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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第3章 終焉の十日間
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第151話 剣と拳

 誰もが言葉を失っていた。

 ヴィレンが目を見張り、エスティアが息を呑む。

 神器の開放による代償。ザインの行く末を知るカルラとウィーは、言葉を失い固まっていた。


「………」


 そしてカマエルも、ザインの神装に何かを重ねていた。


「ふぅ……」


 ザインはゆっくりと息を吐く。そして、動いた。


「――――――!!」


 まさに神速。カマエルとの距離をザインは一瞬で詰める。

 だがそのスピードに反応したカマエルもまた、人域を超えた怪物である。

 カマエルが太刀を片腕で塞ぐ。

 何故か響く金属音。何故か舞う火花。


「ハッハァ! テメェの筋肉(ソレ)は何でできてやがんだ!?」


 人外の反射神経もさることながら、神器の開放により格段に速く重くなったザインの斬撃を防ぐカマエルの肉体は脅威そのものだった。


「まさか。こうしてまた戦神と相まみえることができるとは」


 ザインの連撃を防ぎながら、カマエルは言った。


「――だが、まだ足りぬ」


「ぐッ―――!?」


 カマエルの反撃にザインが唸る。構うことなくカマエルの追い打ちがザインの身体を捉えた。


「戦神が一撃はこの程度では決してない!!」


 地を2度3度と転がり、態勢を立て直しザインは苦笑した。

 

「この筋肉バカが……!!」


 同時に太刀を斜め下から斬り上げる。


「天地絶世 不破ノ太刀〝紅火〟!!」


 神器の開放により威力の増した神薙は、一爪一爪が『斬空』を超える馬鹿げた破壊力を帯びている。

 それが10本。斬撃となってカマエルを襲った。

 半身に構えたカマエルが右腕を前に出す。


前腕練攻(ぜんわんれんこう)――鉄塊上弦(てっかじょうげん)!!」


 光の速度で動いた拳が、爆発地味た音を奏で神薙の爪を全て弾いた。

 軌道が逸れ、後方の壁に衝突した神薙が壁を粉砕する。

 その結果を確認することなく、今度は正面に構え腰を落とし両腕を軽く引いた。


「上腕練攻――腕立伏我(わんりつじょうが)!!」


 またカマエルの拳が光の速度で閃く。

 1秒で20回。カマエルが拳で空気を殴った回数だ。

 飛ぶ斬撃に対抗した飛翔する拳撃。ザインは太刀を莢に戻し、居合いの構えを取った。


「天地爛漫 絶美ノ太刀〝桜火〟!!」


 桜火は『血華(いくさばな)』の強化版。範囲、速度、殲滅力、そして精密さの全てが血華を上回っている。

 間合いに入った拳撃の尽くを分子レベルまで刻み斬る。のみに留まらず、射程の伸びた桜火がカマエルへ迫る。


全筋鍛守(ぜんきんたんしゅ)――筋肉防御(ぜったいぼうぎょ)


