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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第152話 ザイン・ドラグレク

 目の前に広がる穏やかな草原に、ザインは1人立っていた。

 

「……ここは、どこだ?」


 代償のヒビ割れは消え、腹に穿たれた傷痕も完治……いや消えている。

 ボリボリと髭を掻きむしりながらザインは周囲を見渡した。

 特異な物は何1つない。ただただ平穏だけがここにある。

 カマエルとの死闘が嘘のように、空は蒼く晴れ渡っていた。

 ザインは理解した。


「あー、死んだのか。俺」


 驚きや嘆きはなかった。

 自分でも驚くほどに平然としている。

 当たり前だ。ザインは死を覚悟していた。今さら生に未練などない。

 あれだけこっ酷くヤラれて、逆に生きている方がおかしい。

 最後にカマエルを倒せたことは奇跡に近い。

『ならここはどこだ?』と最初の疑問に立ち返る。

 死後の世界。そんな単語がザインの頭に思い浮かんだ。

 天国か地獄。好きな方を選べと言われたのなら、ザインは迷わず地獄に行くと即答するだろう。

 平和の満ちる天国など退屈しそうだ。

 悪者や犯罪者が山ほどいる地獄の方が面白そうだ、と。

 だがしかし。残念ながらここは地獄ではなさそうだし、逆に天国でもなさそうだ。

 そして再び『ここはどこだ?』という疑問に舞い戻る。


 一筋の風がザインの髪を撫でた。



「早くしろやザイン。置いてくぞコラ!」


 仁王立ちするザインの横を通り過ぎる、燃えるような赤髪をした少年。アレスだった。


『置いてくっておまえ。どこに……』




「――ほんとにこっちの方角で間違いねぇんだな?」


 聞き覚えのあるような無いような、気持ちの悪い声。振り返るとそこにはザインがいた。


「ナメんな。俺っ様がアイツの気配を間違えるはずがねぇだろぉが」


「恋人かなんかか?」


「ち、違ぇよコラ!! 俺っ様とアイツはライバルみたいなもんだバカ野郎!!」


「へいへい分かった分かった。つまり好きなのな」


 アレスと自分の会話を聞いている内に、なんとなく思い出してきた。

 8年くらい前だったか。未だかつて誰も御せなかった《永久の剣》が契約者を選び、新たな勇者(ブレイブ)が誕生した。

 その気配をアレスが感じ取り、破壊神とその契約者に興味が湧いたザインが黒の王国へと足を運んだのだ。

 そう、これはザインの記憶である。


『つまり、こいつは走馬灯って奴か』


 死の間際フラッシュバックする自身の歴史。過去。思い出。それが走馬灯。

 途端、場面が切り替わる。

 草原から、今度は荒れ果てた市街へと。

 建物は崩壊し、そこかしこに骸が転がっている。魔族と人間族の死骸。

 まだ〝不殺の誓い〟が制定されていなかった8年前は、こういう事件が頻繁に勃発していた。

 安全だと言われていた街が、突然他国の奇襲で滅ぶなんて、よくある話だ。


「……にしても、こいつは酷えな」


「新しい勇者(ブレイブ)が殺ったのか?」


「いや、違ぇだろ」


 と、死街を歩き続けるザインとアレスが足を止めた。

 この腐敗した街で、初めて生きた人間を見つけた。

 まだ幼い少年と少女が、そこにいた。


『………』


 震える銀髪の少女をその胸に抱き、黒髪の少年がザイン達を睨みつける。恐怖と敵意の瞳。


「お兄ちゃん……!!」


「大丈夫だフィーナ。兄ちゃんが守ってやるから」


 少年は少女を強く抱きしめた。

 ザイン達を睨む、少年の瞳が紅く充血していく。


「お前、魔人(ヴァーティス)か」


「ああ、俺は魔人だ」


 右手に握るナイフを突きつけ、少年は怒りを押し殺した低い声で言った。


「人間がここに何のようだ。俺達のことも、殺しに来たのか……?」


「バカ、服をよく見ろ。ここをやったのは白の冒険者。俺は赤の騎士団だ」


「嘘をつくな! 紅焔騎士団は赤い鎧をつけてるが、お前はつけていない!」


「あー、俺は鎧をつけねぇんだ。あれは重ぇし臭ぇし、何より動きづれぇからな」


 ボリボリと髭を掻いて、ザインは静かに言った。


「生き残ってんのは、お前らだけか?」


 少年は答えない。


「これを殺ったのは、お前か坊主?」


