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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第1章 裏切りの聖王
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第13話 魔王の意向

 厳令――これは黒の王国において最も優先される法律だ。

 第3級厳令から第1級厳令まであり、弱肉強食の掟は最も軽い第3級厳令に分類される。

 そして、1番重い第1級厳令。これが発令されたのはつい2年前のことだ。白の王国が突如として黒の王国に攻め入って来た時に緊急で発令された。

 つまり、今回の厳令はそれほどまでに重要なものである。



 俺達は城に到着した後、玉座の間を目指した。

 城に入るのはこれで2度目だが、通路が複雑に入り組んでおり、俺とリヴィアだけならば確実に迷子になっていただろう。


 数百段ある螺旋階段を登り、通路を少し歩くと目の前に巨大な鉄の扉が見えた。

 黒1色の扉には華美な装飾が施されてあったが、驚くべき所はその大きさだ。巨人が背伸びをしてくぐっても余裕があるほど無駄にでかい。


 扉の前までくると、改めてその迫力に息を呑んだ。俺はそっと扉に右手を添える。鉄の冷たさがひんやりと気持ちいい。そのまま力を込めた。だが。扉はピクリとも動かない。


「お?」


 後ろにいる二人の少女に気づかれぬよう魔力(リア)を込め、俺はあらん限りの力で扉を前へと押すが、扉は全く開く様子がない。

 これだけの大きさの鉄扉なら、それに比例する程度に重いのだろうと思ったが、見込み違いだった。扉は見た目以上に重い。

 俺は左手を添え、扉を破壊するつもりで押すが、ミシミシと音を立てるばかりで、一向に開く気配がなかった。いや、ミシミシと音を立てているのは俺の手首かもしれない。


「何をしてるんだ?」


 リヴィアが不思議そうに訪ねてきた。


「いや、この扉案外重くてだな」


 女の子2人の前で情けない姿は見せたくない。だが、今度はアリシアが申し訳なさそうに言った。


「ヴィレンくんあのさ。その扉、押すんじゃなくて、引くんだよ?」


「へ?」


 押スノデハナク引ク?


 俺扉を押すのを止め、言われた通り引いてみた。すると。


 ギギィと音をたてゆっくりと扉が開いた。


 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になるが、扉の内側のピリピリとした空気を感じ、気を引き締め玉座の間へと俺は足を踏み入れた。


 視界に広がるのは広大な空間だった。床は一面黒曜石でできおり、天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられている。

 そして目の前に8人ほどの人だかりがあり、その中の1人が俺達に手を振っていた。


「レンレーン!」


 金色の髪の魔人。俺達と共にここに呼び出された、3人目の勇者(ブレイブ)カルラであった。


「カルラくん!」


「お、シアちゃんも一緒だったのか!」


 アリシアとカルラが互いに親交を深める中、しかしリヴィアだけは何もしゃべらずただ一点だけをじっと見つめていた。


「リヴィア?」


「・・・・・・」


 聞こえていないのか、わざと聞こえないふりをしているのか反応がない。

 気になって視線を辿ろうとしたとき、俺は遅まきに気づく。

 リヴィアはカルラを睨みつけているのではなかった。彼女の視線の先にいるのはカルラではなく、その集団の中からこちらを睨みつけている白いローブを纏った銀髪の男だった。


「なんで、お前がここにいる?」


「いやいや、俺も一応勇者だかんな?」


 俺がボケをしたと勘違いしたカルラのつっ込みをガン無視し、俺はその吸血鬼を真正面から睨みかえした。


「――エルザベート・ブラッド」


 あの集団の中にいるということは、つまりそういうことなのだろう。


――まさかあいつが幹部だったとは……。


 2年前の大戦の時は確か、貫禄のあるおっさん吸血鬼が幹部として参加していたはずだ。だが、エルザベートがここにいるということはどうやらあのおっさんはエルザベートの父親で、この2年で息子であるあいつが幹部の座を受け継いだとみて間違いないだろう。


「――ようやく揃ったようだな」


 声は頭上から降ってきた。

玉座の間の最奥。そこには20数段ほどある階段があり、中段付近に左右3つずつ椅子が配置されており、そこには老魔閻(ろうまえん)と呼ばれる6人の年老いた魔族が座っていた。