 それをカマエルは全身の筋肉を硬直させ防ぎきる。攻守が目まぐるしく入れ替わる、技と技とのぶつけ合い。

 甲高い金属音が鳴り止むと、同時にカマエルの間合いに入り込んだザインの太刀が黒炎を帯びていた。


「天地英豪 黒紅ノ太刀〝絶火〟ッ!!」


 至近距離からなる超高火力攻撃。黒炎がカマエルを飲み込んだ。

 並みの者なら骨さえ残らず焼き消える無慈悲な火力。相手がカマエルでなければ致命傷だったろう。


 爆炎が爆風に吹き飛ばされた。そしてザインの懐へと拳が飛ぶ。


「右腕溜磨――発勁掌(はっけしょう)!!」


「う、がッ……!!」


 カマエルの平手がザインの肋骨を直撃した。

 隕石を木っ端微塵にする衝撃がザインを襲う。ミシミシと音を立てザインの身体がくの字に曲がる。

 反射的に後方に退き威力を殺さなければ、臓器ごとヤラれていた。


「まだだ」


 退避しようとするザインをカマエルは逃さない。


「チッ―――ぐッ……!?」


 次から次へと叩き込まれる拳撃の連撃。

 コンマ1秒未満で繰り広げられる攻防。戦闘。いやそれは一方的な殺戮に等しい。


「く、そがァ―――、グッ!?」


 鍛え込まれ磨き上げられたカマエルの拳は、ザインの反射神経を以ってしても防ぎきれない。

 右の拳を防ぐザインを、カマエルの左の拳が撃ち抜く。


「がッ、はっ……!!」


 成すすべなく殴打され続けるザインを見て。

 もう見ていられないとばかりに、走り出そうとするエスティアの腕を誰かが掴んだ。

 ヴィレンだった。


「はなしてください、ヴィレン!!」


 エスティアが振り向くと、ヴィレンは1言。


「ダメだ」


「ですがっ!!」


「――ダメだ」


 ヴィレンはぴしゃりと言い放つ。


「―――ッ。ですがこのままではザインさんは……!!」


「邪魔をするなっつったのは師匠だ。あの人はこの戦いに手を出されることを望んじゃいない」


「………」


「頼むエスティア。見守ってやってくれ。ザイン・ドラグレクの生き様を」


「……ヴィレン、あなた」


 エスティアの手首を握る手は震えていた。


 数分後。

 何十何百何千と殴り続けようやく、カマエルの拳は止まった。


「……」


 彼の右手は血だらけのザインの首を握っている。

 ザインを自らの視線の高さまで持ち上げるカマエル。鍛えられ太く雄々しいザインの首も、カマエルの手に比べれば大人と子ども。

 身長差もあり、ザインの足は地についていない。


「終わりだ」


 ピキピキとヒビ割れボロボロと崩れる肉体。

 ザインの身体はどこもかしこも限界が近かった。開放した戦神の力に耐えられず、左腕に関しては目を背けたくなるほど酷い。

 その左手が、ピクリと動いた。


「……終わりだ? はッ、なに勝手に決めつけてやがる。こっから面白くなるっていうのによぉ」

 

 ザインの口元が三日月に割れる。瞬間。ザインの纏う闘気が変わった。


「お前―――――」


 ザインの太刀が閃く。残るのは紅の軌跡。

 カマエルの右腕に赤い線が入ったかと思うと、丸太のように野太いカマエルの右腕が滑り落ちた。


「……………!!」


 ザインの身体から溢れ出る紅の蒸気――否、魔力。

 それは戦神アレスが誇る最強の奥の手。


「天地蹂躙 諸刃ノ太刀―――〝命火〟」


 蓄積したダメージを自らの力に変えると同時に。自らの魂を。寿命を。肉体を。魔力を――。

 全てを喰らい、力へと変換する正真正銘〝諸刃の剣〟。

 借り物の力である諸刃の太刀は、ザインの身体の終わりを加速させる。


「これは……」


 カマエルの面構えが変わった。同時に雰囲気が別人のように、魔力が研ぎ澄まされていく。

 まるで今までが遊びだと言わんばかりに。

 実際そうなのだろう。

 カマエルが言う。


「名を聞かせて欲しい。戦神アレス殿に選ばれし、勇敢にして強き人の子よ」


「ザイン・ドラグレクだ。忘れるな。死ぬ前に覚えとけ」


「安心しろザイン。俺が強き者の名を忘れることはない。お前の名も歴代の猛者と同じく俺の中に永劫刻み続けよう」


 ぶわっと両者の闘気が溢れ出る。

 2人の対峙はダンジョンを――世界を震わせた。

 ヴィレン達の肌を焦がし、ダンジョンの頂上に居座る残りの天使達もソレに気づく。

 互いに1歩も引かぬまま、赤と青の闘気がぶつかり合う。


「全力で行かせてもらう。第五天使『練磨』のカマエル。いざ――参るッ!!」


 カマエルとザイン、2人が同時に距離を詰めた。

 蹴られた地面(あしば)が砕け、大気が我先にと逃げ惑う。

 瞬で縮まる両者の距離。

 秒で交わる両者の剣と拳。


「右腕超練――破壊拳〝滅殺〟ッ!!」


「天地開闢 無我ノ太刀〝斬火〟!!」


 大気が唸り大地が嘆く。

 周囲に伝染する衝撃波。ヴィレン達はその場に踏み止まるだけで精一杯だった。

 まるで神戦を想起し彷彿とさせる両者の対峙は、人類史に残る化物同士の一騎打ちは、微かにだがザインが押されていた。


「――――チッ!!」


「この程度かザイン!? 戦神の一撃は……あの一撃はこんなモノではないッ!!」


「――――う、ぐぉっ!!」


 押される。微かに。確実に。少しずつ。押される。……負ける。

 

――クソッ、これでもまだ……!!


