第17話 鮮血の勇者
俺達5人は順調に赤の王国へと歩を進めていた。出発してから現在まで、運良く敵に遭遇しなかった。
今は2日目の昼下がり。つい先程黒の領土を超え、赤の領土へと侵入したところだ。
「やー、快調だな。あとどれくらいでリンドブルムにつくんだレンレン?」
俺達は今、洞窟の中を走っている。ここが黒の王国から赤の王国への最速ルートだからである。
隣を走っているカルラが大声で話しかけてきた。俺もできるだけ聞こえやすいように、大きな声を出してそれに応じる。
「そうだな・・・・・・この調子で進めば、明日あたりには着くんじゃねぇか?」
そう言って俺は、ふと洞窟の奥に目を向けた。何かの気配を感じたからだ。
「・・・・・・まぁ。順調に行けばの話だけど、な」
案の定、視線の先に何か赤い点のようなものが複数現れた。
ヒヒィーンと馬が悲鳴を上げ、急ブレーキをかける。
俺とカルラは前に座っていたおかげでいち早く対応できたが、他の2人は突然のことに反応が遅れた。
「きゃっ!」「ちょっ!」「――へ?」
前に飛ばされかけたフィーナが俺の背中にしがみついた。
アリシアは反射的にカルラを両手で突き飛ばし、カルラが悲鳴を上げながら宙を舞い、地面を数回転がった後に静止した。
「あ。ごめん、つい手が……」
逆に故意ではないことの方が問題な気がするが……。
そこはかなり開けた空間だった。とりあえず俺は、皆の無事を確認する。
「怪我はないか? フィーナ、アリシア」
「まず、突き飛ばされた俺を心配しようか?」
土まみれのカルラが声を上げた。盛大に吹っ飛ばされたにも関わらず、奇跡的に無事な様子のカルラを見て、俺は心の中でちょっぴり安堵した。まぁ、不死の勇者であるカルラが死ぬことはないのだが。
だが、それも束の間。俺はカルラの後ろに"何か"がいることに気づく。
「――危ないっ!」
一瞬早く気づいたフィーナが右手を前に突き出し、魔法を発動させる。
「中位・氷魔法・氷槍!!」
フィーナの手から生成された大量の氷の槍が、"何か"に向かって一直線上に放たれる。
突然の温度の変化に周囲に霧が発生した。霧は洞窟一面に広がり、視界が白に染まる。俺達は馬から飛び降り、霧が収まるのを待つ。
霧が晴れると、目の前に巨大な氷塊が現れた。
氷塊を注意して見つめると、中にカルラが氷漬けにされていて。
「――っ!」
だがカルラのすぐ後ろ。カルラより一回り大きい"何か"が凍結されていた。
「オートマター……」
アリシアがぼそっと呟いた。
――オートマター。モンスターの一種で、身体全体が特殊な金属で作られている。
戦闘力はゴーレムより少し上で、オートマターは個体で行動せず、必ず集団で行動するため危険度はレベル4に制定されている。
ウィーンガシャン、という音と共に、俺はハッと我にかえった。
あたりを見回すと、数10体のオートマターがズラリと俺達を囲んでいた。
「――どうする、ヴィレンくん?」
アリシアが両手を上にあげ、伸びをしながらそう言った。やる気満々のくせに、と俺は軽く笑った。
「どうするもこうするも。こいつらを倒すか、来た道を戻るしか選択肢はねぇだろ」
「そっか。じゃあ戦うしかないよね」
俺は腰に下がっている剣柄に手をかけた。
だが、いざ抜刀しようとした時。フィーナの小さな手が、俺の手に軽く添えられる。
「3人で戦えば、馬が逃げてしまうかもしれません。なので、兄さんは馬が逃げないよう見張っていてはくれませんか?」
「フィーナちゃん……?」
フィーナは知っているのだ。俺の冥界十眷属は強力だ。しかし簡単な命令しか出せないため、フィーナやアリシアに攻撃をしてしまう可能性もあるということを。
他にも戦い方はあるにはあるのだが、俺の戦術は大雑把でこの洞窟を破壊してしまうかもしれない。洞窟が壊れれば、俺達は来た道を引き返すしかなくなる。最悪生き埋めだ。
万が一を考え、フィーナは俺に黙って見ていて欲しいと遠回しに言っているのだ。
「気をつけろよ?」
「はい」
フィーナの意思をくみ取り、俺は剣を握る手から力を抜いた。そのまま数歩下がり、2頭の馬の手綱を握る。
その時、オートマター達が機械音を鳴らしながら一斉に動き出した。
アリシアは両手を頭上に掲げ、スッと下におろす仕草で、今まで何も持っていなかったアリシアの両手に、真紅の双剣が現れた。
