第14話 魔法の言葉
会議はあれから少しして終了した。なんだかんだで時刻は午後1時を過ぎた頃だろうか。
「わるいな。いきなりあんなこと言って」
あんなことというのは、リヴィアになんの相談もなく、不殺の誓いを破った理由を確かめに行く、と会議の場で啖呵を切ったことだ。
「気にするな。さっきも言ったが、私はお前について行く。だから、レンの好きなようにするといい」
リヴィアは俺の考えを尊重してくれる。いつもそうだ。神器とその所有者だから当たり前だろ、と言われるかもしれない。だが、勇者の中には神器を道具としか思っておらず、ただ神器に向かって命令を下すだけの者もいる。
だけど、俺はリヴィアとの関係を"神器と所有者"などという悲しいものではなく、お互い全幅の信頼を置ける家族のような関係にしたいと思ってる。いや、本当のことを言えば俺は――。
俺は一言だけ「そうか」と口にした。
「あー! やっと見つけた!」
ふいに後ろから誰かに話しかけられ、振り返るとそこにはアリシアの姿があった。
「何だお前か。まだなんか用があるのか?」
「まだなんか用があるのか? じゃないから! あのこと、もう忘れちゃったの?」
あのこととは、はて・・・・・・なんだったっけ?
アリシアは嘆息しながら手で額を抑える。
「記憶力が薄すぎるよ。私の婚約者さんは……」
「あ――」
俺とリヴィアは同時に声を上げた。その一言で思い出した。厳令があったせいですっかり忘れていたが、そういえばその件もあったのだと思い返す。
隣から鋭い視線を感じるが、反応したら負けだ。
「あー。悪いんだが、俺達はこれから1ヶ月位黒の王国を出るんだ。だから――」
「私もついて行く」
「は?」
「だーかーら! 私もヴィレンくんと一緒にここをでるよ」
「いや、あのな。お前、本気で言ってるのか?」
「んーん。なんて言ったって駄目なんだから! 一応私は被害者だし! それに……」
アリシアは口ごもり、俯きながら言う。
「それに私はもう、ヴィレンくんの血しか飲めないから……」
その一言に込められた重み。俺の考えなしの行動に伴う責任。
俺が何も知らずにアリシアに血を飲ませたせいで、アリシアの身体は俺の血でしか栄養を取れなくなったのだ。
つまり、俺達について行く本当の理由はこれにあるだろう。俺について行かなければ血を摂取することができず、死んでしまうからだ。
俺は頭をボリボリと掻いた。
「あー・・・・・・分かったよ。お前も一緒に連れてってやる。それでもいいかリヴィア?」
ここでアリシアについて来るな、と言うのは残忍すぎるだろう。
俺はパートナーであるリヴィアに確認を取る。
「そうだな。レンが何をしたいのかはまだ分からないが、戦力は多いに越したことはないだろう」
リヴィアは反対すると思っていたが、案外素直に俺の提案を受け入れてくれたことに少し驚いた。
「やったー!」
アリシアが本当に嬉しそうに喜んでいる中、後ろから何者かに肩を抱かれた。
「レーンレン」
「おわ!?」
話しかけられるまで全く気配を察することができなかった。こんな芸当ができる人物は俺の知り合いでもかなり限られてくる。
「親友の俺を差し置いて、なに楽しそうなことしようとしてんだよ? 俺も混ぜろよ? な?」
「あのなぁ、遊びじゃねえんだぞ?」
「分かってるってぇ」
――こいつ絶対わかってねえ。
「あっ! カルラさん!」
アリシアがカルラを見つけ声を上げる。
「リアちゃん、シアちゃんハーロー」
カルラは肩を組んでいない左手を上げ、軽く挨拶した。
「双子みたいに呼ぶな!」
「双子かあ、その場合はどっちがお姉ちゃんだろうねリヴィアちゃん?」
「――考えるまでもなく私が姉でお前が妹だ。そしてまずはそのちゃん付けをやめてくれ」
「え~、じゃあお姉ちゃん?」
「リヴィアでいい」
「・・・・・・」
先が思いやられる……。
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やっとのことで家に到着した俺は、震える手で玄関の扉を開けた。
「た、ただいま……」
パタパタパタとスリッパの音が聞こえてくる。
「兄さん、おかえりなさ――」
昼食の支度をしていたのか、エプロン姿で出迎えに出てきてくれたフィーナは、俺の姿、いや正確には俺の後ろにいる面子の姿を見つけ、硬直した。
状況を見極めたリヴィアは、我先にと神器化し俺の腰に待機した。
「待てフィーナ! 聞いてくれ! これには深い訳が……」
フィーナは笑顔を作り、頷いた。
「大丈夫、分かってますよ兄さん。とりあえず、そこの新しい女の人とはどういう関係なんですか?」
何も分かってくれていないフィーナが明るく言った。
「いやこいつは吸血鬼で――」
「そっかぁ。まだ妹さんには自己紹介してないね。私の名前はアリシア・ツェペシュ。ヴィレンくんとの関係は、良く言えば婚約者。悪く言えば奴隷ってところかな?」
アリシアが俺の言葉を遮り、頬を赤らめた。パンチの効きすぎた比喩に、フィーナの頬がピクリと動いたのがわかる。
「――婚、約者?」
「そ、婚約者。近々あなたのお姉さんになるから、よろしくね」
フィーナは世界の終わりのような表情を浮かべた後、女神のようにニコッと笑った。フィーナの周囲の温度が氷点下まで下がっていくのが目に見えるようだ。
「ちょ、ちょっと待てフィーナ!!!」
「へぇ、珍しいね。妹さん魔法使えるんだ。流石は私のヴィレンくんの、妹さんだね」
「ワタシノヴィレンクン?」
「お前少し黙れ? な?」
危機感の欠片もないアリシアに怒鳴ってから、俺はフィーナに向き直る。
フィーナは右手を胸元に持っていく。その途端、フィーナの足元の床がピキピキと凍りつき、周囲には無数の氷の欠片が生まれ始める。
「フィーナ違うんだ! 俺の話を聞いてくれ!」
俺はフィーナに向かって必死に和解を求めるが、フィーナは耳を傾ける気がない。
「――兄さん。最後に、何か言い残すことはありますか?」
まるで女神のような微笑みを浮かべるフィーナを見て、俺は思う。
――これが、辞世の句という奴か。
死刑寸前、最後の発言を許された囚人になったような気分だ。
「・・・・・・」
息を呑み、考える。この場をなんとか乗り越えられる魔法の言葉を探す。
魔法を使ったら家が吹き飛ぶからやめてくれ!――違う。
アリシアは俺の婚約者じゃない!――これも違う。いや、違うような、違くないような……。
フィーナ、今日の昼食はパンか?――これは根本的に違う。
一言だ。フィーナの集中力を乱し、魔法を中断させられる一言。その上で、フィーナの誤解も解く逆転の一言を。
「フィーナ・・・・・・」
俺は考えるのをやめた。繕う言葉では駄目だと察したからだ。心の底の言葉。口の中に溜まった唾を飲みこみ、俺は今思っていることを叫んだ。
「まだローンが残ってるから、手加g━━」
その瞬間。フィーナの手の平から特大の魔法が放たれた。