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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第164話 明けぬ夜はないのだと

 神器の開放。人の手に余る神の強大な力を開放する、勇者(ブレイブ)の最終奥義。

 蒼光りする純黒の槍斧が鈍い輝きを放つ。


「あー、むかつく。ほんとに。なんで僕の邪魔するかなぁ」


 ガブリエルの周囲に発生する水の玉。1つ2つ、3つ4つと。浮遊する水球が増えていく。


「死ねばいんだ。みんなみんな、僕の邪魔する奴は死ねばいんだッ!!」


 ガブリエルの怒声に呼応し、水弾が弾かれるようにバロルとアリシアへ発射された。



「―――加重力四千倍(ハルスウェスプ)


「――――――っ!?」


 バロルが重力の力場を展開した。飛翔する水弾全弾が地面にメリ込み、続いてガブリエルが地に膝をつく。

 あまりにも強大すぎる加重に地盤が凹んでいく。陥没し始める。


「こんなものか? 大地神の力は?」


 だがガブリエルは立ち上がった。


加重力一万倍(アルティメディア)


 バロルが更に加重を増すが、ガブリエルは平気な顔で笑って見せる。


「こんなものじゃ僕は殺せない。僕を止められない!!」


 ガブリエルは左足を踏み込み右手を振った。水の弾丸がバロルの頬を切った。

 次は当てる、と。

 痩せ我慢などではない。いくら加重を増加させたところで、ガブリエルの動きを止めることで精一杯だ。

 フィーナは魔力が枯渇し、アリシアは死にかけている。

 バロル1人で何ができようか。

 他の天使が相手ならば、重力で押し潰すことができたかもしれないが、ガブリエルは別だ。ガブリエルの身体だけは他と造りが違う。

 残念ながら形のないガブリエルとバロルでは相性最悪だ。

 バロルに勝ち目はない、はずだった。


「惑星は基本、全て重力を帯びている」


「は?」


「この星も然り。かかる重力の大きさは惑星のサイズに比例する」


「いやだから何?」


「重力と重力が重なり合ったとき、惑星と惑星は互いに引かれ合う。しかしそこに第三の惑星が近づいたとき更に加重が加わる。その繰り返しが起こるとどうなるか、貴様は知っているか?」


