第32話 歓迎の挨拶
――改めて、魔法の偉大さというものを思い知らされる。
俺は遥か地平線の彼方に霞んで見える、リントブルムの城壁を見据えていた。
馬でなら2日近くはかかるであろう距離を一瞬だ。いやはや、ずるいというかなんというか・・・・・・・。
今いるのは一体どの辺りだろう。そう思い、俺は地図を広げる。
「すごいんだね、魔法って……」
「違いますよアリシアさん。――先生が、凄いんですよ」
と、アリシアとフィーナがそんな会話をしている最中、俺は地図とにらめっこをしている真っ最中だ。
「今いんのは・・・・・・ここらへんだな」
師匠が地図を指差しながらそう言った。それが合っているのなら、現在地から真っ直ぐに進めばおおよそ・・・・・・。
「それなら、"セレネラ"までは3日はかかるか」
セレネラと言うのは緑の王国の首都の名である。
「いや、早くても4日はかかるぜレンレン?」
今度はカルラが口を出してきた。
「4日? ここから真っ直ぐセレネラに向かえば3日で……」
「デレスケ。それじゃあ遠回りになっちまうだろ」
「騎士王さんの言うとおり、そのルートで行くと7日はかかる」
「んなバカな」
俺はもう一度地図を確かめ――。
「地図で見ると突っ切った方が早く着けるように見えるが、このルートはエルフの罠が敷き詰められてんだよ、デレスケが」
なるほどな。考えてみればその可能性をすっかりと忘れていた。
「罠、か」
「そ。だから、このルートじゃなく、"ここ"を行く」
そう言ってカルラが指差したのは、"森の中"だった。
「"ここ"を行くって、そこは道じゃ――」
そう言いかけた俺の言葉を無視し、師匠が声をあげる。
「お。分かってんじゃねぇか、流石は2代目」
「んーや、騎士王さんこそ、この道を知ってるっつーことはもしかして?」
「あぁ、若え頃にな」
「いいねぇ、そういうことは先に言ってくれよな?」
「なんだよ、ったく。アンタとはいい酒が飲めそうだな」
「・・・・・・」
などと何故か意気投合し始める2人。話題についていけない俺は、そう・・・・・・黙って地図を眺めていた。
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それから時は進み。俺達一行は森の中――いや、森の抜け道と言われるルートを進んでいた。
リンブルムを旅立つとき、師匠が『馬はいらねぇ、かえって邪魔になる』と言った意味が今になって分かる。こんな道とは呼べないような道、人の足で歩いたほうが早い。断然早い。
「レン、まだ着かんのか?」
ここ最近歩くのが疲れるからと神器化したままだったが、たまに擬人化すればこの調子である。
「知らん。カルラに聞け」
「なんだ、使えん奴だ」
なんだとはなんだ。俺だってこんな樹海に入るのは初めてだっつーのに。
仕方がないので、俺は先導を歩くカルラに呼びかけた。
「カルラー、俺んとこの神様がまだつかねぇのかーだってさ」
「んと、この近くなのは確かなんどけどさー」
「では、あと少しですかね?」
言葉を濁すカルラに、その後ろを歩くフィーナが尋ねる。
「セレネラは森ん中に隠されてんだよフィーナ。だから正確な位置は森の民にしかわからねぇ」
その質問に応えたのはザインだ。
「なるほど、流石は叔父様です」
その数秒後。ザインの隣を行く少年に我慢の限界がきたようで。
「ったくしゃらくせぇ。こんな陰気な森、一気にぶった斬っちまおうぜぇザイン?」
不満を口には出しているが、なんだかんだでよく耐えている。だが、俺の隣からその少年の不満を鼻で笑う声が聞こえた瞬間。少年――アレスの視線がその少女へと瞬時に向けられ、
「あぁん? 何がそんなに可笑しんだぁ破壊神!?」
少女――リヴィアは悪びれる様子もなく、逆に挑発するようにして言う。
「いやなに、我慢の『が』の字もない短気な奴だと思っただけさ」
「んだとコラァ!? ちょっと可愛いからって調子に乗んじゃねぇぞオイ!!」
それを隣で見ているアリシアが心配そうな顔で聞いてきた。
「止めなくていいの、アレ?」
「ほっとけ。いつものことだ」
そう、いつものことだ。
「・・・・・・それよりも」
と、俺は言葉をきった。
そのまま少し進んだところで、森の中にしては見晴らしのいい場所にでた。広さは全長200メートルくらいの縦円をしており、地面には雑草が生い茂っている。元々は他と同じく大木が密集していたと思われるが、端の方に存在する無数の切り株と倒木を見る限り、人々が生活のためにやむなく切り倒したのか、それともここらいったいに伝染病でも広まったのか。あるいは、ここで大きな戦いがあったのか。どのみち人の手が加わってこうなったということは一目瞭然だ。そしてその切り株と倒木が苔にびっしり覆われていることから、切り倒されてからかなりの年数が経過していることが分かる。
疑念は残るが、今はそんなことを考えている場合ではないか。師匠とカルラも"ソレ"に気づいていたようで、カルラは左手でフィーナを守るような体制をとりながら立ち止まる。
