第137話 マッチの灯
「俺はお前のことが好きだ、リヴィア」
不思議と恥じらいはなかった。恐怖もない。今まで心配していたことがバカみたいに、心の奥がスッとする。
「レ、ン……」
リヴィアは口を空け、目を丸くしていた。
見る見るうちに顔が赤くなっていき、そして――リヴィアの感情が爆発した。
「おまえはバカか! バカなのかっ!? 時と場所を考えて言え!!?」
「――――」
「何がおまえのことが好きだ、だ!? ふざけるな!!」
「――――」
「私とおまえはただの契約関係でしかない! 神器と所有者の関係だと、お前が言ったんだぞレンッ!?」
「――――」
「あの時、おまえは私ではなくアリシアを取った。おまえは私を裏切った。それがおまえの答えなのだろう!?」
「――――」
「なのに今さら……私が好きだと……ふざけるのも大概にしろ!」
「――――」
「黙ってないで何か言ったらどうだッ!?」
リヴィアの瞳は怒りに揺れていた。
猛るように猛烈な豪炎ではなく、凪のように静寂な蒼炎でもない。
酷く悲しい黒紫色の瞳をしていた。
それが美しいと思ってしまう俺はどうかしているのだろう。
「お前に初めて会ったあの日、子どもながらに目を奪われたよ」
そう。どうかしたのはきっとあの日――、
「こんなにも美しい女神様が、この世界に存在するんだってな」
「―――ッ」
リヴィアの頬が微かに引きつる。
「世界で1番可愛い女はフィーナだがな。世界で1番美人な女はリヴィア、お前だと俺は思ってる」
「………めろ」
リヴィアの口元が微かに動く。
「俺は弱い。どうしようもないくらい弱い。そんな俺を支えてくれたのは、お前だけだった」
「………やめろ」
リヴィアの瞳が微かに潤む。
「いつだってそうさ。俺が壁にぶち当たった時。俺が限界に打ちひしがれた時。俺が決断に立ち止まった時。必ず俺を支えてくれたのはお前だよ」
時と場所を考えろ。確かにリヴィアの言う通り、こんな場面で吐露する言葉ではないし、雰囲気など無いも同然だ。
それでも俺は、リヴィアの瞳を真っ直ぐ見つめ、笑っていた。
「だからこれから先も、隣で俺のことを見ていて欲しい」
「――やめろっ!!」
悲痛な叫びが、部屋に反響した。
泣きそうな瞳で、リヴィアは呪符の中で己の身体を抱き締める。
爪痕がつくほど強く、まるで恐怖に対抗するかのように掻き抱く。
「やめてくれ……これ以上私に、期待させるな……」
首を振るリヴィアの、揺れる髪の隙間から覗く瞳は震えていた。
「私達神とおまえ達人間の時間は違う。悠久を生きる私達からすれば、おまえ達の寿命など、……たかだかマッチ1本分の些細な時間でしかないんだ……」
「ならその1本で俺はお前の心に火を灯してみせる。いくら時が経とうが色褪せない、不滅の炎を灯してみせる」
そのためにも俺は、ここで敗北するわけにはいかない。
俺達の会話を黙って聞いていたダーリーが静かに口を開いた。
「期待は毒だ。期待すればするほど、裏切れた時にそのツケが回ってくる。
だからもう、期待させてやるな。ここでお別れなんだから。それ以上の言葉は余計彼女を傷つけるだけだぜ?」
直後ダーリーの纏う雰囲気が変わった。
「思った以上にめんどくせぇから本気で行かせてもらうとするわ。死ぬ気でかかってきな。永久の勇者」
ゆらゆらと漂うオーラではなく、言葉通り魔力が研ぎ澄まされていくのを感じる。
「賽は投げられた」
「―――!!」
その言葉を合図に、俺は迷わず疾駆した。
魔法で焼かれた傷が悲鳴を上げるが無視し、床を踏みしめ風となり駆け抜ける。
視界の先で、マーズが残念そうにため息をつき、ダーリーがショーテルを構え、リヴィアが何かを叫んでいた。
右手に持つ剣を逆手に、魔法を詠唱しようとしているマーズに向け投擲。
実質ダーリーとの1対1である。
ダーリーの射程に入った途端ショーテルが鈍く光った。
音を置き去りに。光を断つ一閃。
宣告通り、ダーリー渾身にして本気の一撃である。
ダーリーの刃は、一寸違うことなく標的を両断した。
「は―――?」
マーズの間抜けな声が、部屋に響いた。