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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第170話 カルラの布石、ヴィレンの切り札

 前に出過ぎれば死ぬ。かと言って下がるわけにもいかない。死と生の狭間をどうにか見極め、一歩、踏み込む。


「ふ―――ッ!」


 短い吐息と同時、ヴィレンの黒剣とウリエルの光剣が火花を散らす。

 一秒という僅かな時間の中で2度3度と黒、紫、黄。3つの剣が交差する。

 斬り結ぶ中、ヴィレンは小さな違和感を感じていた。戦っている当人にしかわかり得ない些細な疑念。けれど。漠然としている空白が、剣を交える度に埋まっていく錯覚。いや、これは錯覚なんかじゃない。

―――ああ、やっぱりそうか。

 ヴィレンは確信を得ていた。

 真下から真上へ流れていく高速の剣。軽く刀身をつついてやるだけで簡単に軌道がズレる。

―――ああ、全然なっちゃいない。

 間違いなくウリエルは強い。光の速度の剣速やら光を操った魔法やら、強力な矛を揃えている。

 けれどそれは単なる力技に過ぎない。

 ウリエルの攻撃は単調で、技の駆け引きも何もない。足運びもフェイントも、てんでド素人そのもの。

 だから。攻めてくると思われる軌道上に剣をおいてやるだけで、ウリエルの対処は致命的に遅れる。


「ク―――ッ!?」


 たしかに『光』とは恐ろしい能力だ。

 反応の外側をいく速度と、光の暴力。大抵の者は反応すらできずに即死だろう。

 これまで散々生まれ持った『完全』という力を振りかざしてきたのだろう。努力もせずただ単純に、息をするように。

 そこが、ヴィレンとカルラが勝機を見出した唯一のスキである。

 けれど――、


「もう対応してきやがった……ッ!」

「へへ、ふざけろ!!」


 ヴィレンとカルラが積み重ねてきた『努力』を、ウリエルは『才能』という有り余るセンスでカバーする。彼らが鍛錬に身を費やした時間を踏み潰す。努力を学習し即座に適応しうる圧倒的な完全さ。

 ヴィレン達が一手打つたび、その一手を完全に学習し、二度同じ手は通じない。

 ヴィレンの頬に新たな血線が刻まれた。


「なぁカルラ、コイツ、さっきより速くなってねぇか……!?」


 カルラの脇腹にも真っ赤な血が服に滲んでいく。


「あ〜、こりゃ早めにケリをつけなきゃマズイなレンレン」


 独特のステップでウリエルの猛攻を掻い潜り、カルラが高らかに宣言した。


「そんじゃそろそろ、カタをつけやすか!」


 そして紫紺の刀身を指でなぞる。


「起きろ、魔剣(レイヴ)―――」


 その動作と呼び掛けに呼応するが如く、剣が濃厚な濃紫の魔力を帯びた。


「レンレン!! 条件(・・)は満たした、行くぜぇッ!!」


「条件、だと……?」


 走り出す2人の魔人(ヴァーティス)

 ウリエルの黄白の瞳に映るは紫紺の剣。カルラ・カーターの持つ魔剣。先程自身の胸を貫通した《魔剣レイヴ》を―――。





 理解できない現象ほど恐ろしいモノはない。

 理解が及ばぬ現象、理解の範疇を超えた現象ならまだ納得がいくというもの。なぜなら"そういうモノ"だと理解しているからだ。

 『心』というものは等しく強欲で臆病だ。頭で理解できないモノを恐れる傾向にある。

 怪奇現象。幽霊。他人の心。

 解らないことが怖いのではない。解らないモノが怖いのだ。見えないモノが恐ろしいのだ。

 例えばそう――、"斬られた"という事実があるのに、傷跡はどこにも見当たらない、とか―――。


 

 カルラの一挙手一投足に、ウリエルは全神経を集中させる。

 目にしたことのない類の刀剣。神器とは違う。そこは断言できる。ウリエルの記憶にイグニスが武具を用いたという記憶はない。

 ならばカルラの持つ魔剣は下界の作品。何か術式付与(エンチャント)を刻んだ剣。

 人間が作った武具ならば、さして警戒する必要性はないと思うがしかし。万が一の可能性が捨てきれない。


 もしかすれば肉体ではなく精神に作用する魔剣で、すでに敵の術中に陥っているのかもしれない。

 もしかすれば"斬った"という事象を刻みつける刻剣で、時限式あるいは何かの合図で傷が発症するのかもしれない。

 もしかすれば状態異常を付与する病剣かもしれない。

 もしかすれば、もしかすれば、もしかすれば――……。

 ウリエルの思考回路があらゆる可能性を探っていく。


 いつ来る? どう来る? 何が来る?