 少年は答えない。


「父ちゃんと母ちゃんは……」


「………ぅっ」


 少女が小さくシャクリ上げた。


『……………』


 瞬間、重なった。

 少年の姿が重なったんだ。

 俺と――。

 似ているんだ。

 昔の俺と――。




 11歳のとき、親父とお袋を失った。

 まだ赤の王国の外にちらほらと小さな集落があった時代。

 ザインの集落は魔族に夜襲を受けた。

 幼い頃から剣の才能があったザインは、まだ幼いながらも守備隊の騎士団と一緒に魔族を返り討ちにした。

 その際、親父とお袋を失った。

 両親が殺され子どもだけが生き残る。よくある話。その逆もまた然り。

 そう、よくある話だ。



「俺んとこへこい、ガキんちょ!」 


 遅れて駆けつけた本隊。事情を聞きつけた、赤髪にちらほらと白髪の混じった男がザインに手を差し伸べた。

 しかしザインはその手を拒む。


「余計なお世話だクソジジイ。行くぞ、レナ」


「まってよお兄ちゃん!」


 1人残った妹。唯一の家族を連れ、ザインは男に背を向けた。


「よく考えろガキ。おめぇに妹を守りきれる力はあるのか!?」


「うっせぇ。黙れクソジジイ。レナのことは俺が守ってみせる。俺は、強ぇ」


 そしてザインは男の静止を振り切り、妹を連れ集落を後にした。

 ザインには力があった。素質があった。自信があった。

 父と母のことは守れなかった。だが妹だけは必ず――。



 その2年後。ザインは妹を失った。

 突如として街に攻めてきた冒険者と戦闘になり、ザインを庇ってレナは死んだ。

 大切な者を守るために自らが犠牲となるなんて、そう。よくある……


「―――ふざけんじゃねぇぇぇぇッ! 殺、してやる。テメェら全員ぶち殺してやるよぉぉぉぉぉぉッ!!」


 レナを殺され乱心となったザインは、冒険者を皆殺しにした。1人残らず。

 死を厭わずザインは戦い抜き、最後の1人を殺して、力尽き倒れた。

 もう、いっそのこと死んだほうが楽だとザインは思った。

 朦朧とする意識の中。

 とある男達の会話を聞いた。


「――そのガキだけは何があろうと絶対に助けろマーリン! いいか、絶対にだ!!」


「そこまでの子なのかいアドラス?」


「ああ、そうだ。このガキは必ず、歴史に名を刻む英雄になる。そうドラグレク(オレ)の感が叫んやがる」


「そうかい。ドラグレクの感なら間違いはないね」



 それから数日後。ザインは目覚めた。


「飯は食わねぇのか?」


 そうザインを心配するのはあの男。赤髪に白髪の混じった男。


「いらねぇ」

 

「いらねぇってオメェ、腹ぁ鳴ってんぞ?」


「うるせぇ」


「いい加減喰わねぇと死んぢまうだろ」


「……べつに。俺はもう」


 後悔があった。後悔だけしかなかった。

 自分だけ生き残ったという事実に。

 どうして俺だけが生き残ったのか。生き残ってしまったのか。

 親父もお袋も、そしてレナまで失ったザインに、この世に生きる意味などあるのだろうか。

 この世を生きていく理由が、価値が。

 果たして今のザインにあると言えるのだろうか――。



「妹の命を、無駄にするのか?」





「――――は?」



 その言葉だけは、どうしても聞き流せなかった。

 聞き流しては、いけなかった。


「てめぇクソジジイ。今、何て言った?」


「何キレてんだ。俺は妹の命を無駄にするのかって聞いたんだよガキんちょ」


 自分が重症人だということを忘れ、ザインは男に飛びかかった。

 治癒魔法でも完治できていない傷が開き、包帯に血が滲む。

 脳を焼く痛みがザインを襲うが、歯を食いしばって耐え、男を怒鳴りつけた。

 感情のままに怒りをぶつける。


「知った風な口聞いてんじゃねぇよッ!! てめぇに何がわかるってんだッ、あァ!?」


 己の誇りを貶された。大切な存在を汚された。

 レナを馬鹿にされることだけは、ザインにとって到底許せるものではなかった。

 その直後。急に男の腕がザインの胸ぐらを掴み、強引に引き寄せられる。


「甘ったれてんじゃねぇぞ、ザイン・クライシスッ!!」


「――――ッ!?」


 男の怒号に、ザインの目が見開かれた。


「なぁ、俺はあん時よく考えろって言ったはずだ?オメェに妹を守れる自身があんのかって聞いたはずだ?そん時オメェはなんて答えた? 

