第31話 別れの挨拶
耳を澄ますとチュンチュンという鳥の囀りが聞こえてくる。息を大きく吸うと、早朝の新鮮な空気が俺の肺を満たしてくれる。ヴェルリムとは違い、赤土のいい匂いがする。
時刻は午前5時を過ぎたところ。場所は城のバルコニー。いつまでも起きない師匠を叩き起こし、寝ぼけて数発殴られた頬がヒリヒリと熱を持つ中、ちょうど今、東から日が昇ってきたようだ。
「そうそう、ヴィレンくん。青の王国にも寄るんだよね?」
「ああ。青の王にも会わなきゃならないからな」
そう応えると、マーリンは俺から視線を外し、次にフィーナの方を見て言う。
「ならフィーナくん。こんな機会めったにないと思うから、魔術の本場に触れて色々と吸収してくるといいよ」
こんな機会めったにない、か。今にも大戦が始まろうとしているのに、そんなことを言うのは少し罰当たりな気がするが、本当にこんな機会がない限り、他の国に入国することなど自殺行為である。
「それとね、あそこにはボクの旧友がいるから、ぜひ会ってきて欲しいんだ。きっと、暇を持て余している彼女にもいい刺激になると思うからね」
「はい、先生」
フィーナの笑顔を横目に、俺はリントブルムを見下ろした。この景色でさえも、本来なら目にすることのできないものだ。
「また遊びに来いよな、ヴィレン!」
ライガが屈託のない笑顔で拳を突き出してくる。
「気が向いたらな」
拳と拳をコツンと突き合わせる。俺達兄弟の別れの挨拶のようなものだ。
「アンタもな、カルラ。次合うときには、目にもの見せてやるぜ」
フウガは俺と合わせた拳を、そのままカルラに向けた。どうやら、昨日の模擬戦で何か掴んだらしい。
「そりゃあ楽しみだ」
カルラも真似て、同じように拳を突き合わせた。そして、師匠が言う。
「後は任せたぜ、フウライ」
「「行ってらっしゃいませ、騎士王よ!!」」
拳を胸に当て騎士礼をする2人を見て、こいつらももう立派な騎士なのだと、嫌でもそう再認識させられた。
あの頃が、懐かしい・・・・・・。
「頼む、マーリン」
師匠がマーリンに頷きかけると、その指示を待っていたとばかりに詠唱が始まった。
「――ボクはこの世の叡智を求める者。
天地万有に宿る、大いなる力の根源よ。
森羅万象を司る、大いなる力の理よ。
叡智を求むボクの呼びかけに応じ、瞬時に座標を移動することのできる力をおくれ。
空間を捻じ曲げ、亜空間を生み出し点と点を繋ぐ――『時空』と『深淵』と『虚無』の力を――」
傍からみても、途方もないくらい莫大な量の魔力が動いているのを感じる。それこそ、俺の中にある魔力全てを注ぎ込んでも足りるかどうかというレベルの――。
「お気をつけて下さいね、騎士王様。――最上位・三属性混合魔法・空間歪曲移動――」
その言葉を最後に、視界がグラリと歪む。正確には、俺達のいる空間が歪んでいるのでそう見えるだけ、なのだが――。
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「行っちまったようだな……」
ヴィレン達が行った後で、ライガの口からそんな言葉が溢れた。その声色はどこか寂しげな雰囲気を醸し出している。
だが、そんなライガとは対象的に、
「よし! 俺達もそろそろ鍛錬するぞライ!」
フウガは燃えていた。
「いやフウ兄、王の責務はどうすんだよ!?」
「ん? 責務ってそんなに大したことじゃないだろ。王室で女を抱きながら酒飲むだけだし」
「・・・・・・」
「いいから行くぞ! 俺達はまだまだ強くならなきゃいけないんだ!!」
そう言って、フウガは走り出した。
「・・・・・・分かったよ、時期騎士王様!」
ボリボリと乱暴に頭を掻いた後、ライガもその後に続いた。
その場に1人残されたマーリンは、大空を羽ばたく大きな鷹を見上げながら、ポツリと呟いた。
「そう言えば、フィーナくんに彼女の名前を教えるの忘れちゃった――」