 その老魔閻をこえ、階段の頂上に豪華な椅子が1つ設置してある。それに腰掛けるのは、退屈そうに頬杖をつき、足を組んでこちらを見下ろす1人の魔族。

 頭からは2本の角が生えており、薄く開かれた赤い眼から放たれる"死"の香り。

 ただ椅子に座っているだけだと言うにも関わらず、圧倒的なプレッシャーを放つ"それ"は。黒の王国に存在する4人の勇者の1人にして、現黒の王。

 魔王バロル・ヴァルツァーク――。


「既に知っている者もいるとは思うが、今回お前達をここに集めた理由はほかでもない。昨日、白の王国の勇者並びに『聖王』レオボルト・レイジングが不殺の誓いを破り、8人の吸血鬼、そして幹部であるセレスとディルモットを殺めた件についてだ」


 バロルは、組んだ足の横にある巨大な釜のようなものを擦りながら、静かに言い放つ。その言葉には、怒りの感情が隠すことなく現れていて。

 隣にいるリヴィアが俺に頷きかけてきた。どうやら街中で耳にした噂は本当だったようだ。


「我ら黒の王国は白の王国との大戦を決断した」


 俺は息を呑んだ。恐れていたことが実現しようとしている。


「――故に、貴様ら勇者には魔族の軍の指揮を取ってもらい、幹部の者には先鋒を任せる。大戦の日付は後ほど伝える。

 ――以上だ」


 それだけだった。早く帰れと言わんばかりにこちらを見下ろす魔王。誰も口を開かない。幹部の連中が早々とこの場を去ろうとする中、俺は静まり返った玉座の間に声を響かせる。


「ひとつ聞いてもいいか?」


 何を言っているんだこの馬鹿は、という視線が周囲から向けられ、バロルの赤い瞳が俺の姿をとらえた。


「・・・・・・なんだ、申してみよ」


「大戦を決断したと言ったが、それはどうやって決めたのか、聞いてもいいか?」


「我の独断だ。議論の余地はない」


 そう言いきったバロルの口元が微かに緩む。


「それとも、我の決断に異議を申し立てる者がいるとでも言うのか?」


「少なくとも俺は賛成できかねないな」


「ほう。それはなぜだ?」


「なぜってそりゃあ、あんたの独断だからに決まってんだろ」


「面白いことを言うな永久の勇者よ。――我は黒の王国を統べる魔王であるぞ」


 なんというプレッシャーだろうか。バロルから放たれる魔力(リア)の圧力に、身体全体が軋むようだ。


「それは知ってるよ。俺が言いたいのはそんなことじゃない。俺が知りたいのは・・・・・・他の『王』たちの意見はどうなんだということだ」


「他の王達の意見など聞く必要はあるまい。なにせ、今回不殺の掟を破ったのは白の王当人である。これが何を意味するか・・・・・・我々への宣戦布告だ」


「だが、突然白の王国が不殺の誓いを破ったのは何でだ? こんなことをして、一体何になる?」


「何が言いたい?」


「これは俺の推測だが、他の王達は大戦をすることを迷っているんじゃないか?」


「ほう。そう思う根拠はなんだ?」


「これも推測でしかないが、不殺の誓いは天使と戦う上で、戦力を減らさないようにするための対策だった筈だ。つまり今白の王国を潰すことは、天使との戦いに置いて重要な戦力を失うことになる。だから他の3国は迷っている。違うか?」


 バロルは頬杖をついている手を額に当て笑った。


「クククッ。その通りだ永久の勇者よ。貴様の言うとおり他の王共は迷っている。

 だがな、もしこれが重要な戦力を失うからと言う理由で、白の王国の罪を無かったことにした場合、全ての法は意味を失い、これから先同じ事が幾度となく繰り返されるであろう。何故なら、口先だけの法に従う愚者などおらんからだ。

 そして、もし今回の件を無に返した場合、我らは5ヶ国条約を破棄して白の王国を滅ぼす。まぁ、掟を介しても介さずとも、我らが白の王国を滅ぼすと言う事実は変わらんのだがな」