 "俺は強ぇ"だ。俺は強ぇってオメェは言ったんだよザイン!」


「俺、は………!!」


「何が強ぇだ!? なぁ、何が強ぇんだ、おォ!?

 何も守れてねぇだろうが!オメェは何1つ守れてねぇだろぉがよぉ!?」


「………っ!!」


 男の言葉にザインは何も言い返せない。言い返す言葉が見つからない。

 口籠るザインにかまわず、男はザインの額に己の額をぶつけ、その瞳を覗き込む。


「悲劇の主人公気取りか?勘違いしてんじゃねぇぞオメェ。

 オメェの父親と母親はオメェの妹を守ろうとして死んだんじゃねぇのか?」


 あの日。親父とお袋とレナを守りながらザインは戦っていた。

 しかしまだザインは幼く実戦経験も少ない。一度に相手できる数には限界があった。

 そう、あの日。親父とお袋は、レナを守るためにその身を犠牲にしたのだ。


「そんでその妹は、オメェを守ろうとして死んだんじゃねぇのか!?」


 街に攻めてきた白の冒険者は手練だった。

 1対1でも苦戦する中、冒険者は連携でザインを仕留めにかかった。

 隙を突かれ放たれた矢から、ザインを庇ってレナは死んだ。

 

 すべて男の言うとおりだった。


「オメェの命は、もうオメェ1人のモノじゃねぇんだよザイン。父親と母親と妹の分も背負ってるってことを自覚しろ」


「俺は……」


「なぁザイン。オメェは弱い。弱ぇ奴は何も守ることなんてできねぇんだ」


「だから」男は続けた。


「強くなれ、ザイン。誰にも負けないくらい強くなれ。守りたい奴を守れるくらい強くなれ」


「………強く」


「オメェならできる。俺の感がそう言ってんだからよ」


 そして男はニカッと笑った。


 お前には生きる資格があると。

 お前には生きる責任があると。

 強くなって、大切な者を守れる男になれと。

 男はザインに生きる目的を、理由を与えた。

 その言葉が、あの時のザインにとってどれだけ救いになったことか。


 それから男は突然、思い出したように、


「そうだ。オメェ、俺の『――』になんねぇか?」


 なんの前触れもないその単語に、ザインの眉間にシワが寄る。


「……は? なるわけねぇだろクソジジイ。今の流れでどうやったらそんな言葉が出てくんだよ……」


「流れは読むモンじゃねぇ作るモンだ」


「なら作ってから言えやクソジジイ」


 あれだけいいことを言っておいて、ほんとうに台無しだ。

 ドヤ顔で微笑む男を見て、つられてザインも笑ってしまう。

 死ぬ間際まで追い詰められていたザインに、いつの間にか笑顔が戻っていた。


「辛ぇことがあったら笑え。泣きたくなっても笑え。笑えるってこたぁ、心に余裕がある証拠だからな!」


 それが、アドラス・ドラグレクという男だった。


「それとなオメェ。さっきからジジイジジイと言ってるがよぉ、俺はこれでもまだ48なんだぜ?」


「充分ジジイじゃねぇか」とザインは苦笑した。




 ザインは今目の前にいる少年と、過去の自分を重ねていた。

 両親を失い妹を守るその姿が。その無骨で弱くて強がる姿がザインに似ているのだ。



「――そこで何をしている?」


 そこで響く第三者の声。女の声だ。

 病的なほど白い肌。

 腰まで伸びた、どこまでも黒い漆黒の髪。

 前髪の隙間から覗く黒紫(ダークパープル)の瞳。

 人を超越した美。そして内から滲み出る存在感(プレッシャー)