「いや別に知らなくていいんだけど。てか聞いてないんだけど」


「加重がひしめき互いを飲もうとするその中心。つまり加重と加重が重なり合う中心の加重がどれくらいか、知っているか?」


「だから、そんなことは……!!」


「そしてその結果、何が生まれるか(・・・・・)知っているか?」


 そんなことはどうでもいい!! とキレかけたガブリエルが固まった。


「全てを飲み込む黒い獣が生まれるのだ」


 バロルが何を言おうとしているのか。何を生み出そうとしているのか。

 今の説明から成される答えを、ガブリエルは知っていた。


「ま、さか……」


 脳を支配する最悪の想像。

 身体を震え上がらせる絶望の象徴。

 その傍らで、また一際加重が増す。

 ガブリエルの額に玉の汗が浮かんでいく。


「ソレは計らずも大地神ガイアが産み出してしまった厄災だ。ただ飢えを満たすがために全てを喰らう理性の欠落した獣である」


「待て、待てまてまてまてまてッ!!?」


 さらに加重は積み重なる。

 加重と加重とが重なり織り成されたとき何が起こるのか。何が現れるのか。


「冥土の土産に見せてやろうガブリエル。かつて神さえも喰らった黒き獣をな」


「やめろ、やめろ魔王ッ!!」


 ガブリエルが叫ぶ。しかし、


「―――もう遅い」


 バロルの指差す先。ガブリエルの背後で『ピシッ』と空間がひび割れた。

 積み重なる加重に空間自体が限界を迎えたのだ。




「『―――クゥン?」』




 空間の狭間から、世界の理の一旦が姿を現した。


「「―――――ッ!!!?」」


 バロルが苦笑し、ガブリエルは戦慄した。

 フィーナとアリシアは見た。

 空間の裂け目から現れる黒い子犬を。

 ソレが何か、知識のないアリシアとフィーナにはわからない。

 だが、本能が叫んでいる。

 ソレは別物だと。

 その異質さに怖気がはしる。

 その規格外さに鳥肌が止まらない。

 まるで世界の闇を圧縮し凝縮させ形を成したかのような超常。

 にも関わらず何も感じられない。

 呼吸を忘れ、自身の存在を忘れ、ただ魅入る。

 見ているだけで飲まれそうなほど濃厚な深淵を。

 世界で最も深い深黒を。


 神でさえ手出しすることができなかった世界の理の一旦。ガブリエルの主、唯一神でさえ飼い慣らすことのできなかった厄災。


 ソレは神獣クロと呼ばれている。


 別名を『神喰らい(ゴッド・イーター)』。


 神さえ屠る、世界の法則だ。


『「――――クゥン!』」


 不思議そうな鳴き声。傾けた神獣の首が、ぐるりと渦を巻き。

 直後、空間が軋んだ。いや空間に穴が発生した。

 直径1メートル程度の穴だった。

 それだけで、十分だった。

 途方もない引力が、黒穴から発せられた。

 バキバキバキッ、ミチミチミチッ、と。

 穴に街が吸い込まれていく。

 瓦礫も土も水も死骸も何もかもが、空間の狭間に―――ブラック・ホールに吸い込まれていく。



「――――くそ、馬鹿がッ!!」


 ガブリエルが怒声を上げ、両手を黒穴に向けた。瞬時に掌に生成される10本の水槍。ガブリエルはその全てを黒穴に発射した。そして10本の槍が黒穴に飲まれて消滅した。


「――――っ!?」


 ガブリエルの脳裏に主の言葉が蘇る。

 黒穴には絶対に手を出すなと。アレには絶対に勝てないと。もし万が一にも遭遇した場合、全力で逃げるように。絶対に戦おうなどとは考えないことだ―――。


「………」


 背中に翼が出現するや否や、ガブリエルは黒穴から距離を開ける。

 本能のままに。唯一神様のお言葉の通りに。

 だが。一目散に走り出すガブリエルの退路を塞ぐように、バロルが立ち塞がった。


「そんなに急いでどこへいくというのだ?」


「うるさい。邪魔だ。そこをどけ」


「フハハハハッ。さっきまでの威勢はどこへいった。もしやそれほどの急用ができたのか。ああ、ならば仕方がというものか。特別に我が手を貸してやろう」


 バロルはガブリエルにかけていた重力の枷を解き放った。


「……!?」


「喜べ。加重を解除してやった。これで少しは軽くなったろう?」


「何のつもりだ?」


「良心だ。その幼き四肢では飛びづらそうだと思ってな」


 何か裏があるのではないか。ガブリエルがバロルを牽制したのだがしかし。

 無論、何の裏も無しにバロルがガブリエルを逃すはずなどないのである。


 ガブリエルの身体がふわりと宙に浮いた。


「は………ぁ!?」


「サービスだ。貴様本来の重力も消しておいた。なに、礼はいらぬ。代わりに命をおいて逝け」


 バロルは意地悪く口の端を引き伸ばす。

 無重力とは大きなアドバンテージだ。重力という枷から外れた人は120%以上の実力を出せるだろう。翼ある鳥と同じように大空を舞い、ヒレある魚の如く大海を駆けられだろう。……が、今は別。その効果が完全に裏目に出る。


「あはは………ぶっ殺すッ♪」


 無様に地面に手をつき引力に逆らうガブリエル。その滑稽な様を見下ろしバロルは言った。


「我に構っていていいのか? 残念だが我を殺したところでアレは消えぬ。逆にアレの引力が増すだけだ。これだけの被害で収まっているのは、我がアレの引力に斥力を上掛けし相殺しているからに過ぎぬ」


