第172話 ラスト・ピリオド
人は日々戦い続けている。
等しく全ての人が、必ず何かと戦わなくてはならない。
生きるために戦う者。明日を望むために戦う者。己の価値を見出すために戦う者。自らの在り方を賭して戦う者。
人が戦う理由は様々で、細かく覗けば一人一人異なるものと戦っている。
今日という日を乗り越え、自らを肯定するために。
だから俺は剣を取る。
俺の戦う理由は、大切な人たちをもう二度と失いたくないから。
大切な人たちが生きる明日を掴みとるために、俺は戦うんだ―――。
「破壊神リヴィアの器《永久の勇者》ヴィレン・ドラグレク」
「七大天使統括《正義》のミカエル」
俺とミカエルの体感時間が限りなく引き伸ばされる。時の流れは穏やかに。そして緩やかに。音もなく経過して行く。
永遠と感じる時間の中。無限に続くかと思われた停滞の隙間。しかしそれは突然に終わりがやってくる。そういうふうに出来ている。
俺とミカエル、二人の呼吸が重なった。
瞬間、時が溶ける―――。
「おおッ!!」
「フッ!!」
溶解した時の流れは、停滞していた時間を取り戻すかのごとく急速に加速していく。
視線の先で火花が重なる。少し遅れて剣の悲鳴が鳴く。
一撃一撃が重い。一閃一閃が速い。
ウリエルには及ばぬにせよ、しかと迫る剣速。ウリエルと違う点は、ミカエルが戦い慣れしていることにある。
確信があった。俺はこいつに勝てないと。だから俺は、全てを捨てる覚悟を決めた。
「五番目の終焉《神々を屠殺せし終撃》ッ!!」
超近距離からの必殺の一撃。直撃すればミカエルとて無事ではすまない威力がある。
「《聖鎌》アスタロト」
対するミカエルの手元。彼が扱う剣が、鎌へと姿を変えた。
先ほどカルラとの戦闘で、剣が弓へと変形した瞬間を俺はすでに目撃している。
「ヘヴンス・エッジ!!」
彼我との距離は僅か2メートル。至近距離で俺の剣とミカエルの鎌は接触した。高エネルギー同士の衝突に、空間がピリつき衝撃力場が発生する。
踏ん張りも虚しく、足が宙に浮き、粉煙と仲良く吹き飛ばされた。
「く……ッ!!」
剣を地に突き立てどうにか体勢を立て直す。
結果は互角。俺の持ちうる最強の一撃ラスト・リディアが軽く相殺された。
さすがは七大天使長といったところか。ここまで斬り結べたこと事態が奇跡とも思える。まぁ手加減されていた感は否めないが……。
だが、ここまでは計算通りだ。
さきの衝突によりミカエルとの距離はかなり開いた。今ならいける。
脳裏にフィーナの顔が浮かび、一瞬躊躇した。けれどそれも一瞬だけ。
「汝、器の主足る我が欲し求め願い給う」
詠文はもう知っている。リヴィアから聞いている。
「黙示録の剣。漆喰の刃。世界に終焉を告げ終わりを齎せし我が主神よ!」
「―――させるとお思いですか!」
直後、粉煙が吹き飛び二本の矢が的確に頭部と心臓を狙っている。加えて粉煙の煙幕で発見が遅れ、反応が鈍る。直撃すれば即死あるいは致命傷。詠唱に集中するため俺は動くことができない。
だから俺は、それを想定し事前に対策を済ませておいた。
『………ゥゥゥ』
突き立てた黒剣の真下から影が出現する。《七番目の終焉 冥界を守護せし終影》冥界の番人たる破壊神の十眷属を召喚させる技だ。
影の眷属がミカエルの矢を叩き落とした。
「まさか読んでいた……!?」
目を見開き、特攻を仕掛けるべくミカエルが急接近する。
眷属達が束となりミカエルの猛攻から俺を守るべく奮闘した。もちろん彼らに意思はない。けれどその犠牲から生まれる数秒を無駄にすることは躊躇われた。
悪ぃ、ありがとう。
心の中で感謝の念を送り、
「今こそ器を器足りえんとする時成り。汝の器足るこの我に、汝が"終焉の理"を。代償をここに。真名をここに―――」
脳裏に蘇る大事な者達の顔。巡る思い出。
走馬灯かよ、と一人で笑う。あながち間違いでもない。なにせここが最後のターニングポイントだ。これより先は後戻りができなくなる。
構わない。もう決めたんだ。
「《聖槍》ロンゴミニアドッ!!」
『―――ッァァァ』
一人また一人と、ミカエルの槍により屠られていく眷属達。もうすぐそこまでミカエルが迫っている。
大きく息を吸い、吐き出す息と一緒に、俺は彼女の真名を口にした。
「《終焉の破壊者》リヴィア・エス・ディヲン」
彼女の名を紡いだ時、悲しげな顔で笑うリヴィアが見えた気がした。