第145話 慈愛の天使
その神々しい姿に、その場にいる誰もが息を呑む。
その禍々しい魔力に、その場にいる誰もが冷や汗を流す。
肌を焦がすような威圧感。
本能を掻き立てるような無力感。
唯一神が眷属にして代行者。
封じられし神の代理人。
唯一神が外界に解き放った7つの翼。
その1翼が今、目の前にいる。
「やはり、こうなってしまいましたか」
優雅に翼をはためかせ、彼女は静かに地に足をつけた。
桜色の美しい髪と、月色の瞳。
彼女はヴィレン達のことなど眼中にない。
彼女が見つめる先にいるのは、ユーキただ1人だった。
「来るのがすこし早すぎるよ、ヨフィエル」
ユーキは両手を広げ、微笑む。
その笑みには余裕が見て取れた。
「あの時みたいに、見逃してくれないかな。僕が5大国を落とすまででいいから」
「それはできませんユーキ。あなたは道を違えてしまった。あなたはここで、散るのです」
天使――ヨフィエルはそう言って左手を前に出す。その手に形作られていく花弁の剣。
「なら仕方ないね。5大国を落とす前に、まずは君から殺そうか」
瞬間。唐突に闘いの火蓋は切って落とされた。
「穿け『霤雷』」
「百合の花剣〝白雪〟」
ユーキが放つは稲光する電の槍。その電槍をヨフィエルの細剣がいとも容易く切り裂く。
「「――――ッ!!」」
散乱する電槍。その途轍もない電圧がヴィレン達の身体を感電させる。
しかしソレは彼らの戦いの始まりの挨拶に過ぎず、様子見程度の攻撃。
続いて巻き起こる大槌と細剣と剣舞。黄雷と白花の乱舞。
剣と槌がぶつかり合う度、雷が散り花が舞う。
「………!!」
ヴィレン達の瞳は彼らの戦闘に釘付けだった。
瞬きする暇もない程高速の、高次元の戦い。
磨きぬかれたヨフィエルの恐ろしい程美しい剣戟。そしてその天使と渡り合える実力を備えるユーキに、ヴィレン達は思わず息を呑む。
呼吸も忘れて両者の戦いに没頭するヴィレン達の前で、ミョルニルの衝撃に耐え切れなくなったヨフィエルの剣が折れた。
その致命的な隙をユーキが見逃すはずもなく、
「誇れ『靈零』!!」
神器ミョルニルに収束する電子の雷塊。すかさずその一撃をヨフィエルへと叩き込む。
雷轟が唸り、視界を白光が包む。
雷光が収まると、ユーキは巨大な赤い花弁を見た。
「椿の花盾〝赤実〟」
ヒラヒラと散る花弁。その影で身を守られていた無傷のヨフィエルがいる。
「悔しいな。これでもまだ、君には及ばないのか」
「諦めなさい。どう足掻いても、あなたでは私に勝てない」
「それはどうかな?」
ユーキはくすりと笑って、ミョルニルを天に掲げた。
「なにを……?」
疑問を浮かべるヨフィエル。構わず、ユーキは言の葉を紡ぐ。
「――汝。器の主足る我が、欲し求め願い給う」
一番先に気づいたのは、カルラだった。
「あの野郎、まさかっ!?」
「あれって、あの時の……!!」
「………」
アリシアもユーキの行動に気づき、ザインは沈黙して静観する。
「天候を操り、その雷を以て天空を統べる我が主神よ」
大気を巻き込み高まる魔力。呼応するように天が荒れ、雷が産声を上げる。
「……愚かな」
神器化を解き、擬人化したリヴィアがそう吐き捨てる。
何も知らないヴィレンは、何も知らされていないヴィレンが疑問を口にした。
「いったい何が、始まろうとしてやがる……?」
風が吹き荒れ、リヴィアの黒髪が靡く。
「奴は神器より本来の力を引き出そうとしているのだ」
「今こそ器を器足りえんとする時成り。
汝の器足るこの我に、汝が"雷霆の理"を――」
「身の丈に合わぬ力は己を滅ぼす。愚かな男よ」
何故かリヴィアは、同情するかのようにそう呟いた。
その真意をヴィレンが知る由もなく、また考える暇もなく、ユーキの詠唱が終わりを迎える。
「代償をここに。真名をここに。《雷霆》を司りし汝の名は――トール・ジオス・ラウルド」
天空が割れ、一際激しい雷光が轟き、ユーキを穿つ。
バチッ、チチッと雷花を散らしながら電雷を纏うユーキ。
見た目も然ることながら、明らかにさっきまでの彼とは違った。
「………」
その一部始終を静観していたヨフィエルが、ようやく口を開く。
「あえて問いましょう。そうまでしてあなたが帝国を立てる理由はなんですか?」
「家族のため。うちで妹が僕の帰りを待ってるんだ。だから僕は帝国を王にするよ」
「……どうしてこうなってしまったのでしょうね」
ヨフィエルは悲し気に笑った。
「私はただ、あなたにこの世界で生きて欲しかった」
「ごめんよ。それでも僕は、うちに帰りたい。何を犠牲にしてでも」
「全ての罪はあなたを見逃した私の罪。第6天使『慈愛』のヨフィエルが、責任を以てあなたを救いましょう」
「ユーキ・イワサワ。君を倒して、僕はうちに帰る」
そして2人の最後の決戦が膜を開ける――。