第21話 無精髭の男
俺達はフウガとライガの後に続き、王城の渡り廊下を歩いている。
そのメンツの中に、ラーの姿はない。ラーは俺達に会いに来ただけのようで『ウチは引きこもりのところに戻るわ!』と言い残し、すたこらどこかへ行ってしまったのだ。
「まさか、レンレンの兄ちゃんがあの"陽炎"と"豪傑"っつーのは流石に驚いたな」
カルラが頬に笑みを浮かべた。
「何言ってやがる。黒の王国の"不死"と"鮮血"。あんたらの名前はこっちじゃかなり有名だぜ?」
フウガが値踏みするような視線をカルラとアリシアに注ぐ。
「まぁ、ヴィレン程じゃあないけどな?」
そしてライガが俺を見てニヤッと笑った。
「なんだよ?」
「お前、黒の王国で『最弱』って言われてんだろ?」
「・・・・・・」
いや、まさか俺の噂が赤の王国にまで届いているとは。
あまり触れて欲しくない話題に触れられ、俺は少し顔を背ける。
その反応を見て、ライガがワハハハハと笑いだした。
「ライ、笑いすぎだ。ヴィレンが可愛そ━━プッ」
俺と目線があった瞬間、フウガもこらえきれずに吹き出す。一体何がおかしいのだというのだろうか。
「お前ら、喧嘩売ってんのか?」
「まぁまぁ落ち着けって。つーか、笑うなってほうが無理だぜ?」
「全くだ。現勇者の中で最強の1人と謳われるあの"幻想"の勇者相手に、1歩も引けを取らずに渡り合った"永久"の勇者。
お前を最弱って言ってるのは、黒の王国の馬鹿共だけだぜ?」
フウガがにやりと笑う。隣でリヴィアがドヤ顔を浮かべているのが目に入ったが、言い方が馬鹿にされているようで気に触った。
「私は信じていましたよ、兄さん」
フィーナが目を輝かせてそう言った。
「でもおかしいなぁ。私もあの時一緒に戦ってたけど、ヴィレンくんの姿は無かったよ。それに、幻想の勇者が相手なら、遠くからでも気づくんじゃないかな?」
アリシアが考えるように首をひねる。なにせアリシアもあいつと戦っているのだ。あいつがどんなに規格外か彼女も知っている。
「あー。あん時は"領域"の勇者が作った結界の中だったからな」
「お前、領域とも戦ったのかよ!?」
「戦ったっつーよりは、俺と幻想の戦う舞台を用意してくれた的なやつだ」
ライガとフウガが驚嘆の声を上げた。
「それだったらよぉ、逆になんでお前が最弱って言われてんのか本気で不思議でならねぇな」
「なんというか、俺が結界の中で幻想の勇者と戦ってた時、戦場でも幻想の勇者が指揮を取ってたらしいんだ」
「なんじゃそりゃ?」
「それ、実際に私も見たよ」
アリシアが小さく手を上げて発言する。
「ブラフマーの奴の権能だろう。あいつなら、己の分身を作るぐらい朝飯前にやってのけるからな」
俺がそれを答える前に、リヴィアが静かに言った。彼女の発言は、まるで昔を思い出しているかのように聞こえた。
「あー、なるほどな。つまりそれが原因で、レンが戦場から逃げだした、最弱の勇者って言われてる訳か」
ライガとフウガが納得したように頷く。
ライガの口から時より漏れる俺の噂を、彼は一体どこまで知っているのか少し気になるところだが、通路の終わりを告げる扉が、俺達のすぐ手前まで迫っていた。
「おっと。ヴィレンの恥話はここまでだ」
フウガが、あの扉の向こうに俺達が会いに来た人物がいることを遠回しに告げた。
どこが恥話だ、どこが。
********************
アリシアは赤の王――騎士王をその目で見たことがなく、人伝に噂を聞くぐらいでしか知らない。だが、その噂はてんでばらばらな物ばかりだった。
"騎士の中の騎士"歴代最強の赤の王"自由の象徴"と、どれが的を得ているのかわからない。しかし、その中で確定していることが1つだけある。
それは、騎士王も数少ない勇者の1人だということである。
だからこそ、アリシアは騎士王と合うのを楽しみにしていた。
扉には門番が2人いたが、フウガが軽く手を上げる動作をすると、軽くお辞儀をしてから一言も発さず目の前の扉に手をかけた。
そして、扉が音を立てて開く。
「━━」
扉の中の光景を眼にして、アリシアは思わず息を呑んだ。
まず初めにアリシアの目に飛び込んできたものは、赤と白で構成された広大な空間だった。
黒の王城にある玉座の間とは少し作り勝手が違い、床には真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。
天井には豪奢なシャンデリアがぶら下がっており、純白の壁には金の文様が掘られている。
そして、真っ直ぐに絨毯を目で追っていくと、玉座の間の最奥。そこにはわずかな段差があり、その上には華美な椅子が1つだけ存在していた。
椅子の後ろの壁には旗が掲げてあり、旗には紅焔騎士団の象徴たる、赤龍が描かれている。
その団旗を背に、椅子に1人の男が堂々と座っていた。
燃えるような赤い髪に、全てを焼き尽くすかのような灼熱の瞳。少しこけた頬に、不精髭がよく似合っていた。年齢は30後半から40前半と言ったところだろうか。
ダボッとしたラフな服に草履を履いており、騎士王の玉座の間において場違いも甚だしいものだ。
しかし。男の目から発される常人を逸した鬼気は、その男が只者ではないということをアリシアに感じさせる。
「――え?」
なんの前触れもなく、隣にいたヴィレンが着物の男へと向かって走りだす。
いつの間に神器化したのやら、ヴィレンの右手には漆黒の剣が握られていた。
フィーナはハァと軽く溜息をつき、フウガとライガに至っては、こうなることを分かっていたという表情である。
着物の男はニヤッと笑みを浮かべると、椅子の隣に立て掛けてあった太刀を掴み立ち上がった。そして、慣れた手つきで鞘から刃を抜き放つ。
刀身は仄かに紅く染まっており、ひと目でそれが一級品だと分かる。
次の瞬間。甲高い金属音と共に火花を散らせ、ヴィレンと男の刃が交差する。それをきっかけに、赤黒の剣舞が初まった。
アリシアが神器の能力で作り出すものは双剣が多かった。剣術に関しては日々努力し、少なからず剣の腕前には自身があった。
それ故にアリシアは、眼前で起きている光景が信じられなかった。