 警戒せねば。警戒せねば。警戒せねば―――。


 解らないという『不安』がウリエルの神経を摩耗させる。

 可能性を深堀していくことが、自ら視野を狭めていく行為だとウリエルは気づかない。


 それが、カルラ・カーターが打った最大の布石だった。


「へへっ、コイツで終わりだウリエル!! 魔剣―――」


 カルラは地に魔剣を突き刺した。次いで魔剣にありったけの魔力を込める。溢れ出る濃厚な紫紺の魔力。


「――天使殺しィッ!!」


 来たッ!! 魔剣が能力を発動する。ウリエルの目にはそう見えた。


「縦となり我を庇護せよ、防翠の御光(グラン・レイ・シェル)!!」


 何の疑念も持たずウリエルは即座に能力を展開した。自らが誇る最強の盾を纏った―――。



 魔剣レイヴは所持者の斬りたい物だけを斬る剣だ。

 無防備な天使のがら空きの背中。しかしカルラの魔剣ではウリエルを殺すことはできない。カルラに及ばぬにせよ天使の並外れた再生能力によって傷は修復されてしまうだろう。

 だからこそ最大の好機を捨て、あえて何も斬らず、カルラは魔剣でウリエルの胸を貫通するにとどめた。

 あたかも魔剣に更なる能力があるように見せかけて。

 自らの手の上で踊るウリエルを見て、カルラは笑ってしまうのを堪えられなかった。


「へへっ、なんちってなぁ♪」


「まさ、か――――」


 『ハメられた』そう確信したウリエルの背後。



「―――一番目の終焉(アウヌス・ピリオド) 禁断逃避の終域(クレイジー・ステージ)


 ウリエルとヴィレンの足元。漆黒が両者の踏み締める地面に拡散した。


二番目の終焉(ドゥヲル・ピリオド) 破壊の眷属達の終宴(アビス・カーニバル)


 ゾワリとウリエルの背に悪寒が走った。

 ヴィレンの黒剣が『終焉』を纏う。『深黒』を帯びる。

 マズイとウリエルは直感した。アレはマズイ。アレは『終わりそのもの』だ。天使の感がそう叫んでいる。

 ウリエルは、ふっ、と肩から力を抜いた。

 不死身の不意打ち。魔剣のブラフ。見事なフェイクからのトドメの一閃。いやはや素晴らしい連携だ。まさかここまで追い詰められるとウリエルは思ってもみなかった。

 しかしそれ故に残念でならない。

 最後の詰めが絶望的に甘いことが。

 ウリエルの持つ権能は『閃光』。即ち光だ。

 どれだけ追い詰められようと、どれだけ絶望的状況に追いやられようと関係ない。1秒もいらない。コンマ1秒あれば充分。時間と距離を置き去りにできる。

 だから無意味なのだ。

 人が光を相手取る自体間違っている。全ての行動が無駄になる、はずだった―――。


「な、に………?」


 なぜか身体を光の粒子に変換できない。

 こんなことは初めてだ。もう一度試みる。失敗する。なぜだどうしてだ。原因不明の不具合……不具合というには些かタイミングが良すぎる。

 上半身、身動きだけは可能だ。魔力も(おこ)せる。しかし足が動かない。地べたに張り付いたようにピクリともしない。

 まるでウリエルから逃避する選択を取り上げるように……。

 気づいた。足元の漆黒。ああ、なるほど。腑に落ちる。この勇者も隠し玉を取っておいたのか、と。

 ウリエルは苦笑した。

 

「断罪の極光、断闇の御光《聖光剣ヘヴン)》!!」


「集え。第三眷属タナトス、第十眷属シヴァ!!」


 左手に魔眩い輝きを収束させるウリエル。対して『終焉』を帯びるヴィレンの黒剣。


「決めちまえ、レンレン」


 二人の交差を眺め、一人呟くカルラ。


 直後、闇と光が衝突した。


「「うをぉぉぉぉおおおおおお!!ッ」」


 吠える二人の雄。均衡は一瞬。光が割れた。



回帰と断魔の狂焉(ディガル・ピリオド) 終撃と終閃(バイオレス・ゼロ)ッ!!」



 光剣を砕き、ウリエルの鎧を貫き、ズ――ッと音にならぬ音を立て、黒剣がウリエルの肉を斬り裂き骨を断った。


「ぐっ、お、ぉぉ……ッ!!」


 肩から侵入した剣が腰から抜ける。

 血を吹き1歩2歩と交代し、膝をつくのをどうにか堪え、ウリエルは生々しい傷口に目を向けた。

 これはどうしたものか。斬られた傷跡が砂化している。再生した細胞も次の瞬間にはサラサラと黒い砂に変化し、もはや再生速度よりも砂化するスピードの方が圧倒的に速い。

 ウリエルは瞳を閉じた。


「………お前達人類の輝きは、私の目には少々眩しすぎる」


 最後、光の天使は満足気に笑い、消滅した。

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