確実ですよ!」
ウィーは視線を俺達に向け、
「そりゃ勿論そうなんすけどー、今お客さんが来てるんすよお客さん。しかもあの強欲で酒好きで女好きの騎士王様っすよ?」
最後に師匠をチラリと見ながら言った。首が勝手に縦に動いてしまう。
いやー、よく分かっていらっしゃるようで。
「それなら皆さんのことは私が……」
「へぇ〜。うちの代わりにあんたさんがこの『化物』を"見張って"くれるって言うんすか?」
師匠が頭をボリボリと掻きながらニヤリと笑って。
「おいおい、いくらなんでも化物ってのは傷つくぜ? せめて二枚目とか、イケメンお兄さんにしとけや」
「りょーかいっす。で、もしもこの怪物が暴れだしたとき、ラクアは止められる自身があるんすか?」
「だから頼れるナイスガイだっつうの」
「うちがいたとしても、数分でここは火の海っすよ?」
完璧に師匠を無視するウィー。ってか、火の海になっちゃまずくないか? 止められてねぇじゃん。
「あのー、あれだったら私も手伝いますけど……?」
と、おずおずと口を挟んだのはアリシアだ。その隣にいるフィーナもコクコクと頷いていて。
「そりゃ困るっすよー!? ザインさん1人相手にすること事態キツイいんす。そこに2人が加わるとなっちゃあここは火の海どころの話じゃないっすよ!?」
「あ、いやそっちじゃなくて。ラクアさんの方のお手伝いを……」
なんだそっちっすかと、ホッと安心して胸を撫で下ろしながらウィーが言う。
「そっちの件ならお客さんに迷惑をかけるほどのことじゃないっすから、お気持ちだけもらっとくっす」
「でも……」
心配そうな声を出すアリシアに、ウィーがにこりと笑って。
「それともなんすか? うちらがそんなに頼りなく見えるんすか?」
「いや、全然」
即断だった。アリシアはすぐに首を横に振った。
「なら大丈夫っすよ。うちのラクアに任せとけば"万事休す"っす!」
ウィーは笑う。多分、本人は気づいていないんだろう。そして多分意味も分からず、なんかそれっぽいから言ったのだと思うんだが・・・・・・。
「それ間違っても言っちゃだめな奴だろ? 意味真逆だからなそれ」
「そうなんすか? うち難しいことはよくわかんないっすー」
やっぱりだった。やっぱりこの少女は意味を分からず使っていたようだ。既に手遅れとか、手の施しようがないとか、そんな意味だからなそれ?
「ウィー、俺は疲れた。酒と寝床を用意してくれ。金は後で騎士団長のフウガが責任を持って返すからよ」
大きなアクビと一緒に師匠はそう言う。忍耐力の「に」の字もないこの自由男は、もう退屈で仕方がないと言った様子だ。
「りょーかいっす。騎士団長さんにツケとけばいいんすね」
俺は心の中でフウガにご愁傷様と。
「俺ッ様には飯をよこせ。金なら副団長のライガが払うからよッ」
流石は師匠の相棒。性格も似通っている。
「りょーかいっす。副団長さんにもツケっすね」
俺は心の中でライガにもご愁傷様と。
「ウィー様……」
不安そうな声。視線を向けずとも分かる。
「あんたさんなら、きっと大丈夫っすよ」
「でも、私は……」
泣きそうなラクアにウィーが近寄っていき、背伸びをしながら自分よりも背の高いラクアの頭にそっと手をのせた。
「あんたさんが自分自身を信じられないなら、あんたさんを信じてるうちを信じて欲しいっす」
「私を信じてる、ウィー様を……?」
「私も。ラクアのこと、信じてる」
「ルナ……」
ウィーとルナの言葉に、ラクアの顔に少しだけ勇気が生まれたように見えた。
ラクアがリーサと忍2人の方に視線を向けると、彼女ら無言で頷いた。何も言うことはない。お前ならできると、彼女らの笑顔はそう語っているように思えた。
