エピローグ
あれからかなりの時が過ぎた。時間の流れというのは時にして残酷なもので、感傷から立ち直る暇もなくあっという間に流れていってしまう。
その間に世界は目を見張るほどの豹変と変化を遂げた……なんてことはあるはずもなく、ただ元通りの日常を取り戻すべく人々は手を取り合った。
変わったことといえば、そうだな。天使打倒という目標に世界全体で立ち向かったおかげで五大国の絆が深まったことだ。
アリエル打倒後、各国の王達の会合が赤の王国リントブルムで行われた。
緑の王国より《霊王》ラクア・ディッファニー。
正式に《聖王》に就任したエスティア・テイルホワイト。
ザインより命を受けた《騎士王》ライガ・ドラグレク。
ラフリスを失った青の王国次代の《賢王》は《六色の青》ラフィーア・レイブラン。
そして黒の王国からは「うんうん。黒の王国最古参の俺しかいねぇよなぁ――あいてっ」「調子に乗らないでくださいカルラさん恥ずかしいです」魔王代理カルラ・カーターとその付き添い人フィーナである。
五大国全てが代替わりを果たしたこの〝新世界会議〟は、驚くべきことにこの上なくスムーズに進行された。
これは以前の旧世界会議の倍のスピード、いやその倍のスピードである。
これが何を指しているのか、そう、ザイン達の時代がちょっと個性豊かな奴らが多かったということである。
ここにライガではなくフウガが騎士王として就任していれば、もうちょっと進行が遅れたかもしれない。しかし事実そうはならなかった。ザインもフウガ自身も、フウガ・ドラグレクという男が王様に向いていないことを知っている。ザインを見ればわかるだろう。ザインから王を引き継ぐとき、反対したのは当人であるライガだけだった。
と、そんなこんなでスピーディーに進められた世界会議の議題は、主に今後の方針とこれからの五大国の関係性について。
彼らが掲げた提案は冒険者や騎士など戦力の撤廃。つまり戦士制度の廃止である。
その上で各国に貿易網を張り巡らせ、特産品や食べ物などを流通させようという提案である。
はっきり言って、これはかなり難しいことだ。
つい先日まで互いに殺し合っていた者同士、いきなり戦争は終わった仲良く手を取り合おうなどと、過去の傷跡はそう簡単には洗い流せない。
―――けれど。戦士達は知ってしまった。天使との戦いで改めて知ってしまった。目の前にいる彼等彼女等は、同じ血の流れている同じ心を持った同じ人なのだと。自らの大切な者を守るために戦場に立っているのだということを。
果てしない時間がかかるかもしれない。何十年、何百年と。だが実現不可能なことではない。無理難題などでは決してないのだ。
ザインが。バロルが。ラフリスが。そしてアリシアとヴィレンが。守るべき者のためにその命を賭して戦った。世界を救い未来を手に入れた。
だから。五大国はもう、戦う必要はないんだ。
平和な未来を望んでいいんだ。
五大国は互いに手を取り合える。
そう、ここに集った王達のように。
世界が変わろうとしている。少しずつだが確実に。平和な未来へと向かって。
でも。当たり前のことだがそんな未来にヴィレンとリヴィアの姿はない。アリシアやザインも。失われた命は戻らない。
それでも時間は残酷に過ぎていく。
立ち止まることは許されない。
悲しくても、辛くても、人は歩み続けるしかないのだから――。
自然に囲まれた森の中。小鳥の鳴き声が響く木々の隙間。澄み渡る泉の前で、一人の少女が草葉の上に腰を下ろしている。
黒い髪をショートに切り揃え、左側の髪を耳に掻き分け顔の線に添うようにひと束下ろしている。その束を指先でちょいちょいっと弄りながら、檸檬色の瞳を水面へと注いでいる。
「いい加減。隠れてないで、でてきたらどっすか?」
そんなことを、少女は口にした。
静まり返る世界には水のせせらぎしか聞こえない。
「隠れてたわけじゃねぇんだけどな」
と、木々の間から少年が姿を見せた。濁った金の髪を伸ばした少年は、少女の隣に立ち、同じく泉を眺めた。
「あれからもうかなり経つのに、ここだけは変わんねぇなー」
感慨深くそんな言葉を口にする。
「アンタさん、こんなとこで油売ってていい身分じゃないでしょーが。王様の仕事はどしたんすか」
「へへっ、息子に押し付けてきた」
少年はどさっと腰を下ろすと、大自然に四肢を投げ出した。
