第22話 赤黒の剣舞
「――ッ!」
ヴィレンの剣が無精髭の男に高速で接近する。男はそれを、刀の角度を少し変える動作のみで、斜めにヴィレンの剣を受け流す。
1秒の内に何度も火花が散り、剣が通り過ぎた後も空に剣線が残る。瞬きする一瞬も躊躇われるほどの、剣を極めし者たちの剣舞。
驚くべきところは、お互い魔力を一切使用せず、純粋に剣の腕前だけを競い合っているという点である。
忘れていた呼吸を再開し、口の中に溜まったつばを飲み込む。勇者であるアリシアでさえ、全ての剣舞を目で捉えることは難しかった。
数分と続く剣戟は、圧倒的にヴィレンが優勢だった。初めからヴィレンが攻め続け、男は防戦一方だ。
しかし男はヴィレンの剣を防ぎ、避け、一切自分からは攻撃していおらず、まるでこの剣舞を楽しむが如く、余裕の笑みを浮かべていた。
だがそれはヴィレンも同じで、彼の表情は明るくまだまだ余裕があるように見える。
しかし。永遠に続くかと思う程の美しい剣舞は、唐突に終わりを告げた。
ヴィレンが斜め左下から剣を振り上げる。男はそれを刀で防ぐ。
ヴィレンは剣が衝突した瞬間、体制だけを前のめりにして男に近づく。男は1歩後ろに後退して距離を取った。そして、前のめりになった体制から、ヴィレンが男の顔面目掛けて思い切り突きを放った。
男は顔を少し右にずらし、最低限の行動でそれを躱した。その直後だった。
「――かはッ?!」
ヴィレンの身体が宙に浮いた。男のカウンターの蹴りがヴィレンのどてっ腹を直撃したのだ。
ヴィレンはくの字になって後方へと吹き飛ばされ、なんとか空中で態勢を立て直し、アリシアのいる少し手前で綺麗に着地した。
「まぁ、少しは腕を上げたんじゃねぇか?」
無精髭の男は、刀の峰で自らの肩をトントンと叩きながらヴィレンを見下ろす。
「――おやおや。頬を少し切られたくらいで本気になるとは大人気ない」
突然玉座の間に新しい声が響き、無精髭の男の隣。何もない空間から新たな男が現れた。
水色の髪を少し伸ばした、優しい顔つきの男性だ。背は無精髭の男と同じくらいで、白いローブを身に纏っていた。
「うっせぇ」
見ると。無精髭の男の頬が少し切れ、そこから血が垂れていた。
無精髭の男は不貞腐れるように頬の傷を親指で拭う。
「マーリン先生!」
フィーナが嬉しそうに、ローブの男の名前を読んだ。
「ふむふむ、そこにいるのはフィーナくんじゃないか」
どうやら2人は顔見知りのようだ。それにローブの男――マーリンという名前にアリシアは心当たりがあった。
いや。むしろその名を知らないほうがおかしいだろう。
大魔導師マーリン。赤の王国に仕える魔法使いで、世界で最も偉大な魔法使いとも言われている。
彼がいつから生きているのか。どうして魔法の国である青の王国ではなく、赤の王国に仕えるのか、謎の多い人物であった。
そして、その大魔導師マーリンを従える無精髭の男。噂の中にあった自由王という言葉。
アリシアの中で線が一本に繋がった。つまり、目の前にいる男こそが、アリシア達が探していた人物だったのだ。
『騎士王』ザイン・ドラグレク。アリシアの想像と遠くかけ離れていたが、先程の剣技や尋常ならざる魔力。それを実際に眼で見て肌で感じ、アリシアは確信した。
マーリンがフィーナの方に駆けだそうとするのを、無精髭の男――ザインが刀で行く手を阻む。
「まぁ待てまて、マーリン。師弟の絆を深めんのは後だ。まずは、要件を聞こうじゃねぇか? なぁ、黒の王国の使者よ」
そう言ってザインは刀を鞘に収めた。ヴィレンはリヴィアの神器化を解除し、目の前の男を見据える。
「立ち話もあれだ。とりあえず、場所を移すか」
ザインがマーリンに軽く視線を送ると、マーリンがそれに応じ、軽く指を鳴らした。
その直後、アリシアの見ていた景色が歪み、瞬きの一瞬で移り変わる。
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そこはなんの変哲もない一室だった。玉座の間に比べると少し・・・・・・いや、かなり狭いが、俺達が会話をするだけなら、適切な場所といえるだろう。