オートマターは時間を少しずつずらしながら、アリシアとフィーナに迫る。
オートマターの能力の1つである、オート・チューニング。己の思考を他のオートマター達と同調することにより、完璧な連携を可能にすることができる。
しかし流石は勇者。アリシアは右から来るオートマター達をまるで踊っているかの如く、双剣を器用に使いこなして殲滅していく。
だが、フィーナも負けていない。
フィーナは片手を頭上より上に上げ、2メートル程のつららを複数生成した。
フィーナがその手を振り下ろす動作に合わせ、つららが一斉にオートマターへと向け発射される。
何体かのオートマターはつららに射抜かれ、バチチッと機械音を立て機能を停止した後、白色の結晶へと姿を変えていった。
つららをなんとか避けたオートマターもかなりの数いたが、態勢を崩した隙に、フィーナが次なる魔法を発動させた――。
魔法は己の中にある"魔力"を使って発動させる。
魔力というのは誰しもが持っているものであり、俺達 勇者も、魔力を使って神器の能力を発動させている。
魔法を使うには、魔法使いから直々に魔法の使い方を教わるか、我流で会得するのが一般的で、魔法を使えるようになるためにも相当な努力が必要だ。
それ故、魔術の国と言われる"青の王国"以外に魔法使いがいることは珍しい。
魔法は下位魔法 中位魔法 上位魔法 そして最上位魔法に分類される。
例え魔法が使えるようになったところで、青の王国の魔法使いには遠く及ばず、大抵は下位の魔法を使えるようになるのが関の山で、黒の王国でも中位魔法を行使できる者は少なく、たとえ最上位魔族であっても魔法自体を使えない者がほとんどなのだ。
だがそんな中。フィーナだけは別格だった。
「――私はこの世の安寧を願う者」
フィーナが腕を前方へと突き出した。
突如地面に突き刺さったつららから冷気が伝染し、オートマター達の足ごと地面が凍り始める。
「天地万有に宿りし、大いなる力の根源よ。
森羅万象を司りし、大いなる力の理よ。
安寧を願いし私の呼びかけに応え、眼下の敵を薙ぎ払う力を与え賜え」
そして、オートマター達の身体の至るところから美しい氷の薔薇が咲き始め、数秒後にはオートマター達の身体全体が氷の薔薇に埋め尽くされた。
「全てを凍てつかせる『氷結』の力を――」
フィーナは青の王国の中でも一握りの者しか使用することができないと言われる、上位魔法を扱える。
それを可能にしたのは、諦めずに高みを目指し、血の滲むような修練に修練を重ね、最強と歌われる魔法使いに育て上げられたこと。
そして、彼女の才能だ。
恐ろしい程の、突出した魔法の才能――
「上位・氷魔法・氷花の庭園!」
氷の薔薇に埋め尽くされ、ピクリとも動かなくなったオートマター達に向け、フィーナがパチンと指を鳴らした。それを合図に、氷の薔薇ごと芯まで凍ったオートマター達の身体が、木っ端微塵に砕けちった。
「――フッ!」
アリシアが鋭い気合と共に、両手に握る真紅の剣でオートマター達を次々に薙ぎ払っていく。
アリシアの洗練された体捌きからなる、踊るような紅の太刀筋は、いっそ見惚れるほどに美しかった。
オートマター達はアリシアの紅の剣舞の前に、全く歯が立たない。
左右から同時に迫るオートマターを、アリシアの剣が容赦なく両断した。
間を開けずに、今度は前方から3体のオートマターがアリシア目がけ突進してくる。アリシアはそのまま態勢を低くし、地面を強く蹴り、逆にオートマターとの距離を詰めた。
間合いに入った瞬間、アリシアの双剣が流水の如く、2体のオートマターを物言わぬ残骸へと変える。
残り1体。アリシアの剣が3体目を捉えた、と思った瞬間。突然オートマターが自爆した。
アリシアを巻き込みながら、周囲に土煙が広がる。
「きゃっ!」
アリシアが驚嘆の声を上げ、数歩後ろへ後退した。
「――っ! ダメだ、アリシア!!」
「え?」
だが、土煙を抜けた直後。まるでアリシアがそこへ移動することを予測していたかのように、数体のオートマターが待ち構えていた。
オートマターの口には、溢れんばかりの光が収束しており、俺の呼びかけも虚しく、それがアリシアに向かって解き放たれる。
完全に予想打にしなかった攻撃に、アリシアはろくに回避もできず、光線が直撃した。