 そして同時にウラドやアルキュラ、フィーナとアリシアに負担にならない程度の加重をかけ、引力から彼女達を守っているのもバロルだ。

 一瞬の逡巡の後、


「―――ッ! 覚えてろよ!? 後で絶対おまえは僕が殺すッ!!」


「フハハ、楽しみにしている」


 バロルから距離を取り、同時に黒穴との距離を保ちながら、ガブリエルは地面に左手を。右手を真上に掲げた。


「水よ、大いなる水の精霊よ。僕の元にこい!!」


 途端、ヴェルリムを覆う水の檻が剥がれた。

 莫大な量の水が、宙に掲げたガブリエルの右手に操られ、今度は黒穴の周囲を囲っていく。

 ともすれば、その水量はヴェルリムに湖を浮かべて余りある。初めからこの水量をぶつけていれば、今頃ヴェルリムは滅んでいただろう。

 ガブリエルは遊んでいた。


「とっておきだけど、出し惜しみしてるヒマはない。僕の本気を見せてやるよ!」


 ヴェルリム中の水が黒穴の周りを渦巻いている。

 もはやバロルの目には黒穴は映らない。


「―――精霊遊戯《水神回帰》」


 ガブリエルが開いた手のひらを閉じる。それが合図だった。大量の水がガブリエルに共鳴し、圧縮した。


「潰れちゃえよ!♪」


 水圧、という言葉を耳にしたことがあるだろうか。水の中に潜っていくにつれかかる圧力のことだ。

 では、深海に置ける水深の強さを知っているだろうか。

 一般人の中でも長けた者でさえ水深100メートルまで潜るのが限界だ。

 魔力を用いた者なら200メートル。ザイン・ドラグレクは水深1000メートルまで海パン一丁で潜ることができる。すごいのかバカなのか……うん、すごいバカなのだろう。

 しかしどんなに優れた者でさえ水深3000メートルが限界だ。それ以上潜れば水圧に押し潰されて死ぬ。

 太陽光の届かぬ深海の闇。1万1000メートルまで行くと、もはや生物が立ち入ることのできない深域である。

 そのことを踏まえ、ガブリエルの《水神回帰》は『水深2万メートルの水圧』に比例する。

 直径千メートル近くある水の塊を、一気に直径10メートルまで超圧力する絶力技。

 油断すれば神でさえ容易に潰殺できる水圧だ。

 ガブリエルの保有する最大の奥義にして最強の必殺技である。

 天使の中でもガブリエルの《水神回帰》を上回る威力の技はないだろう。

 できれば使いたくなかった、と言うのがガブリエルの本音だが。

 遊戯の天使と名乗っている以上、遊びに本気を出すなど言語道断。あくまで遊びなのだから。

 それに《水神回帰》はべらぼうに魔力を消耗するのだ。

 正真正銘最終手段。つまりこれで仕留め切れなければガブリエルに勝機はない=(イコール)誰も止められない。少なくとも天使達には。


「やったか……!?」


 立ち上がり、ガブリエルは水の渦を観察した。

 気持ちが緩みかけるが、魔力は絶対に緩めない。水神回帰を発動し続けた。

 1秒が長い。10秒が遠い。1分が永遠に感じる。

 ガブリエルが水神回帰を発動し、22秒後のことだった。


 水面の奥で渦巻く闇をガブリエルは垣間見た。


「………」