「カルラさん?」
現状を理解できていないフィーナに、小さな声でカルラが一言だけ。
「囲まれてる」
枝の軋む音に耳を傾けると、その数は少なくとも10や20ではない。フィーナは表情を引き締め、いつでも魔法を行使できるよう気持ちを落ち着かせる。
「実は道案内しに来てくれたとか?」
緊張感のない様子のアリシアが言った。
「だったらいいが、残念ながらその可能性は低いな」
なにせ、殺気の篭った魔力がガンガン伝わってきやがる。それと同時に何かを引き絞るようなギギギギっという音。音。音――。
そして、その全てが一斉に放たれた。
「こりゃ大層な歓迎の挨拶だな」
四方八方から迫りくる数多の矢を目の前に、師匠はそう言った。その手には1本の太刀が握りしめられていて――。
「伏せろカルラ!」
いつの間にアレスが神器化したんだとか、そんな疑問を抱く暇もなく、俺は叫びながらアリシアの肩を掴んで強引に伏せさせた。
「ちょっ、ヴィレンくん!? 私、強引なのはあんまり好きじゃ……」
そんな場合じゃねぇつうの。少し離れたところからフィーナの声が聞こえ、どうやらカルラも言うとおりにしてくれたようだ。隣にはリヴィアもいる。これでとりあえずは安心だ。すぐそこまで近づいている矢を見据えながら、俺は安堵に胸を撫で下ろした。
「天地繚乱 参ノ太刀――『血華』!」
低く、年季の入った渋い声が辺りに響いた。一瞬だった。目にも止まらぬ無数の斬撃。
目の錯覚か、それとも師匠の剣腕なのか。数多の矢はその場で動きを停止し、数秒遅れて粉微塵に弾け飛んだ。その中には鉄でできた投物もあったようだが、それも全て粉々に砕け散っていた。これがもし投物ではなく人間に使われていたと思うと、ゾッとする。恐らく元の形がわからない細かさまで切り刻まれ、辺りに色鮮やかな血の華を咲かせることだろう。
まぁそんな嫌な想像はさておき、武器の種類から見て、攻撃してきたのは緑の王国のエルフと忍に間違いなさそうだ。
「いきなり仕掛けてきやがるとは、危ねぇ奴らだ」
アンタだよ、一番危ねぇ奴は。――とは言葉にできようはずもなく、俺はゆっくりと立ち上がりながら、既に神器化してくれているリヴィアを靄から抜き放った。
こちらの出方を伺っているのか、森の中は意外と静かで。あの攻撃を防がれたというのに、声1つ聞こえないと言うことは、思ったとおり俺達が何者かは知っていると見て間違いない。もしくは余程優秀なエリートさんか。
俺は漆黒の剣を逆手に持ち替え、そのまま左腰に吊るしてある鞘の中にゆっくりと収めていく。収めていくと言っても、ただ収めるだけではなく、その黒剣に魔力を込めながら。
そして、黒剣を完全に鞘に収める手前、俺は静かに言葉を紡いだ。
「四番目の終焉・死葬叫終曲」
剣が鞘に収まったと同時に、"ソレ"は発動した。いつ聞いても、嫌な"音"だ。なんというか気持ち悪いし、なにより耳に残る。
少しして、森の奥から音が聞こえた。それは1つだけではなく、かなりの数。つまりはそう、気絶した敵さんが枝から落ちる音である。
「今の、ヴィレンくんがやったの?」
「そうだが、……もしかしてアリシアもくらったのか?」
カルラやアリシアには当たらないよう範囲は調整したはずだが、万が一という場合もある。
だが。そんな俺の懸念を他所に、アリシアは軽く首を振った。
「んーん、大丈夫だけど」
「それならいいんだが」
「うん。それで、今のは?」
「あぁ、今のは――」
「私の能力だ」
瞬時に腰に下がっている鞘を見たが、既にそこに黒い剣はなかった。
こいつらは神様は、姿を変えやがるのが相当上手いらしい。もしくは俺が鈍感極まりないのか。
いつの間にやら擬人化していたリヴィアは得意げに続ける。
「あの叫声を聞いた者全てに、例外なく死の呪いをかける」
とかカッコつけてるが、ただの精神攻撃である。
「死の呪い……?」
「そう、呪いだ。耳にしたら最後、死に至る」
とリヴィアは言っているが、それも嘘だ。――いや、嘘とは少し違うな。神だった頃の彼女が使うと、という点では嘘ではない。少なくとも俺には無理だが。
俺達勇者は神の持つ本来の能力の3分の1程度しか引き出せない。神がケチってるとか、才能がどうこう努力がどうこうの問題ではなく、単に器の問題だ。本来の死葬叫終曲の能力が死の呪いをかけるモノであれば、俺の使える死葬叫終曲はその劣化版。対象に"死の感覚を与える"、ただそれだけである。
ただそれだけ故に、感情を持たない『モンスター』には一切効果がない。
あと、精神が弱い奴に使うとショックでそのまま精神だけ死ぬ可能性があるので、敵が大多数の時もしくはナメた野郎にちょっとしたお仕置きをする時以外あまり使いたくないと言うのが本音だ。
「まだ意識がある奴を探してそいつからセレネラの場所を聞き出すとするか」
そう言って行動に移ろうとしたとき、
「んーや、その必要はなさそうだぜ?」
と、右手に1本のクナイを持ったカルラが陽気に言った。




