表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
163/178

第162話 鬼の心

 アリシアを捨てた。そう、捨てたのだ。


 アリシアはアルキュラが初めて授かった娘だった。上には兄が2人いる、はずだった。

 長男はアルキュラがその手で殺した。2人目は才能に恵まれず、選別に回され帰ってこなかった。

 2人ともアルキュラが殺した。殺したのだ。

 それが掟だから。

 鬼の決まりだから。

 そうしなくてはならないから。

 だから。

 だから………。

 だから―――。

 心を殺し、アルキュラは2人の息子を殺した。


 だからアリシアが生まれた瞬間、アルキュラは絶望した。

 彼女にも才能がなかった。

 頭脳も体力も剣才も。血の操りからすらままならない。

 このままでは、アリシアも選別に回される。

 だから。アルキュラはアリシアを鍛えた。

 鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて鍛えた。

 自らが持つ知識を。戦術を。叩き込んだ。泣きながら嫌がる娘に対し強制的に。全ては娘のために。娘を選別に回さなくて済むために。

 ………いや違う。言い訳だ。全ては己自身のために。もうこれ以上、愛しい子ども達を殺さなくて済むように―――。

 だがそんな願いも叶わず、アリシアは10歳の誕生日を迎えた。

 どれだけ鍛え上げようと、彼女は凡才の域を越えられなかったのだ。


 その日、アルキュラはアリシアを捨てた。

 次男と同じように選別に回した。

 何故ならアリシアは非凡だったから。御三家に生まれた以上、その子どもは次代の吸血鬼種を先導する義務がある。責任がある。


 だから。だから。だから――――ッ。


「なにが、"だから"だ―――ッ!?」


 彼の心境はいかほどだったのだろう。

 残虐公などと呼ばれ恐れられた彼の心の内はどうだったのだろう。

 残虐公と呼ばれた彼にも人の心があったのに。

 他の親と変わらぬ子を思う感情があったのに。

 鉄仮面の下はボロボロで。鋼の心はグチャグチャになっていた。


 だが、アリシアは生きて帰ってきた。

 アルキュラの前にもう一度現れた。

 始祖の鬼血に適合したのだと。

 選別に受かったのだと。


「アリシ、ア………」


 動揺を隠せないアルキュラの前で、アリシアは震えていた。

 やせ細り、目元にクマを浮かべた娘は泣いていた。

 無事帰ってきた娘が一番最初に発した言葉を、アルキュラは生涯忘れないだろう。


「す、すみませんお父様。どうか生きて帰ってきたわたしをお許しください……」


 娘の教育を恐怖で支配してきた、アルキュラとアリシアの間に生まれた絶対的な溝だった。




「―――精霊遊戯《九善八悪》」


 縦横無尽にしなる水の鞭。それでもアルキュラは、身体に穴が開くことなど構わず疾駆した。


「ウ……グ、ヲォォォォォオオオオッ!!」

 

 止まれない。

 ――止まるな。

 殺せない。

 ――曝け出せ。

 込み上げる。

 ――怒りが。沸々と。煮え滾る。

 嗚呼そうだ。この感情は! この怒りだけは! 止めてはならない!!

 目の前で娘を殺され、黙っていられる親がいてなるものか!?

 娘の死を笑うこの悪魔を許してなるものか!?

 ―――否。許していいはずがない!!


「ガブリエルウウウッッ!!」


 怒号とともにアルキュラはガブリエルの胸を串刺しにした。


「………くっ、はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い呼吸。酸素を肺に取り込もうとヤッケになっているアルキュラは、胸に軽度の圧迫感を感じた。

 見ればアルキュラの胸にガブリエルの小さな掌が添えられていて。

 ガブリエルの口の端が、ニタリと持ち上がった。

 

「―――精霊遊戯《水掌圧迫》」


 水の衝撃がアルキュラを貫通する。


「ウッ……ンブッ――――」


 衝撃により内蔵の尽くが粉砕され破裂する。もはや立つことも叶わず、アルキュラは大量の吐血とともに膝から崩れ落ちた。


「あは。あはは♪」


 鼓膜に響く、耳障りな笑い声。


「ぬ、ぅ………!!」


 しかし、身体はもう言うことを効かない。立ち上がることすらできない。既にアルキュラの身体は限界を超えていた。半ば死を迎え入れていた。


「ここまで、か……」


 ここまでなのか――。


「そう、ここまでだよ。どんなに足掻いたところで、結局君の牙は僕には届かなかった。無駄死にご苦労様♪」


 ガブリエルの笑い声が遠退いていく。アルキュラの意識は落ちていく。

 結局娘の敵討ちはできなかった。自らの手では果たせなかった。

 なんとも。これ以上ない屈辱だ。

 だが、それでいい。これでいい。

 意識が深淵へと落ちる寸前、アルキュラの頬肉が緩む。


「後は任せたぞ。ウラ、ド………」


 それがアルキュラ・ツェペシュの最後だった。

 残虐公と呼ばれた男の死に様だった。


「フハハハハハハッ!!」


 高らかな笑い声が廃墟に響く。


「無意味なものか? よくやったアルキュラ。後は任せて先に逝け。貴様の想いは我等が継ごう!!」


 振り返ったガブリエルが、微かに目を見開いた。



「―――汝、器の主足る我が欲し求め願い給う」


 ガブリエルは気づかなかった。否、気づけなかった。

 ウラドの背後で、人知れず高まる魔力に。


神言霊(しんごん)……まさか!?」


 バロルに纏わり付く黒い魔力。負の闘気(オーラ)

 ガブリエルはハッとなり、満足気な死に顔を浮かべる足元の吸血鬼を睨みつけた。


「捨て駒……時間稼ぎだったのか!?」


 全てはこのために。次へと継ぐために。


「大地に宿りし地の力。星に巡りし重の理。引の斧、斥の槍。地に歌い星の声を聞け。万物に重さを定義せし我が主神よ!」


 バロルの詠唱が終わりへと足を踏み出す。それに比例し魔力も高まりを増した。


「させないよ!」


 両手を開放し、ガブリエルは膨大な魔力を開放する。


「精霊遊戯《水霊千遊子》!!」


 再び現れる千の幼い死神達。ウラドとバロルを取り囲み、悪魔の笑顔がひしめき合う。


「さぁ、今度こそ終わりにしよう! 遊びはここまでだっ!!」


 逃げ場などどこにもない。いや最初からなかった。

 フィーナが絶句する。ウラドが目を見開き、バロルは歯を噛み締めた。

 目の前にあるのは絶望だ。ただただひたすらに絶望だけ。

 心が折れない奴がどうかしている。志がブレない奴の方がおかしい。現にあの魔王(バロル)でさえ揺れている。

 誰もが諦めかけた。そう、ただ1人を除いて。

 この場に存在する彼女(・・)だけが、まだ抗うことを諦めていなかった。





「―――狂い咲け《鮮血乱舞(ディアロディーテ)》」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