第16話 旅の始まり
俺達はカルラが調達してきた2頭の馬を見つめていた。
「――なぁカルラ。他に馬は調達できなかったのか?」
「悪いなぁレンレン。俺も頑張ったんだけどさ……」
カルラは大げさに肩を落とし、悲しそうな表情を作った。
「まぁ、頼んだのは俺達だし。2頭いるだけでだいぶマシだけどな」
話し合いが終わった後、俺達はすぐに出発しようとした。なにせ猶予は一カ月しかないのだ。旅立ちは早いに越したことはない。
しかし。そこで俺達は1つ目の難題に突き当たる。
足がなかったのだ。リントブルムとの距離は遠い。人の足ではそれこそ1ヶ月近くかかってしまうだろう。
だからこそ、俺達にとってどうしても馬が必要だった。だが馬というのは貴重で金がかかる。
俺とフィーナは金がない。リヴィアに至っては金を必要としない。アリシアも半分家出のような事をしているため、家の金を使えない。ここで俺達は頭を抱えた。
だが、しかし。俺達にはカルラがいた。見た目はあれだが、これでもカルラは勇者の1人である。勇者というのは、余程のことがなければ(最弱の勇者と呼ばれ、仕事が回ってこない。とか)モンスター退治を最優先に任され、がっぽりと稼げるのだ。
「分かったレンレン! ちょいと待ってな?」
自信あり気にサムズアップするカルラを見て、俺は何故だか悪い予感がしてならなかった。
そして、今に至る。
「・・・・・・仕方ない。リヴィアには神器化してもらって、1頭に2人ずつ――」
「――そんじゃあアリシアちゃんとレンレン、フィーナちゃんと俺で!」
カルラは先程の悲しい表情がどこへ行ったのやら、今は元気いっぱいの様子だ。
そこで俺は察した。カルラは馬を2頭しか調達できなかったのではなく、わざと2頭しか調達しなかったのだと。
――あぁ。こいつ、これが目的か。
「ささ、フィーナちゃん。俺と一緒に、人生のスタートを共にしてはくれないだろうか?」
「あ、えっと。その……」
「フィーナは俺とだ。お前はアリシアと乗れ」
そこですかさずフォローを入れると、カルラが駄々をこね始めた。
「え〜、なんでだよー」
「何でも何もねぇよ! フィーナが困ってんだろ?」
「え〜」
「ならお前とはここでお別れだ」
「んなこと言っちゃっていいのかな〜? 馬はどうするんだい?」
「最悪借金してでも借りるさ」
できればそんなことはしたくないが、フィーナとカルラをくっつけるよりはマシだ。しかし、俺の知るカルラならば。
「アリシアとフィーナはここで待っててくれ」
リヴィアと一緒に馬を借りに行こうと歩きだしたとき、後ろで大きなため息が聞こえた。
「わかったわかったわかりましたよ〜」
振り返ると、そこには肩を落として両手を上げて降服を示すカルラの姿があった。
「そうか、分かってくれたなら何よりだ」
そう言ってカルラの肩を軽く叩いてやった。
「つーわけでアリシア、カルラと一緒の馬でもいいか?」
「・・・・・・」
だが、アリシアはどこか遠くを見ていて、心ここにあらずと言った様子だった。
「アリシア?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ!」
良く見るとアリシアの顔がいつもより青白かった。アリシアの肌は雪のように白い。
「お前顔青いぞ? 大丈夫か?」
「え!? 全然大丈夫だけど!?」
アリシアは笑顔でそう言うが、これを痩せ我慢だと気づけない者はこの場にいない。
「カルラと乗るのが嫌だったならはっきり言ってくれて構わないからな?」
「別にカルラくんと乗るのがそこまで嫌なわけじゃないんだけど……」
「嫌なのかよ。そこまで嫌なのかよ……!!」
先程よりもがっくりと肩を落とすカルラ。それを見てアリシアは苦笑いを浮かべていて――。
そこで俺はアリシアの手がお腹付近に押し当てられていることに気づいた。
「お前、まさか昨日の傷が……」
まさかと思った俺は、そのまま有無を言わせずアリシアの服の上着をめくり、彼女のお腹を曝けだした。
白く綺麗なお腹だ。傷などどこにもなく、ただただ美しいお腹だった。いや、なに。下心があったわけではないが、見惚れるほど美しいくびれに、俺は思わず息を呑んだ時。
「え!? ちょっとヴィレンく――」
きゅるるるる〜と、可愛いらしい音が俺の眼前から鳴り響いた。
「あうぅ」
アリシアはお腹を抑え、赤面しながらその場にうずくまる。そして、なんとも言えないような空気がその場に蔓延した。