 ヴェルリムを覆うほど大量にあった水が、黒穴に飲まれて跡形もなく消滅した。

 ゴウッと風が吹く。否、風も呑まれているのだ。黒穴に。


「はは……食べすぎてお腹壊しちゃえよ」


 軽口など叩いている余裕はない。万策尽きた。魔力も僅か。もはやガブリエルにアレを止める術はなかった。


「あーあ。苛つくよ。心の底からね」


 重力のないガブリエルの身体が黒穴へと引きつけられる。引力に抵抗する気力も失せ、引き寄せられるがままに、ガブリエルは黒穴へと近づいていく。

 プライドを捨て、本気を出し、そして負けた。

 言い訳の余地すら残されていない。完璧な敗北だ。

 仕方ない、と。

 神でさえ敵わぬ相手に天使如きが抗える理屈はないのだ。そんなふうに一言で片付けられてしまえば如何に楽か。

 しかしそれこそガブリエルのプライドが許さない。

 ガブリエルは神話の時代を思い出す。エリニュスとの戦いを思い出す。神の戯れ。あの余裕ぶった表情が忘れられない。

 抗うことなどできぬ絶望。己の死を悟る恐怖。絶対なる強者への羨望。そしてあの表情に魅せられ憧れた。

 遠い遠い、いつかの記憶。

 遠く遠い、いつかの背中。

 ガブリエルは振り返る。幼い笑みを浮かべて、


「おまえも道連れだ、魔王バロル」


 ただでは終わらないと、ガブリエル最後の一撃が、バロルの肩を貫通し穿く。

 ガブリエルとバロルを繋ぐ水の鎖。

 それを確認し、満足気にガブリエルは黒穴へと飲まれ消えた。呆気ない最後だった。

 直後ビシッと音を鳴らせ、鎖が引きちぎれんばかりに張る。


「言われなくとも。初めからそのつもりだ」


 バロルは避けずあえてガブリエルの攻撃を受けた。

 何故なら、彼にはもう避ける意味などないからだ。

 鎖の力に抗わず、引力に引かれるままに1歩踏み出す。


「バロル様、早くこちらへ!!」


 瀕死のフィーナが叫んだ。

 だがバロルは歩みを止めない。


「アレに喰われれば魂さえ残らぬ。せめて其方らだけは陽の光の元に逝け。深淵に沈むのは我一人でいい」


「なにを……?」


「礼を言うぞ。フィーナ、アリシア。其方らがいなければガブリエルは倒せなかった。誰一人其方らの活躍を見ていなかったとしても、この魔王バロルが瞳に焼き付けた。誇れ。其方らは真の英雄(ブレイブ)だ」


 言い残して、バロルは黒穴の奥へと消えた。

 黒穴もバロルが呑まれると同時、空間に溶けるように消滅する。

 まるで天使と悪魔――神の器を喰らって満足したかのように。


「………」


 戦いは終わった。

 長い長い夜が終わった。

 戦いに終わりがあるように明けぬ夜もない。

 ヴェルリムに朝が訪れる。

 気づけば空が明るくなっていた。東の空から太陽が頭を出す。

 ――――直後。

 陽の光に照らされたアリシアの足が灰化した。


「…………」


 身の丈に合わぬ神の力を行使した代償だ。

 サラサラと灰となり風に飛んでいく自らの身体を、アリシアはただ呆然と眺めていた。

 寝転んだままの体勢。身体はもう動きそうにない。


―――ああわたし、死んじゃうんだ。

 

