第139話 最上位魔法
「ぬぉ――っ!?」
天井の崩落にいち早く気づき、ダーリーは転がるように通路側――カルラ達侵入者の元まで後退した。
「帝国兵!!」
フィーナの警戒の声音に、ダーリーはすぐさま誤解を解こうとするも、
「大丈夫。俺は味方――ッだ!?」
アリシアの血剣がダーリーに向けられた。
「うそ。ヴィレンくんの血の匂いがする」
「血の匂いって……吸血鬼種か」
吸血鬼のアリシアにとって、血の匂いを嗅ぎ別けるのは朝飯前である。
血契を交わした相手の匂いなら尚のこと。通路に漂うヴィレンの血の匂いを辿り、アリシア達はここまで駆けつけたのだ。
「ヴィレンにも説明したが俺は帝国の破滅を望んでいる。……これで信用してもらえるか?」
アリシアとフィーナがカルラに視線を送った。
「オーケー殺気は感じられねぇ。さっきレンレンを庇おうとしてたように見えなくもない。
俺はカルラ。とりあえず共闘と行こうぜおっさん」
「話が早くて助かるよ。俺はダーリー。おっさんじゃねぇ。それと銀髪のお嬢ちゃん、さっきのは助かった」
「礼なんていりません。私は兄さんを助けようとしただけですから」
「その兄ちゃんは瓦礫の山の中だが……」
すると瓦礫がパラパラと音を立て、中から起き上がる影が1つ。
「兄さ――」呼びかけたフィーナの声が途中で止まる。
「やってくれたわね、お嬢ちゃん」
瓦礫の中から姿を現したのはマーズである。
マーズはカルラ達を見渡し、クスリと嗤った。
「でも……あらあら、あらあらあら。ふふっ、こんなにも良い素体が集まってくれて嬉しいわ」
マーズから迸る魔力が部屋中に充満した。魔力の放出のみで、カルラ達を威圧する。
魔力は6つに収束し、そして形を生成し、同姿同形の6人のマーズとなり現界する。
「帝国軍七帝将〝暴食の魔女〟みんな仲良くモルモットにしてあげましょう」
そう言い、7人のマーズが同時に手を前に突き出した。
「「上級火炎魔法〝焔竜の息吹〟」」
「「上級火炎魔法〝焔竜の咆哮〟」」
魔法が行使された瞬間、アリシアが前に出る。
「血よ、盾となり私を護りなさい!」
両の手首から溢れ出る血液が、アリシアの命令を受け、巨大な盾となり迫る炎からカルラ達を守った。
「ナーイス、シアちゃん!」
「おお……やるな金髪のお嬢ちゃんも!」
血の盾を前に、マーズは眉間に皺をよせジッと観察した。
「吸血鬼にそんな力はなかったはず……貴方『鮮血の勇者』アリシア・ツェペシュね。どうやって血を操っているのか、どこまで血を操れるのか、ああ興味が湧いてしかたない」
「ひっ!」マーズの舌で唇を舐める仕草に、アリシアはゾッと全身に寒気を覚えた。
「ウィザードは帝国に来る以前は青の王国にいた。元《六色》【灼熱】のマーズ・メイリッチって通り名だったはずだ」
「マーズ・メイリッチ……」
ダーリーの情報に、フィーナが反応した。
秘密を漏らさせたマーズは肩をすくめて見せる。
「あらやだダーリー。口が軽い男はモテないわよ?」
「うるせぇっての。ウィザードの得意とする魔法は炎だ!!」
「んなこた見りゃわかる。弱点とかはねぇのか七帝将?」
「それがわかりゃ俺一人で殺してるっての。胴体や首を斬っても殺せなかった。恐らく何らかの魔法を自分自身に使ってるんだろうよ」
「魔法なら、どうにかなるかもしんねぇなぁ。でも、近づけなきゃ意味がねぇ……」
そう。本体に近づくためにも、他6人のマーズをどうにかする必要がある。困難を極めるだろう。
さてどうするかとカルラが思考し始める直前、
「私にやらせて下さい!」
力強く発言したのはフィーナである。
「私が、マーズさんの動きを止めてみせます」
「「……」」
真っ直ぐ見つめてくる銀髪の少女に、カルラは笑いながら腰の剣を抜いた。
「よっしゃそうと決まりゃ、シアちゃんはフィーナちゃんの護衛。ダーリー俺達は前衛だ。奴の注意を引き離すぜぇ〜!!」
作戦を告げるや否や、カルラはマーズの元へ走り出した。その表情はどこか嬉しげだった。
遅れてダーリーもカルラの背中を追いかける。
「大丈夫なのか?」
「あの子は最強の魔法使いが唯一弟子にした女の子だ。心配はいらねぇよ」
「それより――」とカルラは言葉を続ける。
「俺達が心配しなきゃいけねぇのは、フィーナちゃんの詠唱の時間を稼げるかどうか、だっ!」
その視線の先で、薄く微笑む赤髪の魔女が、魔法を発動した。
マーズ・メイリッチ。どこかで耳にした名だった。
たしか青の王国を案内してくれた女の子ティファが、熱く語っていた魔法使いの名前だった気がする。
まるで自分の誇りのように、ティファはマーズを尊敬していた。
だからこそ。自分がマーズを止めなくてはいけないとフィーナは思った。
同じ魔法使いとして、そして友達のために。フィーナは今ここでマーズを撃たなくてはならない。
目を閉じ、意識を集中する。
周囲に漂うマーズの魔力との干渉、まずはそれを遮断する。
「―――」
その些細な変化を、マーズは感じ取っていた。
そしてすぐに対処しようと分身の魔法をフィーナに放つが、アリシアがソレを許さない。
「……」
フィーナは己の内に意識を向ける。
最強の魔法使いであるマーリンに教わったことと、最強の勇者であるアイシャに習ったことを、この場で組み合わせる。
「うっ……!!」
自身の中で暴れる魔力を、コントロールしていく。
1つ間違えば暴発。集中が切れれば無駄に魔力を消費するだけ。
大丈夫。私は今まで精一杯魔法を練習してきた。だから私ならできる、と言い聞かせる。
イメージは凪の水面――。
「――私はこの世の安寧を願う者」
「「―――!!」」
途端。部屋中にいる全員が感じとった。
マーズに支配されていた魔力が、新たに発生した魔力によって押し返される。
上位が最上位に至るための第一条件。空間支配。魔法領域の展開。
「……まさかその年で、最上位の領域に足を踏み入れようとしてるの?
