第18話 兔の肉
――その日の夜。
なんとか俺達に追いついたカルラを含め、俺達5人は焚火を囲み、夜食を取っていた。
夜食といっても、各自持ち込んだ携帯食がほとんどだ。
俺とリヴィア、そしてフィーナは、ファームパンという携帯食を齧っていた。
これは日持ちが良いが味がないため、調味料として持ってきたバターを少量つけてから口にするとなかなかに上手い。
リヴィアは神なのだから、食料を口にしなくても生きていける。しかし、前に一度フィーナの手料理を食べて、リヴィアの中で食の革命が起きたらしく、それ以降彼女は俺達と一緒に食卓を囲んでいる。
フィーナの左に座っているアリシアに視線を移すと、アリシアは水筒に口をつけていた。
アリシアは携帯食など一切口にせず、昨日の昼から水筒の中身をちょびちょびと飲んでいるだけだ。
いつ水筒の中身が空になり、お代わりを迫られるか分からない。
嫌な想像を切り捨て、アリシアから視線をずらし、その左に座っているカルラへと視線を移し。
「美味そうだな、それ。俺にも一口くれよカルラ」
カルラはこんがりと焦げた肉を美味そうに頬張っていた。俺達を追いかける途中で、野生の野ウサギを見つけてきたらしい。
「別にいいけど、味は保証しないぜ?」
カルラはにんまりと笑い、肉を俺に手渡す。肉の大きさは2、30センチくらいの十分成長した親ウサギだ。
肉の香ばしい匂いが俺の鼻を刺激する。
俺は大きく一口肉に歯を食い込ませた。噛んだ瞬間に大量の肉汁が口の中に広がっていくのが分かる。俺はそのまま口いっぱいに肉を頬張り、数回咀嚼し――。
「――ッッ!!!???」
それは、1度食べたら2度と忘れられない味だった。
この世のものとは思えない味。
不味い。とにかく不味い。不味い不味い不味い不味い。腐った肉を生で食っているような味。大量の肉汁からは鉄の味がし、どうやら肉汁だと思っていたものは野ウサギの腐った血だったようだ……。
舌先がしびれ、身体全体が口の中に入っているものを拒絶する。これを喰えば腹を下すと、身体全体が警鈴を鳴らしているのがわかる。しかし、そこは俺のプライドが許さない。危うく吐き出しそうになったが、そこは気合で飲み込んだ。
「うっ、おえっ……!」
「だから味は保証しねぇって言ったろ?」
ケラケラと笑うカルラに、俺は黙って肉を返した。俺から肉を受け取ると、カルラは美味そうに肉に齧り付く。
「ったく。よくそれを美味そうに食えるな、お前は」
「レンレンよぉ、サバイバルってのはな? 時には嫌でも――」
「そういえば、どうしてアリシアさんとカルラさんの神様は擬人化しないんですか?」
カルラの長話が始まりそうだと察したフィーナが、咄嗟に話題を変える。流石は俺の妹、ファインプレーである。
「フィーナちゃんそれはだね、それには深い深い理由があるん――」
カルラが一瞬でフィーナの話題に飛びつくが。
「私達の神様は、レンくんと違って人体型だからね」
「人体型・・・・・・?」
アリシアの説明に、フィーナが首を曲げる。
「えっとね・・・・・・」
神器は大きく2種類に分類される。
1つは、リヴィアのように剣や銃などの"武具"に憑依した神器だ。そしてもう1つは、アリシアのように"人体"に直接憑依した神器である。
アリシアの場合、神器はアリシアの"血液"そのもの。
武具に憑依するか直接人体に憑依するかの違いで、あまり大差はない。違いがあるとすれば、武具型の神器は擬人化して表に姿を表すことができるが、人体型の神器はそれができないという点だけだろう。
厳密に言うと、擬人化できないわけではない。武具型の神器――リヴィアが擬人化した場合、神器である終焉の剣が使えなくなる。それと同様で、もしアリシアの中の神が擬人化した場合、アリシアの血液を代償に擬人化するわけだ。
つまりそうなった場合、アリシアは全身の血液を失うこととなる。その後の説明は必要ないだろう。
「なるほど、そうだったんですか」
アリシアの講義を受け、フィーナがコクコクと頷いた。
「別に神が擬人化したところで、デメリットしかねぇけどな」
実際そうなのだ。つまるところ、擬人化にはあまりメリットはない。
というより能力が使えない、そして擬人化するのにも微妙に魔力を消費するため、本当にデメリットしかないのであ――。
「ほう。私が擬人化すると、デメリットしかないと?」
右隣から凍えるような声が聞こえ、先程まで静かに食事をしていたリヴィアが、こちらをジトーっとした眼で見つめていた。