第142話 ユウシャ
帝国の隠し玉である《崩玉》こと黒の呪珠。
崩玉は帝国全土の代償魔法をそれ1つで封印し、何百年も前から当代のウィザードに受け継がれてきたものだ。
崩玉の起源を遡れば、かつての帝国が滅ぶ以前に戻る。
制作者不明。絶対不壊。魔方式吸収。魔力貯蓄。
世界に2つとない代物であることは間違いなく、今の帝国が力を有しているのも崩玉のおかげである。
ダーリーを含む代々《後継者》は、帝国破滅を悲願とし、崩玉の破壊を目標としてきた。
ある者は崩玉を破壊しようとし、ある者は崩玉を封印しようと失敗した。
不壊の特性を持つ崩玉を破壊する方法、それが唯一の問題だった。
ダーリーも惰眠を貪りながら方法を思考していた。
そんなダーリーの耳に《永久の勇者》の情報が舞い込んできたのだ。
大戦後ライムが帝国に拉致され期待は希望に変わった。
崩玉を壊せる存在。唯一の希望――。
崩玉の完全破壊を確認し、ダーリーは大きく息をつく。
目標の達成。プレッシャーからの開放。
これで帝国は窮地に立たされた。最高の気分だった。
「これで代償魔法は解けた。今頃帝国中が騒ぎになってるはずだぜ?」
「これで、終わりなのか?」
ヴィレンの問いにダーリーが答えようとして――、
「――いいやまださ。帝国にはまだ僕がいるからね」
部屋に響く第三者の声。
廊下から聞こえてくる靴音に、部屋にいる全員が身構える。
陽の光に照らされ姿を現したのは、茶髪の髪の男だった。
「さっきの魔力衝突を感じて急いで来てみたけど、どうやら遅かったみたいだね」
「おまえ、まさか……なんで、生きてるんだ?」
茶髪の男の登場に、一番動揺していたのはカルラだった。
「あれおかしいな。僕のことを知ってる人間なんて、帝国の外にはいないはずなんだけど?」
「ふざけろ。あの時お前ら《ユウシャ》は、天使に全滅させられたはずだろ!!」
カルラの口から出たユウシャという単語に、茶髪の男――ユーキの目元が細められ、
「ああ、なんだ。きみ、関係者か」
瞬間。押しつぶすかのような魔力。溢れだす殺気――。
「神器、ミョルニル……!?」「やっば――!?」「構えろッ!」
「軋れ――――霹靂」
神器ミョルニルより放たれた雷が部屋全体に飛来した。
高威力の電撃は机や物を破壊し、床を爆ぜ、壁を貫通する。
ユーキはクスクスと余裕の笑みで。
「僕が生きてさえいれば帝国は負けないよ。5大国なんて最悪僕1人いれば落としきれる」
バチバチッと感電する室内。幸い怪我人はいなかった。
「すげぇ自信だな……」
「事実さ。全員でかかってきていいよ。まとめて殺してあげるから」
「あ、でも――」と言った直後、ユーキの姿が消える。
「裏切り者の君だけは、先に殺しておかなきゃね」
「「―――!?」」
気づくとユーキはダーリーの背後に移動していた。
ダーリーの瞳に映る、ユーキの大槌。
「………」
ダーリーの身体は動かなった――わけではない。
反応はできた。けれどダーリーは避ける気がない。
彼にはもう、これ以上生きる理由がないのだから。
継いだ想いを、執念を達成したダーリーには、もはや何も残っていなかった。
シュナが死んだ。昔にも同じように親友を失った。
ダーリーには、生きる意味も希望もなかった。
もういいだろ。もう、疲れたな。
迫る死を前に、走馬灯がダーリーの脳裏を過ぎる――。