第154話 置いてけぼりの2人
「ふふ、ふへへ………」
左の薬指にはまった、紅い宝石のついた指輪を月にかざし、アリシアは盛大に頬を緩ませていた。
「なんですかさっきから。その気持ちの悪い笑い方は」
そんなアリシアの様子を察しフィーナが固まる。
「え、アリシアさん、その指輪は………まさ、か」
「ふふっ、気づいた? そう。ヴィレンくんがくれたんだ。いいでしょ?」
「自慢ですか自慢なんですかええ似合っています似合ってますとも……うぅ、妹の私だってまだもらってないのに……」
妹に指輪を送る兄がこの世に存在するのかどうかはさておき、かなりショックだったのだろう。割と本気でフィーナは傷ついていた。
「よしよし、お姉ちゃんが慰めてあげよう」
「調子に乗らないでください姉さんになるには気が早すぎます。まだ式も挙げていない、の……に、兄さんのバカぁっ!!」
半べそのフィーナはベッドに倒れ込み、抱き枕にしている黒髪男の子の人形を強く抱きしめた。
その際パジャマの袖が捲れ、白い華奢な左手首に付けてある白いブレスレットが、カーテンの隙間から覗く月光を浴びて輝いた。
「フィーナちゃんだって。カルラくんからもらったんでしょ、それ?」
途端。ハッと我に返ったフィーナが白のブレスレットを右手で隠した。
ちょっと顔が赤い。
「違っ!! これは、その……あの、えと……」
柄にもなく取り乱すフィーナを見て、アリシアはクスリと微笑んだ。
「似合ってるよ?」
「あぅっ……ぅ」
耳まで赤く染め、フィーナは胸元の抱き枕にぎゅーっと力を込めた。
フィーナの小さな胸の間で、むぎゅーっと人形の顔が歪む。
「………ありがとう、ございます」
俯き顔を前髪で隠すフィーナは、とても恥ずかしそうに口の中でそう呟いた。
聞こえないふりをしてアリシアは笑った。
ヴィレンとカルラに天使戦参加を猛反対された2人は、現在ヴィレン家フィーナの寝室で談笑を交わしていた。
「とうとう明日だね、ヴィレンくん達」
「そうですね。無事に帰ってきてくれればいいんですが……」
ダンジョンとは未開の地である。450年前に地上に出現した天使の住処。
ダンジョンとは死域である。足を踏み入れたが最後、二度と生きては出られない。
かつてダンジョンに挑んだ魔王軍幹部が数名。Sランク冒険者含むパーティーが複数戻らなかった。
先代《騎士王》アドラス・ドラグレクは未来を予言していた。近い将来天使が地上を蹂躙すると。
ダンジョン制覇に向け進軍し天使に遭遇。全滅を防ぐため、騎士団を逃すためアドラスは1人天使に立ち向かい死去。
多くの者はアドラスを嘲笑った。無駄な犠牲。老木の戯言だ妄言だと。そう。大戦の日、天使が地上に舞い降りるその日までは。
天使と2度対面したからこそわかることがある。犠牲無しでは天使を倒せない。サリエルに勝利できたのは運が良かっただけだ。あの場にウィーやザインがいなければ。白の王国は1人の天使に亡ぼされていた。
フィーナやアリシアでは力不足なのだ。足手まといなのだ。とくに一度命を落としかけているフィーナ自身よく理解している。
「………」
少しの静寂の後、突拍子もなくアリシアが言った。
「フィーナちゃんはさ、カルラくんのこと、どう思ってるの?」
「………はいっ?」
ピクッとフィーナの肩が跳ね、恐る恐る振り返る。
「どう思ってるって、どういう意味でですか……?」
「男の人として」
アリシアはニコニコと無邪気な笑みを浮かべている。単刀直入すぎて、フィーナの小さな口から小さなため息が溢れる。
「どうもこうもカルラさんはカルラさんです」
「そうじゃなくて……だって気づいてるんでしょ、カルラくんの気持ち」
「気づかない方がどうかしてます。私はそこまで鈍感じゃありません」
「カルラくんはフィーナちゃんを大切にしてくれそうだけどね」
「だから、ですよ」
俯く前髪に隠されたフィーナの瞳が小さく揺らいだ。
「え?」
疑問符を浮かべるアリシア。顔を上げフィーナは首を振った。
「なんでもありません。私は兄さん一筋です」
「………」
その微笑みが、アリシアには寂しそうに見えた。
フィーナの視線はさらに上。窓越しに夜空を見上げた。
「曇ってきましたね」
いつの間にか黒雲が月を覆っている。
「だね。ひと雨来そう――……」
次の瞬間だった。
唐突で突然に"ヴェルリム"は奇襲を受けた。