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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第166話 決心の行方

 好きな女の胸で泣いて泣いて泣き喚いた。

 なんてみっともないことだろう。これ以上の羞恥はない。けれどそれ以上の幸せもなかった。

 泣いて泣いて泣き止んで、俺は決心をつけた。


「決めたよリヴィア。俺と一緒に死んでくれ――」




 来た道を戻る。

 1歩歩みを進めるごとに、折れた枝がパキッと悲鳴を上げる。

 日は落ち辺りは暗い。月明かりがあるとはいえ、足元には倒壊した幹やら枝やらが散乱しており危険なので、仕方なくリヴィアの手を握った。そう、仕方なくだ。

 リヴィアと手を繋ぐのは、何やら久々な気がして、少し気恥ずかしい。

 先ほどのこともあり、不用意に意識してしまう。

 当のリヴィアは満足しているようだが。



 黒木林の森を抜け、魔人区画のストリートを行く。

 快適とは言えぬにしろ、整備されていた道も、今やでこぼこと凹凸が激しい。

 もちろん被害は道路だけではない。

 右を見ても左を見ても、あるのは家々の残骸。

 夜だというのに、灯りがついている家は極めて少なく、街はどこもかしこも静まりかえっていた。


 ストリートを少し歩くと、白い壁の我が家が視界に入る。

 他の家々と比べれば被害は小さいものの、やはり半壊は免れなかった。倒壊しなかっただけで良しとする他あるまい。

 しかし思い出が詰まった我が家だ。少々胸が痛む。復興の目処はしばらく立たないだろうし。


 家につくと、俺達は土足のまま廊下を渡った。普段ならば玄関で靴を脱ぐ風習がある我が家だが、廊下に散乱する硝子片が危ないので今は土足なのだ。

 俺は真っ直ぐダイニングへと向かった。

 扉に手をかけ、一瞬開けるのを躊躇う。


「………!」


 小さく深呼吸し、俺は一息にダイニングの扉を開けた。

 予想通りダイニングのテーブルに3人とも集まっていた。


「「「………」」」


 どこか余所余所(よそよそ)しい、気まずい雰囲気。

 何と言葉を投げていいのかわからないといった様子で、3人は俺と目を合わせたがらない。

 そのまま沈黙が過ぎて行こうとして、三人の中の一人、銀髪の女の子―――つまりフィーナが三人を代表して口を開いた。


「兄さ、ん……」


 たった一言。その一言に積まっていた。

 心配と不安。動揺と配慮。

 俺のことを少なからず(おもんばか)ってくれていたのだろう。

 正直なところ、アリシアの件についてはまだ立ち直れていない。吹っ切れてなどいない。

 油断すれば涙腺が緩んでしまうくらいには。

 でも、立ち止まってはいられない。

 進むにせよ逃げるにせよ、停滞は許されない。そんな余分な時間は残されてはいないのだから。

 もう一度深呼吸して、俺はできるだけ頬を上げながら、


「悪ぃ、心配かけたな」


 表情を取り付くろうことに成功した。

 フィーナの瞳が落ちる。

 ウィーが苦笑していた。

 大丈夫。しっかり笑えているはずだ。

 辛いときこそ笑えと。己を騙せと。師匠の……親父(ザイン)からの教えだ。

 三人の中の一人。テーブルに突っ伏したままのカルラの首が、ゆっくりとこちらを見上げる。

 そして、ニタリと笑った。

 

「リヴィアちゃんの胸の中で泣いて満足したか? 羨ましいやつめ」


「―――は?」


 思考が固まった。

 待て。待て待てまて?

 脳が再起動する前に、今度はウィーが苦笑交じりに呟いた。


「あのまま2人で駆け落ちしないかウチは気が気じゃなかったっすよぉまったく」


「え、いや、は?」


 思考を停止(フリーズ)させたまま固まる俺に、追い打ちをかけるように、


「ウィーさん、カルラさん! その件は兄さん達には内緒にしようって打ち合わせていたじゃないですか!?」


 慌てるフィーナ。ニヤつくカルラ。ホッとするウィー。

 騒ぎ始める三人の前、俺は左手で目元を覆った。

 ああ、これはマズイ。かなりマズイ。


「……レン、どうした?」


 俺の様子に気づいたリヴィアが心配して声をかけてくれた。

 限界だった。


「ぷっ」と、俺は吹き出した。


「ハハハハハ、ハハハハっ」


 腹の底から笑いが込み上げてくる。

 ダメだ止まらない。可笑しくて仕方ない。嬉しくて仕方ない。

 今まで悩んでいたことが馬鹿バカしく思えてしまうくらいに。

 だからそう、これはきっと嬉し泣きという奴だ。そうに違いない。


「ハハハハハっ、アハハハハ」


 後悔はもうしたくない。

 俺はコイツらを守りたい。

 決心が、固まった―――。





 人類滅亡まで残り2日。

 残る翼は3枚。

 ダンジョン付近に設置したキャンプ地に集った俺達は、今後の方針を細部まで固めた。

 結構は明日の昼。太陽が真上を通過した後に。

 前回と同じく、ダンジョンに入るメンバーは少数精鋭とした。有象無象の集団を組み込んだところで、逆に戦いの邪魔となる。

 参加メンバーは決定した。

 白の王国から《幻想の勇者(ブレイブ)》エスティア・テイルホワイト。《領域の勇者》エメ・ラドクリス。

 緑の王国から《束縛の勇者》ウィー・リルヘルス。

 青の王国から《賢者》ラフリス・エルファーノ。

 赤の王国から《陽炎の勇者》フウガ・ドラグレク《豪傑の勇者》ライガ・ドラグレク。

 そして黒の王国から《不死の勇者》カルラ・カーターと《永久の勇者》である俺が。

 他にも白の王国からS級冒険者が数名列に並んだ。


 明日の予定を細部まで詰め終わり、それぞれが解散し始める中、俺はエメに声をかけた。


「エメ、ちょっといいか? 話たいことがある」


「ん、ちょっとだけなら」


 長い戦いに終わりの杭を穿つべく。今まで死した者達の想いをその先へと繋ぐべく。

 俺達は明日、天使討伐作戦を決行する。

 天使との最後の戦いが、幕を開ける。

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