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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第1章 裏切りの聖王
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第28話 詠唱の祈り

 その頃――。


「――私はこの世の安寧を願う者。

 天地万有に宿る、大いなる力の根源よ。

 森羅万象を司る、大いなる力の理よ。

 安寧を願いし私の呼びかけに応え、世界を白く染め尽くす力を与え給え」


 眼前の光景に、思わずアリシアは息を呑んだ。


「全てを焦がし、凍てつかせる『火炎』と『氷雪』の力を――」


 詠唱が終わると同時に、フィーナの魔法が発動する。


中位(アル)二属性混合魔法(ツヴァイブレンダルマジック)(アイス)(フレイム)!!」


 なんと神秘的で美しい光景だろうか。


「綺麗……」


 目の前で揺らめく白い炎を見据え、アリシアはポツリと呟いた。

 普通、炎と言えば赤か青。だが、フィーナの生み出した炎は見惚れるくらいに美しい純白の炎。熱は感じず、逆に冷たい。まさに、氷の炎である。


「うんうん、完璧だね。氷を使った魔法なら、もうボクよりフィーナくんの方が上かもしれない」


 その場にいる3人目の人物、白いローブを着た背の高い優男がにこやかに笑った。


「先生はご冗談がすぎます」


「本当なんだけどねぇ」


 ふふっと微笑むフィーナに、苦笑を浮かべるマーリン。そんな2人の会話を他所に、アリシアは目の前の白い炎から目を離せなかった。


「本当に綺麗」


 ただただ触れてみたかった。そんな安易な考えで、アリシアは興味本位で白い炎に手を伸ばす。


「触れちゃだめです!!」


 フィーナの声がアリシアに届く頃には時既に遅し。アリシアの指が炎に――


「――冷たッ!」


 触れた瞬間、指先を熱が走る。アリシアは咄嗟に右手で左手の指先を包み込んだ。


「早く手を見せて下さい!」


「大丈夫だよこのくらい、平気平気!」


「平気じゃないです! ほら、火傷してるじゃないですか!!?」


 フィーナに無理やり右手を剥がされ、炎に触れたアリシアの指先が露わになる。


「本当だ、火傷してる……」


 炎に直接触れた箇所は白く凍りつき、その回りは赤く腫れ上がっていて――。

 

「冷凍火傷。その氷の炎は触れた物を燃やすのではなく凍りつかせる、炎の性質を持った氷だよ。ただの火傷よりも(たち)が悪い」


 跪きながら、マーリンがそんなことを口にした。


上位(リル)治癒魔法(リケアマジック)(ムーン)(ヒール)!」


 すぐにフィーナの魔法が発動し、アリシアの指先を黄緑色の光が包み込んだ。するとみるみる内に指先の腫れが引いていき、元通りになる頃には痛みもなくなっていた。


「ありがとね、フィーナちゃん」


 フィーナは完治したアリシアの指先をジッと見つめ後、ふぅ〜と息を吐いた。


「綺麗に治って良かったです」


 そんな抱きしめたいほど可愛いらしい笑顔を向けてくるフィーナに、アリシアは魔法についての疑問を口にした。


「ねぇ、フィーナちゃん?」


「はい、フィーナちゃんです」


「さっき炎の魔法を発動させるときは、なんか長い文を言ってたけど、今の魔法にはそれがないのは何でなの?」


「長い文・・・・・・あぁ、〈詠唱〉のことですね」


「詠唱……?」


「そう、詠唱」


 フィーナは人差し指をたてながら得意げに続ける。


「詠唱と言うのは、魔法を行使する際に世界の大いなる力・・・・・・私達魔法使いが『真理』と呼ぶソレに呼びかけ、魔力(リア)を炎や氷、もしくは癒やしの力などと言った概念(エネルギー)に変換してもらうための祈りです」


