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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第160話 鮮血の勇者

 完全な覚醒。完璧な目覚め。

 ダメージを負った倦怠感は嘘のように消え、身体の調子は以前よりも良好だ。何よりも体内を流れる血液の循環がいつにも増して良い。

 ふと、アリシアの後方からガラガラと瓦礫が崩れる音が聞こえた。

 視線を送ると、熊のような巨体が瓦礫の砂埃の中から現れた。バロルだ。

 アリシアの横に並びバロルは言う「まだ戦えるか?」と。

 見ればバロルはアリシアと同じく満身創痍。バロルの身体は既にボロボロだった。

 だが、その瞳に映る闘志だけは揺るがない。戦うことを、抗うことを、諦めてはいない。王足る者が宿す戦瞳。

 

「……はい。まだ戦えます」


 答えるとバロルは「そうか」と続けて、


「鮮血の勇者アリシア・ツェペシュ。アルキュラの娘よ。我が頼みを聞いてはくれぬだろうか」


 視線をガブリエルから離さず、努めて冷静なままバロルの口は動いた。


「その命、我にくれぬかアリシアよ」


 今何と言われたのか、アリシアは冷静に理解する。

 言葉の意味を。魔王の心意を。

 バロルはアリシアにここで死ねと、そう言っているのだ。

 それを理解した上で、アリシアは微笑んだ。


「わたしの命でよろしければ。お供致します」


 これは命令ではない。頼みだとバロルは言った。ならば断ることもできたはずだ。

 その選択を選ばなかったのはアリシアだ。


「恩に切る。………すまぬな」


「あなたが謝ることではありません魔王様。あなたにお願いされる前から、わたしもそのつもりでしたから」


 そう言って、アリシアは今も砂埃を被ったまま気絶する銀髪の少女を見据えた。


「命をかけてでも、守りたい人がいますから」


 己の最も大切な人の妹。婚約を交した今では、アリシアの妹だとも言えるだろう。

 彼女を守る。命をかける理由には十分だ。これ以上の理由は必要ない。

 何よりもアリシアの覚悟は決まっている。


「涙浮かべるいい雰囲気のところ悪いんだけど。早く始めようよ。どのみち僕が殺しちゃうわけだからさ♪」


 ガブリエルは退屈そうに肩をすくめて見せた。その直後のことだ。

 2つの鬼が戦場に舞い降りた。


「フ――ッ!!」「シ――ッ!!」


 目にも止まらぬ速さで2つの刃がガブリエルの首と胴を断った、が―――。


「まったく手応えがないな。さては不死身か?」


「ふむ。先の小僧共の親玉だろうな」


 吸血鬼種が誇る御三家の当主アルキュラ・ツェペシュとウラド・ブラッドである。


「なんだまだ生き残りがいたんだ。てっきりさっきので皆死んじゃったのかと思ったけど?」


 ガブリエルのダメージは無。水を斬ったように両断された首と胴が再び1つとなる。


「アルキュラ、ウラド援護する! 1秒でも長く時間を稼げ!!」


 言うよりも早くバロルの槍斧が風を斬り、ガブリエルに追撃をしかける。


「聞いたかアルキュラ? この我らが時間稼ぎの為の捨て駒だとよ。笑えん話だ!」


「まったく笑えん話であるなウラド。捨て駒で満足するとは、お前にしてはずいぶんと弱気なこと」


「馬鹿を言え。バロルの言葉をなゾっただけのことよ。それよりも、貴様の娘は始祖の力を引き出せるのか?」


「さてな。始祖の力を引き出そうと引き出せまいと。我らが倒してしまえばいいだけの話!」


 3匹の鬼が共戦しガブリエルの身体を刻んでいく。再生の隙を与えない。再生ではないにせよ攻撃の隙を与えない。


「鬱陶しいなぁ。僕はエリニュスを殺さなきゃいけないんだからさ、邪魔をしないで欲しいんだけどなぁ!!」




「………」


 激しい戦闘が眼前で繰り広げられている中、アリシアは瞼を閉じて心を沈めた。

 己の中に意識を向ける。


「―――汝、器の主足る我が欲し求め願い給う」


 神言は既に知っている。


「生命に等しく流れる真紅の血潮。鬼の始祖足る我が主神よ」


 神名も初めから存じている。

 代償も同じく。コレを使えばどうなるか、アリシアはよく知っている。

 

「今こそ器を器足りえんとする時成り。汝の器足るこの我に、汝が"始祖の理"を―――」


 恐れはないと言えば嘘になる。怖い。恐ろしくてたまらない。本音を言えば逃げ出してしまいたい。

 ―――だけど。

 

「代償をここに。真名をここに―――」


 ここで逃げれば、アリシアは後悔するだろう。一生、この瞬間のことを悔やみ続けるだろう。

 ―――だから。

 アリシアは紡ぐのだ。言葉を。

 繋げるのだ。命を。

 昂る魔力を強引に押さえ込み、そして、アリシアはヴィレンの姿を思い浮かべた。


「《鮮血》を司りし汝の名は――エリニュス・フォード・ブラッドツェペシュ!!」



 アリシアがエリニュスと結んだ始まりの契約。

 それは―――、


『己が望むがままに生き、そして死に逝け。妾を愉しませてみせよ』


 エリニュスはアリシアに、果のない自由を科したのだ。


挿絵(By みてみん)

嫁シア・ツェペシュ<擬神化>

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