巨大な音と共に、先程とは比べ物にならない程の土煙が舞い上がった。
「――っ!」
オートマター最大の攻撃、光矢。
中位魔法と同等の威力を持つ光矢は、一撃で俺ん家が半壊する程度と、あまり大した威力はない。
しかし、先程放たれた光矢は6つ。しかも、アリシアはそれがもろに直撃したのだ。
アリシアも勇者だ。死んではいないと思うが、当たりどころが悪ければ、もしかしたら・・・・・・。
そんなことを考えているうちに、土煙が収まりはじめた。
土煙が収まるにつれ、中から何か赤い大きな物がその片鱗を見せる。
土煙が完全に収まると、赤い何か――訂正、真っ赤な巨大な盾が姿を現した。
盾は液体のようにグニャッと崩れ、その奥から人影が見えた。美しい金髪を靡かせ、紅い眼をした吸血鬼が、その雪のように白い頬に微笑を浮かべて立っていた。
金髪の吸血鬼――アリシアが、無傷のまま生還したのである。
アリシアが両手に装備していた双剣は見当たらず、代わりに右手には球体の形に変形した、先程の赤い盾だったものが乗っていた。
乗っている、という表現は適切ではないかもしれない。何故なら、アリシアの手のひらの上に浮いているのだから。
「今のはちょっと危なかった、かなー」
余裕の笑みでアリシアがそう言うと、手のひらの上に乗っていた赤い球体が、突如としてその姿を等身大の真っ赤な"大釜"へと変形させた。
アリシアはその大鎌を片手で掴み、数回クルクルと回してから背中に構えた。
鮮血の勇者。彼女は己の血を操り戦う。先程のように血液から双剣を生み出し、時には盾を生み出し、時には大釜を生み出し。彼女の血は彼女の思うがままにその形態を変える。
欲しい時に欲しい武器を生み出し、戦略を数百と広げる、まさに千変万化、オールラウンダーな勇者だ。
だからこそ、俺は嫌でもあいつのことを思い出してしまう。アリシアはかなり強い。しかし、アリシアが千変万化の超人ならば、あいつは万変億化の怪物だろう。
俺の嫌な思考が終わったとき、ちょうどアリシアも敵を全滅させ終わったところだった。
アリシアが1つ息をつき、大釜を上空へと掲げた。大釜の形態がグニャッと崩れ、液体状に変化した血が、アリシアの掲げる右手へと吸収されていく。
結晶化したオートマター達の核石を回収しながら、先程気になったことをアリシアに聞いた。
「そう言えば、アリシアは自分の血を操れるんだよな?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
アリシアが集めた核石を俺に手渡しながら首を傾げた。
「いや、少し疑問に思ったんだが。確か、この前お前が襲われた時、腹からけっこう血が出てたろ?」
この前、というのはアリシアが幻想の勇者らに襲撃を受けた日のことだ。
「うん」
「だからさ、その血を鮮血の能力で身体の中に戻せば、お前は死にかけずに済んだんじゃないのか?」
「ほう。レンにしてはいい考察だな」
「……ありがとよ」
それを聞き、リヴィアとフィーナもハッと気づいた様子だった。
「あー、えっと。確かに私は血を操れるし、出血した血をもう一度体内に戻すこともできる」
アリシアは「だけどね」と続ける。
「開いた傷は【鮮血】の能力じゃ治らない。さっきみたいな小さな傷は吸血鬼特有の再生能力でどうにかなるけど、どうにかなるのはその程度。お腹の穴は流石に無理があるよ」
なるほどな、と。血を戻し続けたところで、傷が塞がらないんじゃあ意味がない。いずれは鮮血の能力を使うための魔力も切れ、アリシアは死を待つのみだったというわけか。
「ヴィレンくんたちが思ってる程【鮮血】の能力は万能じゃないんだよ」
そう言って、アリシアは少しぎこちなく笑ってみせた。
✽✽
「忘れ物はないな?」
回収し終えた核石を馬の尻にくくりつけた後、確認の意を込めてそう呟いた。
「大丈夫だと思います、兄さん」
アリシアが何か思案している顔だったが、こんなところで時間を潰すのは勿体無い。俺は先を急ぐことに決める。
「そうか。なら出発するぞ」
そして俺達4人は、改めて赤の王国へと向け進みだした。
ここまま行けば、あと2日。遅くても3日目の夜までには到着できるだろう。
――何か忘れているような・・・・・・。
そう。先程から俺は、何か大切なことを忘れているような気がしてならなかったが、
――ま、いいか。