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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第169話 光の天使

 息を整える。肺に新鮮な空気を取り入れ、脳に酸素を回す。騒ぐ心臓を落ち着かせてやる。

 次に魔力を熾す。心の芯から熱を身体全体に浸透させてやる。緊張で硬くなった指先をほぐすように丁寧にゆっくりと。

 それから右手に構える漆喰の剣の感触を確かめる。そう、感触。変な意味などでは決してない。好きな女の柄の感触を確かめているだけなのだから、いやらしくも何ともない。

 そして最後に、頬をつり上げ笑みを作った。


「なんだよレンレン、絶好調じゃん?」


 魔力の調子に気づいたのか、カルラが話しかけてきた。


「お前のほうこそ。いつにも増してやる気が漲ってるぜ?」


「その言い方だと俺がいつもやる気を出してねぇみたいじゃねぇか。俺ほど真面目な奴はそうそういねぇっての」


 息を吸うように嘘吹くカルラ「ちがいねぇ」と笑い合って、それから正面、黄白の翼を畳むウリエルを見据えた。


「さて。やりますか」


「おう。やるか」


 剣を構える。


「第二天使《閃光》のウリエル、参る」


 名乗りの直後、ウリエルが視界から消えた。


「「――――!?」」


 細かく言えば消えたわけではない。まるで消えたかのように、俺達の目にはそう映った。

 金属と金属が衝突する甲高く耳障りのいい音と共に盛大な火花が散る。


「―――なるほど。ここまで登ってきただけのことはある」


 瞬きの一瞬、それこそ光の速度で俺達の背後に移動したウリエルは、少しだけ驚いている風だった。

 馬鹿を言え。ふざけるなと言ってやりたい。驚いたのはこっちだ。


「ふざけんな、速すぎだろ!?」


 正直な奴もいる。カルラだ。


「お二人ともお気をつけください!」


 俺達から離れた場所で、すでにミカエルと戦闘を始めているラファエルから助言が投げかられる。


「ウリエルの権能は『光』! あのカマエルもを超える『七天最速の天使』こそがウリエルの強み……」


「―――私を相手にお喋りとは余裕ですね、ラファエル」


 ミカエルの刃がラファエルの言葉を切る。


「ふふ、あなたほどではありませんよミカエル」


 そして再び、両者は白熱した戦いを再開しだす。


「光、ねぇ。そりゃ速ぇわけだ」


 カルラが染み染みと苦笑を浮かべる。

 しかも速いだけじゃない。光の速度が加算された一撃は想像を遥かに凌駕し重い。加えて天使補正の筋力やら生物としての次元の差が俺達とウリエルの実力差を更に加速させる。

 ―――だが。

 決して反応できない速度じゃない。


五番目(クインス)終焉(ピリオド)神々を屠殺せし終撃(ラスト・リディア)》ッ!!」


「―――!?」


「おっ!」


 鍛えてきた技の全てをここに。励んできた成果をここに。

 研ぎ澄ませ。曝け出せ。全てを乗せろ―――。


「――ッ、ほんとに絶好調だなぁおい……!」


 勢いに乗る俺と並んで、負けてらんねぇとばかりにカルラも続く。


「これは……加減したままで勝てる相手ではないな。些か不本意ではあるが本気を出させてもらおうか」


 という中ニ発言とともに、ウリエルの速度が目に見えて――すでに目では捉えきれない速さではあるが――上がる。

 中ニ発言が中ニ発言じゃなくなるあたり流石としか言いようがない。

 右からくる斬り上げとほぼ同時、コンマ一秒後には物理法則を無視した横薙ぎが俺の腕を掠める。

 もはや目では負いきれない。直感と感覚に頼って身体を動かす。

 魔力を緩めることは許されない。油断はできない。一瞬足りとも気を抜いたすぐ先に死が転がっている。


蒼光四瞬軌(リブル・レイ)!!」


 ウリエルの剣から発光する蒼の極光。光は一点に収束し、四本の閃光となり発射された。

 俺とカルラに2本ずつ光は分岐する。

 瞬きの一瞬すら許されない刹那。思考を放棄する。躊躇すれば死ぬ。


「う、ぐ――おらッ!!」


 感覚に身を任せ、半歩身体を引きながら剣で光を受け流した。耳朶を抜けていく風切り音。直後、後方から爆音が轟いた。


「レンレン、無事かっ!?」


 横を見ればカルラも蒼い閃光を反らしたところだった。その背後に、光が形を現す。


「カルラ、バカ、後ろだッ!!」


「なにぃ―――っ!?」


「―――遅い」


 回避は間に合わず、ウリエルの光剣がカルラの胴体を貫いた。


赤熱光(レッド・ヒート・レイ)


 貫いた剣が、カルラの身体を内側から光の熱で焼き焦がした。


「がッ、ぁ、ぐぅあッ………!!」


 光温で溶かされカルラの身体にくっきりと穴が開く。グツグツと沸騰した細胞が、ドロドロと溶解し地面に垂れる。見るだけで顔を背けたくなるような悲惨な傷跡。

 白目を剥くカルラに構わず、ウリエルの瞳が次の獲物を見据えた。


「まず一人」


 光剣を軽く振り血を飛ばす。

 冷徹な視線が俺に向けられる。

 次はお前だ、と。視線が語ってくる。

 ゆっくりと歩みを近づけるウリエル。しかし。不意にドスッという鈍い音とともに、ウリエルの歩みが止まった。


「なん、だと―――」


 目を見開くウリエル。見ればウリエルの胸から紫黒(しこく)の刃が生えていた。


「勝手に殺してんじゃねぇよ、ピカピカ野郎」


 瞬時にウリエルの身体がその場から消える。紫色の刃にべっとりと付着した血痕は―――いや、見当たらない。


「……ただの人が、肉体を内側から溶かされて生きていられるはずがない」


 すかさず俺達から距離をとったウリエルが、濁金の髪色の男を睨んだ。


「お生憎、ただの人じゃあないんだわなぁ」


 へへへ。してやったりに挑発気な笑みを深めるカルラが紫色の魔剣を肩に担ぐ。


「………なるほど。不死の権能。生命神イグニスの再生能力か」


「さて。それはどうだかな?」


 ふてぶてしくハッタリをかますカルラの胸の傷は、グチュグチュと気色悪い音を立て今尚再生している最中である。


「殺せぬにしろ、殺さずに無力化する方法はそれこそいくらでもある」


「ん〜、それはちとご遠慮願いたいものだねぇ」


 乾いた笑いを浮かべるカルラだが、その表情は余裕に満ちている。

 その理由は恐らく―――。


「私の身体に、何をした?」


 自らの胸に触れ、傷跡を確かめる。

 けれど。剣で刺された跡などどこにもない。


「私はたしかに、お前に剣で胸を突き刺されたはずだ」


 なのに何故なにも異常がないと、ウリエルの思考が異常を訴える。

 そう、異常がないこと自体が異常なのだ。


「さてさてさて。俺はいったい何を斬ったんだろうなぁ?」


 問いに返ってきたのは、底なしに悪い笑みだった。


「大丈夫。そのうちわかるようになるさ、きっと」


 ニヤニヤと誤魔化すカルラが、魔剣を携え、ほくそ笑む。

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