 死ぬことなんてどうとも思わなかった。別にわたしが死んだって誰も悲しまない。そう思って生きてきたけど。

 独りじゃなくなって。仲間ができて。好きな人ができて。

 わたしは………、


「死にたく、ないなぁ……っ」


 ヴィレンくんは怒るかな? 泣いてくれるかな? 泣いてくれたら嬉しいなぁ。

 ああでも、ヴィレンくんには笑ってて欲しいから。

 薬指にハメた赤い宝石のついた指輪を、アリシアは片方の手で包み、最後の力を振り絞って胸の中で抱きしめた。

 愛おしい彼のことを想って。

 涙が溢れた。


「ごめんね」約束を守れなくて。


「ごめんね」あなたを悲しませることになって。


「ごめんね」もう二度と会うことはないから。


 本当に、


「ごめんね……」


 アリシアの身体を、暖かな優しい光が照らす。


「死なせません! 絶対に!! 大丈夫です、今度はわたしがアリシアさんを助けます!!」


 フィーナの顔は青白い。

 魔力欠乏症になりかけている。

 けれどフィーナは魔法を行使する手を止めない。

 全てはアリシアを助けるために。


 アリシアはフィーナの手を握った。

 きっとフィーナの手は冷たいんだろうけど。今のアリシアには体温の感覚が死んでいてわからない。

 でも。彼女のアリシアを思う気持ちは温かい。それだけはちゃんと感じる。


「フィーナちゃんわたしね、フィーナちゃん達と出会えて良かったよ」


「………っ」


「わたしね。今までお友達とか、そういう仲のいい人がいなかったから、フィーナちゃん達と友達になれて良かった」


「………めてください」


「わたしね。旅をしたこともなかったからね、野営とか、野宿とか、初めてで……でもとっても楽しかったよ」


「やめてください」


「リントブルムの城壁はすごかったね。木の中で暮らしてるセレネラの人達は優しかったね。ミーティアの夜の景色は最高だったね」


「言わないで、やめて……!」


 思い返せばキリがない。

 1ヶ月という短い時間。それでもアリシアにとっては一生分の思い出。

 見るもの全てが初めてで。

 触れるもの全部が新鮮で。


「わたしね。小っちゃい頃からずっと、海を見ることが夢だったの。

 だから初めて海を見たとき、感動したの。

 冷たくて。しょっぱくて。どこまでも続く地平線。

 すごい綺麗だったなぁ。もう1回、ヴィレンくん達と見に行きたかった」


「なんで……なんで過去形なんですか。行きましょうもう一度。みんなで」


「そうだね」


 そう言ってアリシアは微笑んだ。

 こんな自分のために泣いてくれるフィーナの目元を指で拭った。


「ありがとう、フィーナちゃん」


 アリシアの身体は既に下半身が失われていた。

 神の代償とはすなわち、決定づけられた運命だ。逃れようのできない定めだ。

 人がどうこうできる次元の話ではないし、人がどうこうしていい次元の話じゃない。

 しかしそれでも、フィーナが治癒魔法を行使する手を止めることはなかった。


「私も、アリシアさんと出会えてよかった、です。とても、とても楽しかった………」


 白い頬を涙が伝う。美しい銀髪の縁から涙が溢れる。

 言いたくはないのだろう。

 口にしたくはないのだろう。

 口に出せば全てがこぼれ落ちてしまう。後戻りできなくなる確信がある。

 でも今しかない。

 言葉にできるのは、今だけなのだ。

 だからフィーナは歯を食いしばって想いを吐き出した。胸の内を曝け出した。


「意地悪してごめんなさい。優しくできなくてごめんなさい。強く当たってしまってごめんなさい……」


 そう、何度も何度も何度も何度も。

 フィーナはアリシアに嫌われるような言動を投げかけた。

 アリシアを嫌っていたんじゃない。

 それ以上にフィーナは。


「私、兄さんを取られたくなくて……」


 兄を慕っていた。

 ヴィレンを大切に思っていた。


「大丈夫だよ、フィーナ。全部わかってるから」


 アリシアは笑った。全てを包み込むように。


「フィーナちゃんはさ、カルラくんと幸せにならなきゃダメだよ?」


「はい………」


「ずっと見てるからね」


「はい……っ!」


 アリシアは天を仰いだ。

 灰化は胸まで侵食している。

 正直死ぬのは怖い。すごく怖い。今になって心の底から生きたいと思う。生を渇望している。

 それを今やっと気づいた。ようやく気づけた。

 死を恐れるくらい、わたしに未練ができたんだ。

 何もなかったわたしに。大切なモノが。手放すのが惜しいと感じるくらい大事なモノができたんだよ。

 ああ、わたしはこんなにも幸せだったんだなって。

 こんなにも満たされていたんだって。

 最後に気づいた。最後だから気づけた。

 気づけたことが嬉しかった。

 だからわたしは―――。


「わたしはとっても、幸せだったよ」


 アリシアの身体は灰となり、風に吹かれて飛ぶ。

 どこまでもどこまでも遠くへ。大空に舞い上がる。

 手元に唯一残った赤い宝石のついた指輪が、陽の光を浴びキラキラと輝いていた。



 そう、全部。君のおかげだよ。


 ありがとう。ありがとう。


 そして、さようなら―――。

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