第149話 蛇に睨まれた蛙
世界会議は円滑に進められた。出席した全ての王が、天使打倒という同じ目標を掲げていたからだ。
『ダンジョンで待つ』という発言。ガブリエルが嘘をついていた場合を考慮し、主戦力でのダンジョン攻略中に大国が攻められれば元も子もない。
サリエル戦での経験を踏まえ、中途半端な戦力では逆に足手まといになるということで、戦力を残しつつ『勇者パーティー』少数精鋭でダンジョンに挑むことに決定した。
黒の王国より『永久の勇者』ヴィレンと『不死の勇者』カルラ・カーター。
白の王国からは『幻想の勇者』エスティア・テイルホワイト。
緑の王国から『封縛の勇者』ウィー・リルヘルス。
青の王国は《賢王》ラフリス・エルファーノ
そして赤の王国から『紅練の勇者』ザイン・ドラグレクが選ばれた。
世界滅亡まで残り6日。
俺達は満を持してダンジョンに足を踏み入れた。
「なんだ。思ったよか静かなとこじゃねぇーか」
カルラの言うとおりダンジョン内は物音一つしない。生きとし生けるものが存在しない無機質な空間だった。
天に突き刺さるダンジョンの外観通り、上へ上へと向かって道が続いている。
「これならばフィーナやアリシアを連れてきても良かったかもしれんな」
今度はリヴィアが言った。
この場にフィーナとアリシアの姿はない。
今回のダンジョン攻略は、使者として5大国を巡る旅とはわけが違う。
わざわざ危険が伴う場所に、フィーナ達を連れて行きたくはなかった。
着いて行きたいと言う本人達の訴えを、俺とカルラが猛反対した。
「そうかもな」
と、俺も笑ってみせた。
もちろん冗談だということはわかっているし、俺も本心から言っているわけではない。
周囲でも普段顔を合わせることのできないメンツ同士が似たように談笑し合っている。
俺達が向かっているのは、これから死地になるかもしれない戦場だ。
無理にでも明るく、気分を上げるために。
無論、油断はなく常に警戒のアンテナを張り巡らせたまま。
それから2時間以上、俺達は道を歩き続けた。
道中での交戦が1度もないまま、俺達は道の終わりに辿り着いた。
明らかにこの先に天使が待ち受けているであろう巨大な門。
門を潜ると、中は巨大な空間になっていた。
全長凡そ300メートルの円間。天井は遥か高く、周囲には無骨な岩石が転がっている。
「9982、9983、9984……」
その部屋の中心で、漢は地に人差し指を付きたて背に岩を背負っていた。
「……9992、9993、9994」
直径20メートルはあろうかという隕石のような大岩。それを3つ重ね、漢は滝のような汗を流していた。
「9995、9996、9997……」
漢が指立てする度に、隕石がゴウンゴウンと鈍い風切り音を立てている。
俺達の存在に気づかない程度に漢は集中していた。
不意打ちに対し、何を卑怯な!? なんて言葉を使う奴には見えない。
集中している今ならば、背に岩を担いでいる今ならば、もしかすれば一太刀入れられたかもしれない。
「「………」」
しかし誰一人として、そんな行為に及ぶ者はいなかった。
その漢の絶対的プレッシャーに気圧されていた。
その漢の生物的迫力に呑まれていた。
その漢の圧倒的存在感に身体が動かなかった。
「9998、9999……」
サリエルやヨフィエル達など話にならない。
この天使は『異常』だ――。
「――10000」
掛け声と同時に背で隕石を宙に押し上げる。簡単にふわりと空を舞う隕石には重量がないかのように錯覚してしまう。限界の高さまで達した隕石が、重力に逆らわず落下してようやく思い出す。
もちろんその質量に見合った重量をもって、隕石はグンッと加速した。
その真下にはちょうど立ち上がろうとしている漢。
軽く右拳を握り、頭を上げると同時に、漢は手の甲で隕石を叩いた。
まるでドアをノックするかのように軽く叩いた。
ピシ―――ッ
亀裂が走り、一瞬で伝染し、隕石は粉々に砕けた。
「………ふぅ」
短髪の黒髪と、知性を感じさせる蒼い瞳。
身長は2メートルを超えるだろうか。
磨き抜かれ鍛え上げられ、そして絞り込まれた鋼のような肉体美。
圧巻だった。
生物はここまで至れるのかと。
漢は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
汗が頬を伝い、顎から滴り、地に落ちた。
「よく来たな、勇敢なる人の子よ。待っていた」
そして漢の蒼瞳がこちらを覗く。
「俺は第五天使『練磨』のカマエル。今一度勇気を問おう。俺と闘う意思がある者だけ前に出ろ」
圧倒的なプレッシャーに、蛇に睨まれた蛙のごとく射竦すくめられてしまう。
隣にいるリヴィアまでもが、俺の服の裾を掴んで離さない。
まるで俺に前へ行かせないように。
エスティアの顔がいつにも増して真剣で、カルラとウィーが引き攣った笑いを浮かべている。
そんな中で、赤髪が揺れた。
1歩踏み出し、郡を抜ける。
「天使カマエル。お前に1対1の勝負を申し込む」
そう言って師匠は笑った。