……面白い。いいわお嬢ちゃん。魔法の先輩として、この《六色の魔女》灼熱のマーズが相手になってあげましょうっ!」
嬉々とした表情。マーズの本体もまた、フィーナと並び詠唱を開始した。
「天地万有に宿る、大いなる力の根源よ。
森羅万象を司る、大いなる力の理よ。
安寧を願いし私の呼びかけに応え、全てを白く染め尽くさんとする力を与え給え」
「――我はこの世の知識を貪る者也。
天地万有に宿る、大いなる力の根源よ。
森羅万象を司る、大いなる力の理よ。
知識を求めし我が呼びかけに応じ、全てを朱く焼き尽くさんとする力を与え給え」
部屋中の魔力が波となり、互いを食い潰さんと荒れ狂う。
「おいおいおいおいやばいだろ、この魔力濃度は!?」
「シアちゃん盾盾盾えぇぇ!!」
マーズの分身が消滅し、同時にカルラとダーリーが後退しアリシアの盾の影に滑り込む。
「世界を焦がす『灼熱』の力を――」
「世界を凍らせる『氷河』の力を――」
魔力が最高潮に達したその瞬間。両者は魔力に名を与えた。
「最上位獄炎魔法
〝大地を焼き焦がす灼熱の龍〟!!」
「最上位氷極魔法
〝大海を凍て尽かす氷河の鷹〟!!」
灼熱を纏う炎龍と氷河を撒き散らす氷鳥。2匹の獣が世界に顕現した。
それは神秘的な光景だった。
マーズのいる空間は炎龍の熱気により燃え盛り、フィーナのいる空間は氷鳥の冷気によって凍り付く。
まるで境界線が敷かれたように右と左で世界が異なっているようだ。
「はぁ、はぁ……できた、私にも……」
初めての最上位魔法発動により、魔力欠乏症一歩手前、肩で息をするフィーナ。
「まさか本当に最上位を完成させるだなんて……末恐ろしい子」
緩んだ頬を引き締め、眼前の氷鳥を威嚇する炎龍に向けマーズは高らかに宣言した。
「世界を焦がしなさい、ノヴァ――ッ!!」
『グガァァァァァアアアアアッ!!』
相対するフィーナもまた、主の命令を待つ氷鳥に向け言葉を放った。
「お願いフィンブル、……私に力を貸して下さい!!」
『ピュアァァァァアアアアアッ!!』
2匹の獣が吠える。龍と鷹の咆哮は帝国中に留まらず、闘争を繰り広げる騎士や魔族達を震撼させた。
そして遠く離れた地リントブルム、ミーティアにいる2人の師もまた、爆発的に高まった2つの魔力の余波を肌に感じ取っていた。
「これは……まさかマーリンの弟子か?」
「……そうか、フィーナくん。おめでとう」
炎を纏う龍と、氷を撒き散らす鷹が激突する――、直後。
空気が悲鳴を上げ、空間が軋む。
互いを喰い殺さんと衝突しその身を削っていく2匹の獣。力の均衡。初めのうちは互角かと思われたが、微かに氷鳥が押され始めた。
「魔法同士の合戦に置いて重要視されるべきは、熟練度、属性相性、魔法の質、そしてイメージ。
バルファーはかつて海を蒸発させたと語り継がれる神龍よ。氷なんて溶かし尽してあげるわ!!」
マーズの魔力が更に高まり、フィーナを襲う。
「きゃ――ッ!?」
プレッシャーに後退し、足元を取られ転倒しかけたフィーナ。
その小さな背中に、そっと手が触れた。