 指の隙間から見えるバロルの眼からは、本気だと言うことがヒシヒシと伝わってくる。

 だから俺は、上から見下ろす魔王の眼をしっかりと見返して、堂々と宣下した。


「そうか。なら俺は、今回の大戦への参加を拒否する」


「ちょっ! ヴィレンくん!?」


 アリシアが驚きの声を上げた。リヴィアとカルラはまるで俺がそう言うと分かっていたかのように笑っている。

 バロルも額から手を離し、また頬杖をしながら楽しそうに笑った。


「おい貴様! いったい誰に向かって口を利いているのだ!? あまり調子に乗るなよ劣等種風情がっ!!!」


 今まで黙っていたエルザベートが突如として怒声を上げた。エルザベートは激情に任せ、腰のレイピアを抜き放つと、その切っ先を真っ直ぐに俺へと向けた。

 その場の空気が一変し、不穏な雲行きになりかけた、が。


「劣等種、か。そこの吸血鬼よ。貴様はそ奴の実力を知っているのか?」


 バロルの一言で不穏な空気が四散した。

 エルザベートはバロルに話しかけられた喜びに、瞬時に膝を折り頭を垂れる。


「もちろん存じておりますとも、我が王よ。この程度の落ちこぼれ勇者が1人欠けた程度で、我らが戦力にはなんら問題はございませぬ。なんなら今ここで、そこの劣等種の首を跳ねる許可を頂きたく存じ上げます」


 バロルはエルザベートの自信に満ちた回答に、頬杖をしている手で目元を抑えた。


「そうか。永久の勇者が落ちこぼれと。そうか、そうか……」


「どうかなさいましたか、我が王よ?」


「確か、貴様はブラッド家の者よな?」


「私如きのことを覚えていて下さるとは、至極光栄にございます!!」


「貴様の父、ウラド・ブラッドは頭の切れる強者であった。2年前の大戦においても、あ奴の活躍はかなりのものだったと聞く」


「はい。私もその父上を見習い、少しでも我が王の役に立てればと日々研鑽を積んでございま――」


「――故に。残念でならない」


 バロルはエルザベートの言葉を切り、短く嘆息してから肘掛けに置いていた左手を軽く持ちあげた。

 そして、手首を軽く下に傾けた。


「なっ――!?」


 瞬間。エルザベートに巨大な圧力が降りかかる。先ほどとは比べ物にならないほどの、それこそ呼吸ができなくなるほどに強大な圧力が。


「よく聞け吸血鬼の。もし永久の勇者が次の大戦に参加しなかった場合、我ら黒の王国は敗北を期すこととなるだろう」


「――がっ……あぁ!!」


 エルザベートは跪きながら両手を絨毯につくが、耐えきれず肘をつき四つん這いのような態勢となった。


「全く。ウラドには飽きれて言葉も出ぬわ。息子と言えどもこのような痴れ者を幹部に据えるとは・・・・・・。貴様のような愚か者が幹部にいては、他の幹部も無能だと思われてしまうだろう。恥を知れ」


 バロルはエルザベートの状況など全く気にかけずに淡々と告げた。


「申し訳、ございません……我が王よ! 私が……愚か、でした……」


 エルザベートは途切れ途切れも言葉を紡ぎ、心にも思っていない謝罪を口にする。


「次にくだらぬ戯言を述べた場合、その首を跳ねる。よく心に刻んでおくのだな、――劣等種よ」


「かはっ! はぁ、はぁ……」


 エルザベートが圧力から開放され、その場で大きく肩を上下させながら呼吸をした。


「永久の勇者よ。これで、我が貴様にどれほど期待をしているかがわかってもらえたか?」


 バロルはにやりと笑う。


「少し過大評価がすぎる気がするけどな」


 俺も釣られて、というより単に頬が引きつる。


「これでも大戦には参加しないと申すか?」


 先程断ったばかりだと言うのに、この魔王は見た目以上に頑固らしい。


「戦ってもいい。・・・・・・ただし、1つだけ条件がある」


「なんだ? 申してみよ」


「聖王に関しちゃよくわからんが、少なくとも幻想の勇者はなんの理由もなしにこんなことはしねえよ」


 言いきった。たかだか一度剣を交えただけの関係なのに、俺は断言してしまった。何故だかわからない。そんな理由を立てれば、大戦を延期できるかもしれないと思ったのか。それとも・・・・・・


「きっと、何か理由があるはずなんだ」


 そう信じたかっただけなのかもしれない。


「俺は聖王が不殺の誓いを破った、本当の理由を確かめに行く。それを確かめた後なら戦ってやるよ」


 白の王国が掟を破った以上、犠牲がでることは避けられないが、できることならその被害は小さくしたい。


「掟を破った奴らがそう簡単に話を聞くとは思わんが、何か他に手段があるとでもいうのか?」


「まぁな」


「そうか、なら1ヶ月やろう。1ヶ月経つか、白の王国が我が国に攻めてきた場合、貴様は我に従い大戦に参加すると誓うのならな」


 存外話の分かるやつだと、俺の中でバロルの評価が上がった瞬間だった。


「あぁ。了解した」

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