「ほら、早く行くっすよ!」
「・・・・・・はい!」
ラクアは笑顔で頷いた。その顔には、もはや恐怖や不安などは見て取れなかった。
「行こう、ルナ!」
「うん」
ルナを背中に背負うと、ラクアは一度ウィーをちらりと見てから巨木から飛び降りた。
「危なくなったらいいんで、あんたさん達にラクアを任せてもいいっすか?」
「「――はっ!」」
ウィーの言葉を受け、エルフと忍2人は跪く。
「よろしく頼んだっすよ、リーサン」
ウィーは最後に、リーサの肩をポンと一度叩いた。
「でもさ、ほんっといいタイミングで攻めてきたもんだよな―」
なんだ、お前いたのかカルラ。と思うくらい静かだった男がそんな疑問を口にする。
「モンスターが攻めてくるのにいいタイミングも悪いタイミングもないですよ」
「その通り、戦いに悪いタイミングはねぇ。分かってきたんじゃねぇか妹っ子?」
フィーナが言いたいのとは少し違うことのような気がするが。ドヤ顔のアレスに突っ込みを入れる強者はこの場には――。
「――お前はバカか?」
訂正。1人いた。
「おいおい聞き間違えかぁ? てんめぇ破壊神、今俺ッ様のこと、バカっつったか?」
「そう聞こえたなら訂正しよう」
「分かりゃあ――」
「――大バカだったな」
あーあ、また始まったよ。とこめかみが痛くなる。
「おイコラ破壊神ッ!! ちょ〜っと可愛い面してやがるからって、あんまし調子こくんじゃ――」
「静かにしろアレス」
師匠の言葉一つで、怒声をあげながらリヴィアにメンチをきるアレスの身体から火が生まれる。
「――なッ、待てザイン!! まだ話は終わっちゃ――」
話どころかセリフが終わる前に神器化し、その場には一振りの太刀だけが残った。
「んー、でもやっぱりおかしいっすよねー。ここ100年くらいは西方の森のヴァナラに活発な動きはなかったんすけど」
顎に手を当て唇を尖らせるウィー。そこで、
「そう言えば……」
と報告に来たエルフの男が小さく呟いた。
「なんか心当たりがあるんすか?」
「いや、気のせいだとは思うんですがね。さっき、と言っても10数分くらい前に尋常じゃない量の殺気が篭った魔力がこっちの方角から飛んできたんすよ」
「「・・・・・・」」
「それを気に、西方の森のヴァナラが急にここに向かって攻めてきたって報告が入ってきやしてね」
「「・・・・・・」」
「いやー、俺も鳥肌が止まんなくて止まんなくて、ってあれ。どうかしたんすか皆さん?」
✽✽
「いや、そうもいかねぇよ。ヴァナラを呼んだのは俺のせいだしな……」
ほんとに面倒くせぇことしちまったな、と頭が上がらない気持ちだ。
「しかし、元を辿れば棟梁のせいな気が……」
「……しなくもないが、俺に責任がないわけじゃねぇだろ。せめて一匹くらいは譲ってくれ」
そう言った後、俺は真っ直ぐ前を見据えた。あるのは緑、緑、緑――。
「にしても、流石に早すぎんだろ……」
あの後すぐ、忍び2人にエルフの男と同時に出発したってのに、既にその姿は見えなくなっている。
「このペースで間に合いそうか?」
そう言うと、リーサは少し考えるようにして。
「難しいですね。ラクアが手こずってくれても最後の一匹を仕留める所を見れるかどうか、でしょうか」
「そりゃ困るな」
「というと?」
「エルフと忍の戦闘を近くで見れるなんて機会は滅多に――いや、この先二度と無さそうだからな」
「責任感より、そっちが本命では?」
「いや、最初は責任感の方が強かったな」
リーサはくすりと笑う。
「最初は、ですか」
「そう、最初はな?」
