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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第168話 癒魔の天使

 ああやばいなぁこれと思う。

 同時にやばいなぁマジともう一度思う。

 ついでにやばいなぁマジこれどうするよ?とあと2回くらい付け足しておく。


 最上階へと到着した俺達を待っていたのは、二翼の天使だった。

 門の先に広がっていたのは、カマエルと戦った空間と同じくらい面積のある部屋。

 天井は吹き抜けとなっており、地上千メートル以上で冷やされた冷風が肌を撫でる。

 そんな部屋の中央に奴らはいた。

 最終決戦に相応しい。言葉通り俺達の期待を裏切らない、それどころか俺達の想像の一歩上をいく絶対的な存在感と威圧感。

 気迫のみで尻込みしそうなほど。その場にいるだけで歯の根が震えそうなほど、色濃い殺気が充満している。

 二翼の片割れ、黄色の天使がこちらを睨みつける。


「"よくぞここまで"と称賛すべきか。"よくもここまで"と糾弾すべきか。まさかここまで登ってくるとは予想すらしていなかった」


 地を行く蟻を見下すが如く冷たい眼差しで、会話など不要とばかりに天使は殺気を投げてくる。

 

「んー、交渉の余地はなさそうだなぁレンレン。どうする?帰る?謝れば許してもらえるかな?」


 などと、のたまうカルラに俺は一瞥(いちべつ)。本心は帰る気などさらさらないくせにと、言いかけて。


「レン、お前、光ってないか?」


 リヴィアが言った。


「は? こんなときに何言って……」


 と自分の身体を見下ろした。光っていた。

 細かく言えば、俺でなく俺の胸に下げてあるペンダントが、蒼淡い光を放っていた。

 何か嫌な予感がした。

 直後、ボンッと、胸が生えた。

「ん?」とリヴィアが。

「わお。でか」とカルラが。

そして「は?」と言葉を失う。

 出現した胸の重量によりペンダントの紐が首に喰い込み、俺は咄嗟に両手で胸を支えた。むにゅっと指が沈む感覚。「あん」と胸が喘いだ。


「んんんんっ!?」


 停滞する時間。心地よい感触……それもつかの間の幸せ。「――ッ」ぞわぞわぞわっと背中にものすごい殺気が走り、俺は無言で首のペンダントを引きちぎり投げた。

 胸が転がる。転がる度に「ンッ! ちょっ、乱暴に、あッ!」と胸が鳴く。

 それは正しく怪奇現象と呼ぶに相応しい光景だった。2度、3度床を転がると、今度は胸から身体が生えた。言い方にかなり語弊がある。まるで胸が本体のように聞こえなくもない説明だが、確かに胸から身体が生えたのだ。

 次に鎖骨が。続いて肩、首と。下半身も同じように、腹からくびれた腰、お尻から2本の太腿。

 俺達の目の前で、見る見る内に胸が人の形を生成していった。

 それは人だったのだ。つけ加えると女だ。

 地面にへたり込み「あいたたた」と海色の髪の女が頭を抑えていた。

 俺達は彼女に見覚えがある。と言うか、ついさっきまで一緒にいた。

 青の王《賢者》ラフリス・エルファーノその人である。


 そう言えば、あのペンダントをくれたのもラフリスだった。

 青の王国を旅立つ際、ラフリスは俺にペンダントを渡した。そのことを俺は完全に忘れていた。まさかペンダントにこんな効果があったとは……。


 ラフリスは両手で自らの胸を抱き、俺達を無言で見つめる。


「怒らないので正直に答えてください。私のおっぱいを鷲掴みにした人は誰ですか?」


「コイツだ」「この人です」


 秒速で裏切られた。


「いや、今のは条件反射で……」


「確信犯だったぞ裁判長」「目をギラつかせてやがりました裁判長」


「はい極刑です♪」


 容赦のない追い打ちに泣きそうになる。


「いや、だから今のは……!?」


「ヴィレンさんサイテーです。そんな人だとは思いませんでした……」ラフリスの視線が辛い。


「サイテーだぜレンレン。言い訳するなんて男じゃねぇ男ならありがとうございましたの一言ぐらい言えなきゃダメだろこの野郎ふざけんな羨ましい奴めっ!!」カルラの存在自体が辛い。


