第19話 郷愁の大地
温帯である赤の王国には集落が存在しない。また、岩石地帯でも有名な赤の王国には街も存在しない。
あるのはただ1つ、王都リントヴルムである。
赤の王国総人口約220万人。その全てが王都リントヴルムで暮らしている。
理由としては先程述べた、温帯や岩石地帯であるということ――はそこまで関係なく、やはり一番の問題は他国と敵対関係にあるということだ。
赤の王国の騎士達には、黒の王国のような『個の強さ』。緑の王国のような『立地の強さ』。青の王国のような『知識の強さ』。そして白の王国のような『自由の強さ』を持ち合わせてはいない。赤の王国の騎士達が持つのは『団結せし強さ』のみ。
どんな『環境』で、どんな『強敵』が、どんな『攻撃』を繰り出し、どんな『連携』をしてきたとしても。絶え間なく鍛えられ磨き上げられし屈強な『盾』は破れない。
集落や街を作ればその分戦力を分散しなければならず、そして必ずや堅牢な王都よりも戦力の少ない街や集落が狙われることになるだろう。故に赤の王国は一箇所に集まり、堂々と敵を迎え撃つことにした。たかだか数匹のアリが面白半分に攻めてこようが、総勢20万を超える騎士団が迎え撃つ――。
リントヴルムに到着したのは、それから2日後の昼時だった。
目の前には、見上げる程大きな城門がそびえ立っている。そしてその城門の脇から、これまた巨大な城壁がリントヴルム全土を覆っている。
侵入不可、侵略不可の無限城塞。これを見るのは久しぶりだが、いつ見てもその壮大さに息を呑んでしまう。
隣でカルラが巨大な城門を見上げ、感嘆の声を漏らすのが聞こえてきた。
「おぉ、前に来た時はこんなバカでけぇ城壁なかったのにな」
「うるさい奴だ。あのまま氷漬けになっていれば良かったものを」
はしゃぐカルラに、リヴィアの辛辣なコメントが飛ぶ。
俺はもう一度城門を見上げた。高い、いやデカい。全力で飛んでも半分まで到達できるかどうか。全力で剣を振るったとしても『斬れる』気がしない。
この城壁は400年以上も前に作られたと聞いている。いったいこの不老不死はいつから生きているのだろうか。そんな疑問を胸に、俺は大門の隣にある小さな門に目を向けた。たしか、あれは赤の国民の為の門だ。勝手にそこから入れば侵入者になってしまう。
なので、俺は大声で目の前の巨大な城門に向かって叫んだ。いや、正確には城門の上の見張り台に向かって、なのだが。
「おーい、誰かいるかー!」
そのまま数秒沈黙が続く。
「まさか留守ってことは、ないよね?」
アリシアが心配そうに呟いた、その時だった。
『――何者だッ!!?』
見張り台から声が響いた。その声には、不審と警戒の色が見える。
「俺の名はヴィレン。先日、黒の王バロル・バルツァークが送った書状の通り、この地へと馳せ参じた王国からの使者である!」
俺はできるかぎり丁寧な言葉を選び、門番の声に答えた。
「ちょっ! ヴィレンくん!?」
「――」
アリシアが驚いた表情を浮かべて俺を見た。だが、俺はそれには反応せず、門番の応えを待つ。
「・・・・・・上に確認する。少し待っていろ!」
門番はそれだけ言い残し、再び沈黙が降りる。
「いつの間に書状なんて出したのよ?」
再びアリシアが俺に質問を投げかけてきた。
「俺がそんなもん出すわけねぇだろ?」
「・・・・・・はい?」
アリシアが口をぽっかりと開けた。
「え? じゃ、じゃあ書状っていうのは?」
「真っ赤な嘘さ」
「・・・・・・」
今度こそアリシアは思考を停止したようだ。
「アリシアさんは本当にお馬鹿さんなんですね」
フィーナが天使のような微笑みを浮かべて、優しくアリシアを罵倒した。
「うっ……! だ、だって! 書状が嘘ってばれたらどうするのよ?」
「書状なら、兄さんがさっき出したじゃありませんか?」
「へ?」
アリシアが頭にクエスチョンマークを浮かべた。フィーナはそれを見て、軽く溜め息を吐いた。
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そこは広い部屋だった。昼間だというのにカーテンが閉められ、その隙間から薄い日差しが部屋に注ぎ込んでいた。
ゴクッゴクッゴクッ。部屋の中央付近に位置するベッドの上で、男が酒瓶を傾け、一息で飲み干す。
男は空になった酒瓶を放り投げ、代わりに両隣の女を抱いた。そして、そのまま行為に移ろうとした時、部屋にドアをノックする音が響いた。
「報告致します! 現在、黒の王国の使者と名乗る者が来日しております。対応はいかが致しましょうか?」
「あ? 黒の王国から使者?」
「はっ! 先日、騎士王様に書状を送られたと述べておりました」
「書状? んなもん送られてきてねーぞ?」
騎士王、と呼ばれた男は己の無精髭を触りながら考えた。が、そんな物送られて来た覚えなど全くない。酒で忘れてしまったのかもしれないと一瞬考えたが、酒で忘れてしまうぐらいの内容ならば、所詮はその程度といったところだ。
「追い返せ。俺は今忙しい」
「はっ! 了解致しました!」
報告に来た騎士は、部屋の中で何が起こっているのか分からず、騎士王が現在も仕事で忙しいのだと察した。
騎士は騎士王の命令をいち早く門番に伝えようと、その場を後にしようとして――。
「・・・・・・おい、ちょっと待て」
「はっ! 何でしょうか、騎士王様」
だが、突然の騎士王の言葉に騎士はその場に膝をつき、扉の中の騎士王に向かって頭を下げる。
騎士は身体を震わせた。自分は何か騎士王を怒らせるような発言をしてしまったのか、と。
騎士王――男は騎士がその場を去る瞬間、何かが脳裏に引っかかるのを感じた。
何だろうか。何かが引っかかる。どうでもいいような、それでいてとても大切なような・・・・・・。
「おい、お前さっきなんつった?」
騎士は、背筋を震わせ、緊張した面持ちと声で応えた。
「はっ! 了解致しました、と・・・・・・」
男は無精髭を擦る。
「あー、もう少し前だ」
「はっ! 先日騎士王様に書状をだした、と・・・・・・」
「その前」
「はっ! 黒の王国の使者と名乗る者が来日しております。対応は――」
ただ、ふと気になっただけだった。だが、はっきりとそいつの顔が頭に思い浮かぶ。
「その使者。名前はなんつーんだ?」
確信などなかった。だが、男は確信していた。
「はっ! 確か・・・・・・ヴィレン、と名乗っておりました」
それを聞き、男はにんまりと笑った。