「そうですか。では、少しスピードをあげてみますか?」
彼女の女性らしい微笑みに、俺もつられて頬が緩んでしまう。エルフはなんて作り笑いが上手い種族なのだろう――。
「――いや。スピードを上げるより、」
すぐそばで声が聞こえ、俺はそこで足を止めた。遅れてリーサも足を止める。
振り返ると、そこには黒髪を背中まで伸ばした少女の姿があった。またいつの間に擬人化したのやら。リヴィアはその頬に含み笑いを浮かべて――
「――遠回りを止めた方が早く着くと思うぞ?」
数秒の沈黙の後、リーサは全く笑顔を崩さず言う。
「・・・・・・いつからお気づきで?」
「初めからだ。神を舐めるなよ、小娘」
そんなちょっとカッコイイセリフを口にしたリヴィアが「それに」と続けて横目で俺を見てくる。
「お前も気づいていたろう?」
リーサの視線が俺に向けられる。なんて答えようか迷ったが、別にここで隠したって仕方ないか。
「まぁ、向こうの方で魔力がピリついてんのは俺も気づいたが」
俺は北西をちらりと見た。
「この距離でですか? 私には全く感じないのですけれど、それなら隠しようがないですね」
ハハハ……と苦笑を浮かべるリーサに、俺は少し真面目な声で言った。
「エルフと忍の戦闘を見られたくないんならそう言ってくれ。俺も別にそこまでして見てぇとは思ってねぇからさ」
「・・・・・・そういうわけではないんですが……」
リーサは軽く目を伏せた。
「ラクアのことか?」
そう聞くと、彼女は首を横に振る。
「いえいえ。あの子にはメイラとセスがいるので心配には及ばないですよ」
「なら、いいんだが。あんた、さっきからずっとソワソワしっぱなしだぜ?」
ピクッと、リーサの肩が震えた。
「仲いいんだろ、ラクアって子と」
「……はい」
リーサは観念したように微笑む。
「どうして行ってやらなかったんだ?」
「あの子、すぐに私に頼ろうとするんです。だから、私がいたんじゃ、あの子はダメなんです」
「だったら尚更、行ってやった方がいいだろ」
驚いたように、リーサが苦笑いで言う。
「今の、聞いてました?」
「聞いてた。で、なんで頼っちゃだめなんだ?」
「だから、それはラクアが棟梁になるため……」
「――いいだろ別に。頼ったって」
なんでか、後ろにいるリヴィアがフフッと笑ったような気がした。
「ラクアがウィーを隣で支えてたみたいに、今度はあんたがラクアを隣で支えてやればいいだろ? 多分だが、それをウィーも望んでたんじゃないのか。だから、あの時ウィーはあんたにラクアを頼むって……」
そこまで言って、ようやく自分が何を言っているのか気づいた。
「あー、すまん。今日会ったばっかだってのに、なんか偉そうなこと言っちまったな。忘れてくれ」
そう言うと、リーサは微笑みながら――。なんだか嫌な予感がした。
「そうですね。組手中に初対面の女性の胸を揉んだりするような人には言われたくないです」
「いや、おい。それは――」
いきなり俺の首に腕が巻きつき、体重をかけられ強引に後ろに引っ張られる。
「やはり、揉んだのだな――?」
冷たい声に冷たい笑顔。どう切り抜けたらいいものか。思わず顔が引きつる。
そんな光景を安全な場所から見つめていたリーサがふふふっと笑った。
「ですがヴィレンさん。何だか、色々と吹っ切れたような気がします」
「ほうか。ほりゃよかった」
頬をリヴィアにつままれ、上手く発音することができなかったが、リーサが嬉しそうに笑うのを見た。
「少しばかり飛ばしますが、ついてきて下さい!」
これが初めてだ。作り笑いではない、彼女の本当の笑顔を見たのは――。