「………バカたれ」リヴィアの一言が一番辛い。


 もはや味方は誰一人としていなかった。

 天使の方を垣間見る。

「「………」」

 冷たい視線が刺さる。

 俺に弁明の余地はなく、また人権もなかった。

 膝から崩れ落ちた。


「す、すみませんでした……」


 これが冤罪を被った者の気持ちだろうか。いや揉んだのだから現行犯の気持ちか……などと放心状態となる。


「……とまぁ冗談はこのくらいにしておき、ヴィレンさんがペンダントを肌見放さずつけていてくださって助かりました」


 満足気に立ち上がり、ラフリスは膝についた誇りをパンパンとはらう。


「まさか一人で行っちゃうとは流石に予想外で」


 それから、ラフリスの碧色の瞳が2人の天使を捉えた。


「残る天使はあなた方お2人のみ。降伏する気はありませんか?」


天使(われら)も侮られたものですね。4人の天使を退けたことには驚きを隠せませんが、しかし私達が1人でも残っているならば問題はありません」


「そう、人数など関係ない。時がくれば天使1人で十分世界は滅ぼせる」


「そうですか。ならば交渉の余地はないと」


「無論。交渉の余地などありません。天秤は既に傾いている。正義はこちらにあるのだから」


「初めから傾いている天秤に正義などありましょうか? そもそも公平を計れぬ私情を挟んだ天秤に、天秤としての価値などありましょうか?」


 紅色の天使の頬がピクリと動く。

 刹那、剣呑な雰囲気が漂う。


「何が言いたいのですか?」


「あなたは間違っている、と言ったのですよ」


「私は間違えてなどいません。間違っているのは君のほうだ。まずは姿を晒しなさい〝ラファエル〟」


 紅色の天使の言葉を裏付けるように、黄色の天使が左手をかざした。


「照らせ。真実を《嘘破ノ御光(トゥルース・レイ)》」


 黄色の天使がかざした左手が白光を帯び、言の葉と同時に白い光が一段と輝きを増す。

 異変はすぐ目の前で起きた。

 ラフリスの姿がボヤけ始めた。

 泥が溶けるように皮膚が変形する、とまではいかないものの、ペリリッとラフリスを形作っていたものが剥がれ始める。色彩もそうだ。海色の髪が蒼緑の髪へと変わり、碧眼の瞳が蒼純の瞳に変色する。

 俺が感じるに一番の変化点は彼女の『存在感』である。

 肌を焦がす濃密な魔力はまるで、天使のソレだった。


「ラフリス、なのか?」


 問いかける。


「騙していてごめんなさいね」


 ラフリスは―――蒼緑の髪の女が視線を俺へと向け苦笑を浮かべる。

 彼女は否定しなかった。


「ラファエル。下界へ降りて考えは変わったか?」 


 今度は黄の天使がラフリスに、いやラファエルに問いかけた。


「下界という呼び方はあまり好きではありませんウリエル。それに以前私の考えも変わりません。むしろ彼らに接し、深まるばかり。残った翼はここにいる3翼のみ。ウリエル、ミカエル。あなた達の方こそ、考えは変わりませんか?」


「唯一神様の命令は絶対だ。あの方は我らに争いを止めてほしいと願われた。しかし戦を止めるだけでは不十分。奴らはまた同じ過ちを繰り返す。だからこそ我ら七天は人間を滅ぼし、争いの種を摘むのだラファエル」