 目の前にいる女がそうなのだと、ザインはひと目で察した。

 そしてザインの推理を肯定するするようにアレスが言った。


「久しぶりだな、破壊神リヴィア」


「お前は……アレス」


「600年もの間、誰の下にもつかなったお前が、まさかそんなガキの下につくとはなぁ破壊神」


 ハッハッハと嘲笑するアレスに対し、リヴィアは淡々と言った。


「もう一度言う。お前たちはここで何をしている?」


「まったくマイペースな女だぜ。変わってなくて安心した。ライバルのお前が腑抜けてちゃあ俺の――」


「これが最後だ。お前たちは、ここで何をしている?」


 アレスの言葉を切って、リヴィアは告げた。

 神の力が封じられていることを忘れるほど、破壊神のプレッシャーは凄まじかった。

 生物的次元の違い。人では決して超えられぬ壁に、ザインの根幹が怯えていた。

 ははとザインは笑う。


「何もしてねぇし、するつもりもねぇよ。俺はただ破壊神(アンタ)の顔を拝みにきただけだ。ついでに勇者の顔も見にきたわけだが」


 と、ザインは少年の元に歩み寄る。


「レンに近づくな!!」


 すかさずザインの進路を妨害しようとするリヴィアの前に、アレスが立ち塞がる。


「安心しろ、敵意はねぇよ」


 警戒する少年の前でザインは立ち止まり、膝を折り視線を合わせる。

 少年の漆黒の瞳とザインの焔色の瞳が交差する。


「なぁ坊主、名前はなんてんだ?」


「………」少年は答えない。


「俺はザインだ。ザイン・ドラグレク」


「……俺は、ヴィレン。妹のフィーナだ」


「ヴィレンとフィーナ、か……」


 2人の名を噛み締めるように復唱し、ザインはヴィレンに問う。


「お前らこれからどうするんだ?」


「………」


「まさかここにずっといるわけじゃねぇだろ? 2人で生きて行くにゃ食料もねぇ。

 坊主。お前に妹を守り切る自信はあるのか?

 こっから外にゃ魔物や冒険者の奴らがわんさかいる。お前らの命を狙ってくる。

 運良く魔王に捕まったとして、そっちの妹とは離れ離れだ」


 ザインの発言に、フィーナがヴィレンの腕を強く抱きしめる。

 離れたくないと。今にも泣きそうな顔で。

 困ったような顔で、そしてすぐヴィレンは表情を改めた。

 妹を守ると決めた兄貴の顔だった。

 まるで自身の鏡を見せられているようで。ザインは苦笑した。


「そこでだ坊主、提案がある。俺の(とこ)に来い」


「………え?」


「俺がお前を鍛えてやる。妹を守れるくらい、強くしてやるっつってんだよ」


 するとヴィレンは目を細め、警戒の色を深くした。


「……なんで、アンタが俺にそんなことしてくれんだよ。俺とアンタは今日知りあったばっかで、アンタにメリットなんてないだろ?」


「ごちゃごちゃうるせぇ野郎だな。メリットなんて関係ねぇ。死ぬってわかってる孤児のガキを放っておけるほど、俺は落ちぶれちゃいねんだよ。

 ここでお前らを見捨てちまえば、レナやジジイが黙ってねぇからな」


「…………?」


『いつも見られていると思って行動しろ』アドラスの教えを思い出し、ザインはそう言った。

 ザインの発言をヴィレンは理解できなかったが、自分たちに危害を与えるつもりはないということだけは理解した。

 彼らにとって、いやヴィレンにとってそれが最も重要な点である。

 ヴィレンにとって、妹の安全が保証されるのであれば何でいい。

 過去のザインとは違い、ヴィレンは自らの弱さを知っていた。


「ほら。ぼさっとしてねぇで付いて来い」


 立ち上がりザインはヴィレンに言う。

 時間が経過すればするほど危険度は水増しに高くなる。

 アレスが感じたように、魔王バロルも勇者の誕生に感づいているはずだ。

 無駄な争いが起こる前に、ザインはこの場を離れたかった。

 数歩歩き出し、おもむろにザインは足を止めた。


「ああ、そうだ」


 思い出したように、ザインは後ろを振り向いて、笑顔で言った。


「お前ら、俺の『――』になんねぇか?」


 その空気を読まない場違いな発言に。フィーナがしゃくり上げ、ヴィレンが怒り、リヴィアが表情を消して、アレスが腹を抱えて笑い出す。


『………はっ、』


 否定されたのにも関わらず、楽しそうに笑う当時のザインを見て、ザイン自身が呆れていた。

 

『………懐かしいモン見せてくれんじゃねぇか』


 そして目を瞑り、微かに苦笑したのだった。

 後悔はある。しかし生に執着はないし、これと言って未練もない。

 思い残すことがあるとするならば、それはきっと―――。

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