「俺とあの子の子どもだ。アイツなら上手くやれるだろうさ」
つかアイツ俺よか老けてるしな、少年はケラケラ笑う。
「フィーナさんとは元気によろしくやってるんすか?」
「フィーナなら死んだよ。一昨日の話だ」
「………そっすか」
少女に驚きはなかった。フィーナも歳だ。そろそろだろうとは思っていた。
当然人には寿命がある。それが世界の理でルールなわけで、ここにいる二人が数少ない例外だというだけの話。
「俺とイグニスの契約は満期終了。これでもうめんどくせぇ縛りはなくなった。つーことで、俺を殺してくれ、ウィー」
清々しい顔で残酷なことを口にするカルラに、一瞬ウィーは目を伏せた。
「うちを置いて行くんすか?」
そんな言葉が、ウィーの口をついて出た。
「……」カルラは何も答えない。わかっていた。だからウィーは再び道化を貼り付ける。
「なんて冗談すよ。まったく歳寄りはダメっすねぇ。ノリが悪い」
「痛いとこつくなあ。そりゃもう500を超えるじじいだけど、よ―――」
カルラの口がウィーの口で塞がれた。
最初戸惑いを覚えたカルラだが、唇を通して流れ込んでくる魔力を感じ、されるがままに抵抗を止めた。
しばしの間、二人の唇が重なった。
惜しむようにウィーがゆっくりと唇を離す。
「カルラさんの不死性は縛ったっす。これでもう、あんたさんは生身の人と変わらない」
ウィーが鎖骨の辺りをスッと指でなぞる。カルラが悶える。
「くすぐってぇ〜。触られる感触は久しぶりだ。悪くねぇ……ああ、悪くねぇ」
にやっとひとつ笑って、カルラは全身から力を抜いた。
「ひとおもいに殺ってくれ」
そう言うと、ウィーはカルラに跨った。
「んじゃ、力脱いてください。痛いのは最初だけっすから」
「へへっ、やらしいな」
「やらしいのは嫌いっすか?」
「バカ言え、大好きに決まってんだろ?」
腰の辺りからウィーは一本のクナイを取り出した。
細かな傷が無数についた、年季のあるクナイを。
「後悔はないっすか? 死ぬ前にもっと女の子と遊んでおかなくて良かったんすか?」
「あー、可愛い嫁がいるからな。ってもう今はいねぇか、ハハ」
「なら、遊んでも誰も怒らないじゃないっすか。例えば、そう、ここに――」
続くウィーの言葉を「――でも」カルラがつぶす。
「俺はフィーナちゃん一筋だからな。こう見えてけっこう一途なんよ俺って」
にへら、とカルラは笑った。
くすり、とウィーも笑う。
「ええ、知ってたっすよ」
クナイがカルラの胸に突き刺さる。
ずぶっと音を立て深々と心臓を貫く。
「さようなら、カルラさん。お疲れ様っす」
クナイに込める力をウィーが強めようとしたとき、ふとカルラの右手が彼女の頭を撫でた。
幼子を撫でるように優しく、優しく。
「ありがとな、ウィー………」
カルラの手がウィーの頭から離れ、地面に落ちる。
それきりカルラが動くことはなかった。
「……あー、ほんとに。最後の最後まで変わらないっすねぇ」
ウィーの身体から力が抜ける。カルラに跨った状態のまま、背中を猫のように丸めた。
「っとに。幸せそうな顔して……」
ウィーの声は震えていた。瞳が湿っていた。涙なんてとっくに枯れ果てたと思っていたのに。
その体勢のまま、ウィーはしばらく立ち上がることができなかった。
どうも星時 雨黒です。まずは読者の皆様に感謝を。途中で切らずにここまで読んでくださり本当〜っにありがとうございましたっ!!
長かった……本っ当に長かった、、!!
まさかこんなに時間と気合と労力が必要なものだとは正直思ってもみませんでした。だって52万文字ですよ?52万文字。1年ありゃ終わるだろう10万文字くらいで、みたいなノリで始めた執筆活動ですが、やー、振り返ってみるとよく頑張ったなぁってちょっと達成感がすごいです。
当初の予定としてはヴィレン編の次に過去編(カルラの物語)や帝国編(ユウシャの物語)を書きたいって思っていたんですけど、やりきった感ハンパないし、後単純に疲れちゃったので多分これで完全に終了です。
最後までお付き合い頂き本当にありがとう!!
ずぼら設定だし多分回収してないフラグとかいっぱいあると思うので、どうしても気になるって方は感想の方に質問書いてくれたら気づいた時に返していきます!!
ということで!!『剣の女神と終わりの勇者』これにて完結であります。皆さんまたどこかで。いえ、次の作品でお会いしましょう!!