 ザインの脳裏に敗北の2文字が()ぎった、その時だった。




『―――何弱音吐いてんやがる。立てッ!!』


 それは他の誰でもない、ザイン自身の声。


『もぅ、無理。死ぬ』


『まぢで死ぬ』


『殺される』


 これは記憶だ。いつかの記憶。過ぎ去りし過去。

 芝生に寝転ぶ、全身ボロボロになった3人のガキ共に向け、記憶の中のザインは言った。


『いいかでれすけ3人組。俺達人間は弱ぇ。悲しいほどに弱ぇ。

 想像しろ。思い浮かべろ。お前らにとって一番大切な物。剣だろうが銃だろうが盾だろうが何でもいい。お前らが命をかけてでも守り通すと決めた存在を』


 すると3バカは揃って同じ方向を見た。そこにいるのは黒と橙と黄緑の髪をした女神達。


 マセガキ共が、とザインは溜息を挟み、


『まぁいい。筋トレするときも、飯食うときも、今お前らが思い浮かべた奴がお前らのことを見てると思って行動しろ。

 だらしなく地べたに寝そべってるお前らを見て、お前らの大切なモンは喜ぶか?』


 3人の顔色が変わる。


『鍛錬をサボり、みっともなく諦めてる姿を見られて、お前達は恥ずかしくねぇのか?』


 ギシギシと身体を軋ませながら、3人は歯を食いしばって身体を起こした。

 そんな彼らの姿を横目に、記憶の中のザインは続けるのだ。


『人間っつー生き物はな、大切なモンのために強くなれる生き物だ。そして大切なモンのせいで弱くなる生き物だ。覚えとけ』


 記憶の中のザインは、少し寂しそうな表情をしていた。

 それに気づいたのは、過去を見ているザインのみ。記憶の中のザインが何を思い出しているのか、本人であるザインにしかわからない。


『質問! 風呂入ってる時も見られてるのか親父?』


 ビシッと手を上げ、まだ幼いライガが声を上げた。


『決まってんだろ。カッコつけてゴシゴシ身体洗えやでれすけ2号!』


『じゃ、便所んときは?』


 と、今度はヴィレンが聞く。


『カッコつけてクソたれろやでれすけ3号』


 そしてフウガが。


『なら親父は夜、女の人と部屋でえっちぃことするときもカッコつけてんのか?』


「ったりめぇよ……ってテメェ、なんでそんなこと知ってんだでれすけ1号!?』


『いや、逆に知らねぇと思ってたのかよ』


『廊下まで声丸聞こえだぜ?』


『昨日なんかやばかったよな』


 ザインは過去の自分の失態に目元を抑えた。

 項垂れるザインの耳に、無垢な声が響く。


『師匠にもさ、大切な奴っているのか――?』



 その言葉を最後に、ザインの意識は現実へと引き戻される。


「――――ッ!!」


 状況は何一つ進展していない。それどころか現在進行形で後展している。

 眼前まで迫るカマエルの拳。これを喰らえば痛みすら感じずザインの身体は木っ端微塵に消し飛ぶだろう。

 そんな状況でザインは―――、


「はは――ッ!」


 危機的絶望的な状況。絶対絶命のピンチに直面したら、笑えと弟子達に散々言い聞かせてきた。

 死地を乗り越えられる英雄は、どんな状況でも笑っていられる道化だと。

 恐怖に退くな。精一杯強がれ。

 己を騙し蛮勇を演じきった者こそを、人は『勇者』と呼ぶのだと。


「ぐ、をおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


「なに―――ッ!?」


 考えろ。思考して思想して思巡しろ。

 守りたかった奴がいた。守れなかった奴がいた。そして守らなきゃならねぇ奴がいる。

 1歩、ザインの太刀がカマエルの拳を押し返す。


「悪ぃな、カマエル。弟子が見てんだ。ここでお前に負けるわけには行かねぇ……!!」


 また1歩、ザインの太刀がカマエルの拳を押し返す。そこでカマエルの拳の重みが増す。


「ならば俺を超えてみせろ、ザイン!!」


 相反する2つの力。練磨されし2人の力。

 その場にいる誰もが呼吸を忘れて魅入っていた。

 この戦いの結末を目に焼き付けようと。

 1人の漢の生き様を脳裏に刻みつけようと。


「うをおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


「ぬをぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」


 2人の漢が吠え、そして激突する。



「「―――――――――」」



 会合は一瞬。勝敗は一撃。



「天地葬送 紅煉ノ太刀〝命灯残火――〟」



 ザインの言葉を待っていたかのように、ブシュッと音を立てカマエルの胸が大裂した。

 舞う血飛沫。致命傷である。


「ぐっ……」


 死の手前。何故かカマエルの脳裏に、とある戦いの記憶が蘇る。

 いつだったか。盾を持ち仲間を逃がすために1人カマエルに立ち向かった白髪の老武がいた。


『いつかここに燃え滾る炎のような戦闘狂(バカ)が来る。楽しみにしとくんだな。アイツなら、オメェを楽しませてやれるだろうよ』


 死に際に老武が残した言葉。

―――そうか。アドラスが言っていた"バカ"とは、お前のことだったのかザイン。

 カマエルはくすりと笑った。


「たしかに。炎のように熱い男だった」


 サリエルやヨフィエルと同じように、その身体はサラサラと光欠片となり散っていく。


「お前の勝ちだザイン。最後の一撃は、あの戦神アレス殿を超えていた」


 敗北を嬉しそうに。満足気に漢は消えていった。


「……何がお前の勝ちだ、だ。カッコつけやがって」


 カマエルの最後を看取った直後、ザインの口元から血が吹き出す。

 力の代償。そして最後カマエルの拳に打ち抜かれた脇腹。

 ザインの身体はとうに限界を超えていた。

 緊張の糸が解れ、ザインは前のめりに倒れた。

 そして彼の意識は暗転する。

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