第156話 精霊遊戯
天使――それは神の使い。唯一神が7つの翼。
彼ら7翼には各々が能力――権能を備えている。
第七天使サリエルの司る権能『天屍』
第六天使ヨフィエルの『天華』
第五天使カマエルが『天武』
そして第四天使ガブリエルが持つ権能は―――『天水』。
ガブリエルは片手を真上へと掲げた。直後。地表から大量の水が幾本かの水柱となり吹き上げた。
「精霊遊戯《水陣監獄》」
ヴェルリムの城壁をぐるりと360度囲むように出現した水柱は。天高く吹き上げ遥か天上で繋ぎ合わさった。そのまま薄く横に広がる水柱は、すぐにヴェルリムの都市全てをすっぽりと囲んだ。
地表から天高くそびえる半円上の水のドーム。
中と外とを断絶する結界。
いや違う、それは檻だ。
「あははっ♪ 誰一人逃さないよぉ〜?」
続いてガブリエルは掲げた右手を胸の位置まで降ろした。
「ふふっ♪ 君たちも遊んでもらいなよ」
びちゃん、と音がした。
そこら中、ヴェルリム一体から。
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん。
それは水だった。ゴポゴポゴポッと浮き上がり、何百何千という水の塊が。見る間に人の――子どもの形を為していく。
「精霊遊戯《水霊千遊子》」
『きゃはッ、きゃははッ!』『ねえ、僕達と遊ぼうよ〜♪』『鬼ごっこしたいな僕!』『いっぱい殺した人が優勝ね!』『よし競争だ!』
キャーピー騒ぎ立てる子ども達は正に無邪気そのものだ。
見た目と同じく中身も子どもの感性を持ち、自らが楽しむためなら笑いながら人殺しを楽しむガブリエルの水精霊。
彼らの役割は、生存者の殲滅。
「お待たせ。それじゃ遊ぼうか、魔王様♪」
❦
「「………」」
アリシアとフィーナの2人は、バロルの一挙手一投足に精神を全集中させていた。
彼はいつ動くのか。どう動くのか。そもそもどういった戦い方をするのか。アリシアとフィーナはバロルが戦ったところを1度も見たことがないのだ。
まず、魔王バロルについての情報が少ない。
バロルは《勇者》である。これは確定している事実。
彼が右手に装備している槍斧こそ彼の《大地神》ガイアを祀る神器『神槍神斧ディアラ』。
名前は知識として認知しているものの、能力は未知数らしい。たまにヴェルリムに響かせる号令は、この神器の能力だ。
それだけ。それだけしかフィーナとアリシアはバロルのことを知らない。
後はバロルがゼストと同じく種族の王、悪魔王であるということくらいしか………。
二人の視線を感じ、バロルは言った。
「我が得意とするのは援護職だ」
「え?」
「はい?」
固まるアリシアとフィーナ。構わずバロルは続ける。
「無論。我も戦うがしかし、戦力としてはあまり期待してくれるな」
あまり期待してくれるなどころか、期待しかしていなかった2人は混乱する。
「いや、え、でも……」
「援護職って、え……?」
「其方達の言いたいこと、わからなくはない。しかし事実だ。すまぬな《鮮血》の娘。其方がこの戦いでの前衛だ」
「………!」
アリシアは息を呑んだ。
前衛―――。ヴィレンやザインがこなしていた役割を、果たして自分にこなせるだろうか。
同格の相手ならまだしも、相手は化物だ。
アリシアの様子を察したフィーナが咄嗟に励まそうとするも、
「大丈夫ですアリシアさん、バルガーさんたちが来れば……」
「――援軍は来ないよ〜。精霊たちは僕が死ぬまで消えないからね」
ガブリエルがソレを否定する。
ヴェルリム北部 吸血鬼種領 通称"華の街"。
その場所はヴェルリムの誇る貴族街だった。そう、つい数分前までは。ガブリエルの攻撃により花の街も例外なく破壊の限りを尽くされた。今や見る影もないほど退廃と化している。
そして瓦礫の中に数多の吸血鬼が埋もれていた。
黒の王国を支える最大戦力。種族の頂点、最上位魔族に類された彼らが、あの雨に撃たれて死んだのだ。
それほど、雨は脅威そのものだった。
そんな花の街にて。数匹の水精霊と僅か生き残った吸血鬼が剣を交えていた。
「―――鈍ったようだな、ウラド」
「ぬかせ。貴様こそ腕が鈍っているのではないかアルキュラ?」
元・魔王軍幹部《残虐公》アルキャラ・ツェペシュ。
同じく元・魔王軍幹部《赤服》ウラド・ブラッド。
「父上方、来ますっ!!」
魔王軍幹部《慎貴》カインズ・ブラッドの注意の直後、彼らを小さな死神が襲う。
「あははっ♪ 今のは惜しかったね〜!」
「でも、楽しいな〜♪ ね! おじさんたちもそう思うでしょ?」
水精霊は、幼子のように無邪気に笑っていた。
同刻。ヴェルリム西部 荒くれ者の街。
その場所は闘牛種や単眼種、はたまた巨人種といった、サイズの大きい種族が集まる区域だ。
そんな区域を治めるボスこそ魔王軍幹部《壊獣》バルガー・ベッドである。
「おじさん何して遊ぼっか〜鬼ごっこでもする?」
「カッカッカッカッ! 儂と遊ぶじゃと? 纏めて八つ裂きにしてくれるわ童ッ!!」
水精霊に囲まれながら、バルガーは楽しそうに吠えた。
同刻。ヴェルリム東部 亜人区画。
ここは魔王軍幹部《百速》シャム・トイガーの治めるケモミミ天国。
主に猫人種や犬人種などの住処である。
「――あ……はっ♪ 猫さん次は何して遊ぼっか〜?」
崩れた身体を再生させながら精霊は言う。
これで何度目か。シャムは苦笑いを浮かべた。
「殺しても殺してもキリがないにゃ。これはちょ〜っとマズイかもしれにゃいな」
そのシャムの背後には、怯える猫人種達がいた。
彼らを守るため、シャムはこの場を離れることができなかった。
止まぬ建物の破壊音。破砕音。破裂音。火の海と化したヴェルリムで魔王軍幹部が戦っているのだ。
アリシアは左手の薬指にハメた指輪をソッと撫でる。指輪から力を貰うように。
そしてアリシアは言った。
「……やらせてください。わたしは戦えます!!」
「アリシアさん……」
フィーナが何とも言えない顔をした。
「其方、見ぬ間にずいぶんといい目をするようになったな」
「え?」
ニヤリと笑い、バロルはその手に持つ槍斧を構えた。
「安心しろ。気負う必要はない。この魔王バロルが全力でサポートしてやるのだからな!」
遅れて、アリシアとフィーナも構えた。
「お話し合いは終わったのかな?」
アリシア達の会話が終了するのを待っていたガブリエルが言った。
「じゃ、僕を楽しませてね♪」