床には赤色のカーペットが敷かれ、窓から差し込む光が少し眩しい。
「まぁ、座れや」
ザインはそう言い、趣のあるテーブルを挟み、俺達の向かい側に設置してあるソファに腰を降ろした。
そのソファの隣に、マーリンがスッと立つ。
俺は目の前にあるソファを見つめた。俺達全員が座るには少し小さすぎる気がしたが、腰の鞘を抜き、何も言わずにソファに座った。その右隣にフィーナが素早く座る。アリシアもそれに続き、フィーナの隣に座った。
残りは一席。空いているのは俺の左隣だけだ。
「んじゃ、失礼して――」
カルラが俺の隣に座ろうとしたとき、リヴィアが何言わぬ顔で俺の隣に座った。
「分かってた。なんとなくわかってたよ?」
カルラはしぶしぶ椅子に座るのを諦め、壁に寄りかかった。
「んで、要件は何だ? 永久の勇者さんよ」
「言わなくても分かってんだろ?」
「まぁな」
ザインは笑みを浮かべた後、アリシアとカルラに視線をずらした。
「ところで、2人共知らねぇ顔だな。幹部かなんかか?」
幹部というのは魔王軍幹部のことか。そう言えばまだ、カルラとアリシアの紹介が済んでいなかった。
「俺はカルラ。不死の勇者さ」
先に名乗ったのはカルラだ。
「ほう。こりゃまた大御所がでてきやがった。不死っつうことはあんた、――2代目か」
ザインが少し興奮し、彼の魔力が少し漏れた。空気がピリつき、少し不穏な空気が満ちる。
ザインとカルラの視線が交錯し、皆カルラの言葉を待った。
「いや、俺はカルラ。ただのカルラさ」
だが、カルラはそんなものは知らないとばかりに両手を上げ、軽く首を振った。その口元にはいつも通りの笑みがこびりついているが。
「――そうかい」
そこでザインの魔力が四散した。彼は顎に手を当て、カルラを値踏みするように見つめたが、どうやら深く追求する気はないようだ。
「まぁいい。んでヴィレン。そっちの綺麗な嬢ちゃんとはどういう関係だ?」
「――ん?」
「それそれ! 実は俺も気になってたんだ!」
俺達と一緒に飛ばされたライガが、興味津々な様子でザインの意見に賛成する。
「どうもこうもねぇよ。アリシアは俺達のパーティメンバー、それだけだ」
皆の視線がアリシアに注がれる。何故か俺は、嫌な予感がしてならなかった。
アリシアに心の底から願う。どうか変なことだけは言わないでくれ、と。
「お初にお目にかかります。私はアリシア・ツェペシュ、鮮血の勇者です」
アリシアは皆の熱烈な視線を受けながらも、貴族らしい礼法で丁寧に頭を下げた。
アリシアのごく普通の自己紹介に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、それもつかの間の出来事。アリシアは「それと」と付け加え、満面の笑みで、
「――ヴィレンくんの婚約者です」
最後の最後に爆弾発言をかましてのけたのだ。
「「――は?」」
部屋にザインとライガの怒りのこもった声と、俺の弱しい弱しい声が響いた。
「いや、待てまて! 誤解だ。アリシアの言い方に語弊が――」
嫌な予感が的中し、頭の中が真っ白になりながらも、俺は無実を証明しようとしたが、ザインが俺の襟元を掴み、ぐいっとひきつけられる。
「――おいヴィレン。てめえよぉ、フィーナとリヴィアっつー可愛い女の子が2人いてよぉ、それでなんで他の子に手ぇ出してんだ? あぁ?」
「お前、弟弟子の分際で兄弟子より先に結婚とか許さねぇからなっ!?」
「兄さん、最低です……」
「うーわ、まぢねーわー。レンレンサイテ〜」
俺の発言はかき消され、代わりに四方から罵声が浴びせられた。そう。爆弾発言を口にしたアリシアではなく、俺に。
フウガが笑っているのが横目に見え、マーリンもこの光景を楽しそうにニコニコ見守っていた。リヴィアに至っては我関せずとばかりに窓の外を見つめていた。