さて、どうしたものか。こんな時なんと声をかけていいのか分からない。カルラならこの場をなんなく乗り越えることができると思うが、彼はニヤニヤと俺の行動を見守るばかりでアドバイスは貰えそうになかった。
「えっと……、悪かったな」
俺は覚悟を決めて謝罪を口にした。すると、しゃがんだままのアリシアは首を横に振り、ゆっくりと立ち上がった。
「んーん、大丈夫だよ。実は・・・・・・昨日のお昼から何も飲んでなくて……」
昨日のお昼・・・・・・あぁ、なるほど。そう言えば昨日、アリシアが俺の血しか飲めない身体になったと言っていたのを思い出した。
「あー、すっかり忘れてた」
俺は昨日の昼からアリシアに一滴も血をあげていない。それはお腹も空くというものだった。
馬に荷物をつけている時、俺はあることを思い出す。
「そうだフィーナ。しばらくここには帰ってこないから、今のうちにあいつらに一言挨拶してきたらどうだ?」
あいつら、というのはフィーナのパーティー3人組のことだ。
本当のことを言えば、あまりフィーナに関わらせたくない連中だが、俺達がいない間に家を壊されたりしては一大事である。
「あ、そう言えばそうですね。パーティーから外れますって、挨拶しないとでした」
「いや、その必要はないぜフィーナちゃん」
「どうしてですか、カルラさん」
「昨日の夜、偶然あいつらに会ったんだけどさ。これから3人で冒険にでかけることになったんですけど、時間がないんでフィーナちゃんに宜しく伝えて下さい〜って言われたんよ」
「ほう。そうなの、か」
――いや、ちょっと待てよ・・・・・・今日は確か、フィーナとハントに出かける筈だったんじゃ……。
「それで今朝は家に来なかったんですね……」
朝から準備をして待っていたにも関わらず、待っていた奴らはフィーナに黙って冒険に出かけるとは、俺なら怒る。いや、斬る。
だが、フィーナは――。
「良かった。何か変な事件に巻き込まれていないか、心配だったんです」
フィーナは怒るどころか、3人の安否を第一に考えていた。
「・・・・・・」
これはフィーナの美点だ。自分のことより他人を想う、優しい心。母さんに似て、とてもいい子に育ってくれた。
しかし、優しすぎる心は時としてフィーナ自身を傷つける。いつか、何か大きなことに巻き込まれそうで、それが兄として心配でならなかった。
――よし。とりあえず帰ってきたら、あいつらは半殺しの刑だ。
フィーナが怒らないのであれば、俺が怒る。俺は心の中で決意を固めた。
「レン、他に用事がないのであれば早く出発しよう。急がなければ日が暮れてしまうぞ」
馬の尻尾を珍しそうにツンツンしていたリヴィアが素っ気なく言った。
その通りだ。俺達にはあまり時間がないのだ。
「そうだな」
リヴィアが俺の腰の鞘に神器化して収まった。俺は先に馬にまたがり、同じ馬に乗るフィーナに手を差し出す。カルラも同じようにしてアリシアを後ろに乗せた。
「そんじゃ出発すっか」
「「おぉー!!」」
一行は赤の王国へと向け出発したのであった。
カルラの後ろで横向きに座るアリシアの手には水筒が握られており、彼女はとても美味しそうに"それ"を飲んでいる。
中身と"それ"を手に入れた工程は企業秘密だ。
アリシアは"それ"を飲みながら考えていた。
今朝のことである。アリシアは家出がバレないように、足音を殺し廊下を歩いていた時。ふとお父様達の会話が聞こえてきた。
「――まさか、昨日の夜に3人も殺されるとはな……」
「白の王国の手下でしょうか?」
「いや、それはありえんだろう。手下がいるのであれば、わざわざ昨日の昼間に娘を襲撃する必要はあるまい」
「仰る通りでございます旦那様」
「まぁ、中位の連中のことなどどうでも良い。それより、今後娘に何かあってからでは遅いのだ」
「――では、お嬢様の護衛を10人程増やしましょうか」
――げげっ!
護衛が10人もいれば、アリシアの行動は極端に制限される。それどころか、屋敷から一歩も出させて貰えなくなるかもしれない。
その前にどうしてもアリシアは、彼に合わなくてはならなかった。
「――いや、20人増やせ」
――げげげっ!?!
アリシアは、頭から血の気が引いていくのを感じた。
アリシアは知らなかった。まさか今朝無残な死体で発見されたミノタウロス達3人が、冒険に出発した筈のフィーナのパーティーメンバーだったとは。
「まさか、ね」
アリシアは水筒に口をつけ、赤黒い液体を少しだけ口に含んだ。