 大いなる力。真理。概念。祈り。


「ムズカシクテヨクワカラナイデス……」


 ちんぷんかんぷんだ。今まで聞いたことのない単語の連続に、アリシアの能はついていくことができなかった。


「そ、そうですか……? 私の中ではかなり分かり易く言ったつもりだったんですけど……」


「あうぅ」


 それを横から見ていたマーリンがふふふと笑う。


「アリシアくんには実際に見てもらったほうがいいかもしれないね」


 マーリンがフィーナに無言で頷くと、それを察したフィーナも笑顔で頷きかえした。


下位氷魔法(アイスマジック)氷塊(スノーマン)!」


 フィーナが生み出したのは、5メートル程もある大きな氷の固まりだ。しかもそれを2つ。


「そうだね、まずは無詠唱からいこうかな」


 そう言ってマーリンが右腕を前に突き出すと、その掌に大きな火の玉が生まれる。


中位(アル)炎魔法(フレイムマジック)火球(ファイア)!」


 火の玉は右側の氷塊に真っ直ぐ飛んでいき、直径1メートル程の大きな穴を開けた。


「おお!」


「次は詠唱だね」


 マーリンはもう片方の氷塊に向け、今度は左腕を前に突き出した。


「――ボクはこの世の叡智を求める者。

 天地万有に宿る、大いなる力の根源よ。

 森羅万象を司る、大いなる力の理よ。

 叡智を求むボクの呼びかけに応じ、眼下の氷塊を溶かし消し去る力をおくれ。

 全てを燃やし尽くす『火炎』の力を――」


 空気が変わり、大気が震えた。肌が焼けつきそうな程の熱風が吹き荒れ、マーリンの掌に炎が形を成していく。


「中位・炎魔法・火球――」


 なんという大きさだろう。先程の火球の2倍以上あるそれは、氷塊に穴を開けるに届まらず、その熱で残りの氷塊全てが溶けて水へと変えた。


「ではでは、アリシアくん。この2パターンの魔法を比較して、どう思ったかな?」


 いつもの調子で爽やかに話すマーリン。アリシアは思ったことを口にした。


「・・・・・・詠唱した方の魔法は、実は上位魔法だった、とか?」


「ふむふむ、残念ながら2つとも中位魔法だよ?」


「先生はそんなことしません」


 マーリンの発言を肯定するフィーナ。同じ魔法使いに肯定されては納得せざるを得まい。だが、だったらさっき見たものはのんだったのだろうか。


「えー! だって、そうじゃなかったらなんでこんなに魔法の威力が……」


 そこでアリシアは言葉を止めた。それを察したマーリンがふふと優しく笑う。


「気づいたようだね。そう、詠唱をするメリット。それは圧倒的威力の差にあるのさ。

 さっきの2つの魔法を思い出しておくれ。かなり砕いて説明すると、詠唱というのは力を下さいって神様にお願いすることなんだ。すると、神様は気前がいいから10の魔法をくれる。

 次に無詠唱だけど、これは黙って神様から力を奪う行為に等しい。これじゃあいくら気前のいい神様だって、怒ってしまうのも無理ないよね。だから無詠唱の場合は6の魔法しか使えないんだよ」