「違います。あの方が私たちに願ったのは争いを止めてほしいとだけ。貴方達の解釈は行き過ぎている間違っている!!」


 ミカエルとウリエルと対面し、ラファエルは一歩も引くことはない。

 背後に佇む俺達を差し、臆すことなく言葉を続けた。


「彼らが自らの欲のために戦っているとお思いですか? 彼らは大切な人達のために、命を賭してまでここにいる。どうしてわからない……解ろうとしないのですか、ミカエルっ!!」


「たしかに彼らのように純粋な心を持つ人間もいます。そこは認めましょう」


 紅の天使ミカエルは俺達に視線を向け、そして再びラファエルに応えた。


「しかしそれは極々少数。この地に蔓延(はびこ)る雑多の中の一掬(ひとすく)いでしかないと、君の方こそ何故受け入れようとしないラファエル」


 ラファエルは苦笑と同時に一つため息を漏らした。


「すみません。どうやら話し合いは失敗したようです」


「謝られる覚えはねぇんだがな」


 突然出てきて、突然変身して、突然口論を始めた。

 頼んだ覚えも謝られる覚えもない。


「一つ、聞いてもいいか?」


「どうぞ」


「どうしてアンタは、俺達の味方をする?」


 純粋な疑問だった。それでもって、この場で問わねばならぬ質問だった。

 彼女が俺達人類側に立っているということは、先程のやり取りを見ればわかる。

 だからこそ、彼女が人類の味方をする理由が欲しかった。


「簡単なことです。私はあなた達人間が好きだから。だから私は人間の味方をするのです」


 ラファエルは微笑んだ。


「いえ、好きとはちょっと違いますね」


 顎に手を当て考える。


「私はねヴィレンさん。あなた方人間が羨ましいんです」


「羨ましい?」


「はい。私は『完成された不完全』こそがあなた達人間の本質だと思っています」


 ラファエルは背中から翼を生やした。彼女の髪色に似た、蒼みががった白い翼だ。

 途端、彼女の魔力も膨れ上がる。けれどそれは俺達を威圧するものでなく、包み込むような暖かさを宿していた。


「私達は生まれながらにして完全です。老いることもなければ死ぬこともない。始めから完璧に作られているのです」


 完全な存在。完璧な生物。それが天使だ。


「ですがそれは裏を返せば成長することができないということ。

 どれだけ努力したところで、完全である我々はそれ以上強くなることができない。それ以上先へ進めない。

 完全とは一種の呪いです。完璧とは一種の終わりです。完全とは即ち定められた限界なのです」


 つまり完全が故に、完全を超えることはできない。「だからこそ」とラファエルは唱える。


「私はあなた達人間が羨ましい。生まれながらに不完全だからこそ、無限の選択肢を選べる。生まれながらに持たざるからこそ、好きなモノを持つことができる」


 それは完全として生まれ落ちた者には経験できぬ代物。不完全として生まれた者にのみ許された苦難と成長。

 ある天使は人の『感情』に魅せられた。

 ある天使は人と神の『共存』に憧れた。

 またある天使は人の『強さ』を認め、そのまたある天使は人の『足掻き』に屈した。

 そして天使(かのじょ)は人の『成長』に嫉妬したのである。


「不完全であるからこそ美しい。完全を超えられるあなた達が羨ましい」


 ラファエルの瞳に嘘はなかった。それが彼女の本音だった。


「そうですか。ラファエル、君には何を言っても無駄のようだ。仕方ありませんね。言葉で分かり合えないのならば、力づくで分からせるまで」


 ミカエルの背に紅の翼が現れる。


「ラファエルは私が相手をしよう。ウリエル、君はあの人間達を」


 ミカエルに続いてウリエルにも黄色の翼が背に生えた。


「共に戦ってはもらえませんか?」


 ラファエルの手が俺に差し出される。

 俺は迷わず彼女の手を取った。


「ああ、もちろんだとも!」


「ありがとう」


 ラファエルは嬉しそうに笑った。


「ここで終わらせます。人の歴史にピリオドを打つときです!」


「終わらせません。ピリオドを打たれるのは私達天使です!」


 最後の戦いがここに今、幕を開ける。

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