「う、うぅ……」


 そんな声がアリシアの喉元から漏れる。


「例をあげるとだね、アリシアくんがヴィレンくんに血を下さいってお願いする行為が詠唱で、何も言わずに黙って血を飲む行為が無詠唱なんだ。

 お願いされたらヴィレンくんはきっと渋々顔でアリシアくんに血をくれるだろう?」


 「分かったよ、仕方ねぇな」と言いながら、ヴィレンが首を出してくれる姿が思い浮かんだ。


「でも、何も言わずにいきなりヴィレンくんの首に噛み付いて血を飲んだら、ヴィレンくんは怒ってしまうよね。血を飲めたとしても一口か二口程度。

 お願いして10の血を飲むのか、黙って6の血を飲むのか。詠唱して10の威力の魔法を使うのか、無詠唱で6の威力の魔法を使うのかってことさ」


「な、なるほど……!!」


 マーリンの分かりやすい例えに、アリシアはその場で何度か頷いた。

 つまりはお願い――詠唱したほうが無詠唱よりも高威力の魔法を使えるということなのだろう。


「なら無詠唱よりも詠唱を使ったほうがいいんだね」


 というアリシアの理解に、


「だからと言って一概に無詠唱よりも詠唱の方が優れているとは言えません」


 フィーナが首を横にふる。


「確かに詠唱の方がより強力な魔法を行使できます。しかし、魔法使いは戦闘においてめったに詠唱をすることはないんです」


「どうして? だって詠唱した方が無詠唱よりも高威力の魔法が使えるんだよね?」


「はい。ですがその代わり、詠唱魔法は魔法発動までに時間がかかりすぎるんですよ」


「――あ」


 言われてみるとその通りだった。威力のことばかり頭にあって、詠唱時間のことなど考えてもみなかった。


「威力の詠唱魔法か、速さの無詠唱魔法。どちらにもメリットがあり、デメリットが存在する。これが詠唱魔法と無詠唱魔法の大きな違いです」


 アリシアは思う。魔法の知識がないアリシアにとって、今回彼女が学んだことは、つまるところ頭の悪い自分に魔法は向いていないということだった。


「――そうそう、アリシアくん。最後に1ついいかい?」


 反射的に「はい?」と答えてしまったが、正直これ以上難しいことを教わったら、頭がパンクしてしまう自身がアリシアにはおった。


「治癒魔法は、決して万能なんかじゃないよ。あれは傷を再生させる魔法ではなく、人の回復力を促進させる魔法なんだ。

 だから、腕を切り落とされたら、傷を塞いで出血を止めることはできれど、元通りに腕をくっつけることはできない。

 さっきの火傷もそう。傷が治っても火傷の傷跡は残るかもしれなかったんだよ?」


 頭の悪いアリシアでも理解できた。そして今更になってようやくそれに気づき、アリシアはフィーナに抱きついた。


「フィーナちゃーん!!」


「きゃっ!」


 マーリンがアリシアに伝えたかったことは、決して治癒魔法の不万能さなんかではなく、フィーナがアリシアに火傷の傷跡を残さないよう無詠唱魔法を使ってくれたという気遣いだった。


「それにしても、魔法を覚えてたった8年でこの域に達するとは、流石はフィーナくんだ。ボクの目に狂いはなかったね」


「でも、最上位魔法はまだまだです……」


「大丈夫、フィーナくんならきっとできるようになるよ」


 自身なさげに首をふるフィーナをみて、マーリンは優しく微笑んだ。


「最上位の魔法って、そんなに難しいの?」


 先程も言ったが、アリシアには魔法の知識がない。聞いたことはあれど、最上位魔法を目にしたこともない。それ故、最上位魔法がどれほどのものかを彼女は知らない。


「うんうん、とっても難しいね。ボクの知る限り、最上位の魔法が使えるのは今現在2人しかいない」


「2人だけ!?」


「あ、ボクを含めれば3人だった」


 たった3人しか使うことのできない最上位魔法。果たしてその威力は、いかなるものなのか。アリシアには想像もつかなかった。


「やっぱり、マーリンさんは凄い魔法使いなんだね」


「なにせ、私の先生ですから」


 ドヤ顔で小さな胸を張るフィーナ。


「いやいや、フィーナくんも十分凄いんだよ? なにせ、混合魔法(ブレンダルマジック)が使えるのはボクとフィーナくんの2人だけだからね」


「凄いのは先生です。だって混合魔法を生み出したのはマーリン先生なんですから」


「でもでも、ボクが混合魔法を使えるようになるまでフィーナくんより何倍も何倍も時間がかかったんだよ?」


「ふふ、謙遜です」


 心から自分の師を(した)うフィーナを見て、マーリンは心の底から思う。


 本当に末恐ろしい子だ――、と。

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