第136話 告白
外傷はない。反応から見て恐らく精神も健在だろう。
少女の無事にヴィレンは心から安堵した。しかし同時に、なんと声をかけていいのか考えてしまう。
思い返せばリヴィアと最後に言葉を交したのは、アリシアとの結婚。ヴィレンの弱音。そしてリヴィアの憤怒。絶望。
「…………」
躊躇うヴィレンを横目に、最初に行動を起こしたのはマーズだった。
「――なっ!?」
「リヴィアッ!!」
リヴィアの隙を付き、その華奢な身体を呪符で拘束する。
「貴様どういうつもりだ……?」
「どうもこうも私は帝国の魔女。感動の再会に水を指すのは悪いけれど、貴方を差し出すわけにもいかないのです」
浮遊魔法でリヴィアを背後の壁に固定して、マーズは床に転がっている男を垣間見る。
「いつまで寝ているつもりロード?」
男――ダーリーが嫌々壁の残骸の中から立ち上がり、服についた瓦礫を掌で払う。
「や〜面目ない。神器のない勇者なんてただのガキかと思ったんだがなぁ……どうやら読み違えたらしい」
「………」
あ〜めんどくせぇと愚痴りながらも、曲刀を構え直すダーリーを横目に、マーズは部屋の奥から漆黒の闇珠を取り寄せた。
闇珠を横目にするダーリーと、嘘偽りのないことを確認するマーズ。
当然だ。ダーリーが嘘をつけば制約による代償が発動する。
余裕と思える仕草行動、その会話の端々にも、2人からは警戒の色が滲み出ており、ヴィレンは安易に斬りかかれずにいた。
「待ってろリヴィア。今助ける」
「気をつけろレン奴は七帝将だ!」
再優先事項はリヴィアの奪還。
立ち塞がるは2人の七帝将。大きな壁だ。
リヴィアを使ってでさえ、この2人を相手取り勝てるという自信はない。
にも関わらず、果たして自分は超えられるだろうか、という心配が不安を引き寄せる。
違う。超えるかどうかじゃねぇ。超えるしかねぇんだ。
握る剣に力を込め、弱気を拭い去る。
上等だ。これ以上ない相手じゃねぇか。
強引に頬を吊り上げる。
「面白ぇ……!!」
瞬間的に足裏、脹脛に魔力を集中しヴィレンは動いた。続いて魔力が筋肉を伝達し加速する。
ここ数日の鍛錬と帝国兵との戦闘で、コツを掴んだヴィレンの魔力操作は一段階進化している。
加速したスピードを全て剣に乗せ全力で剣を振るう――が、しかし流石は七帝将。
ヴィレンのスピードに対応し、尚且つ剣戟にも応じて見せる。
「俺はなにも面白くねぇってのっ!」
本心からの嫌顔に、ヴィレンは苦笑した。と、すかさず距離を開ける。
直後。元いた場所が盛大に爆ぜた。そしてダーリーがちょっと巻き込まれた。
「う、をほぉっ!? ウィーザードてめぇ殺す気かぁっ!?」
「あなたはこの程度で死ぬタマじゃないでしょう。それにちゃんと避けれてるじゃない」
「掠ってるわ。ここちょっと焦げてんの見えねぇ!?」
「見えないわ」
「うひょぉっ!?」
連携も何もなっていない様子を見て、ヴィレンの中に少しの余裕が生まれる。
心に余裕を持つことは大切だ。
余裕があれば周りが見える。
周りが見えれば微かな変化、微妙な動作にも警戒が敷ける。
熱くなりすぎてはダメだ。感に頼りすぎてはダメだ。
常に1歩引いた状態で冷静に対処する余裕を持たねば、正気を逃してしまう。
「ははっ。騒がしい連中だな。同士討ちしてくれりゃぁ助かるのによ」
「本心が口に出てんぜおい勇者」
敵と軽口を交わす余裕があれば尚更いい。また、戦闘に置ける一興とも言えるだろう。
しかしかと言って、余裕が過ぎれば油断となる。
油断し一瞬の集中の欠如が死を招く。
「――ッ!」
「余所見しちゃダメよ?」
ダーリーをエサに、マーズの魔法がヴィレンを襲う。
マーズの長けた魔法の才能。彼女が得意とするのは炎魔法。灼熱の業火。
吸い込む空気で喉がヒリつく。
闘いの場が地下の空間であり、既に酸素が枯渇していてもおかしくはないのだが……恐らくマーズが魔法の2重行使で二酸化炭素濃度を下げ酸素を供給しているのだろう、呼吸について心配する必要性はないようだ。
……にしても猛火の矢槍、業火の糾弾、その威力と精度のなんと恐ろしいことか。
触れただけで肌は焼け焦げ、直撃すれば灰も残らないだろう。
かと言って、ダーリーの警戒を下げる訳にもいかない。
一見ちゃらんぽらんとしているが、ヴィレンの攻撃全てに対応し得る技量を備えている。
しかし。そんなことを言っていては絶対に勝てない。
攻め切れず、次第に増える傷。時間と共に消耗する体力。
危険を侵してでも……いや、勝つために危険を犯す必要がある。
「くそ、らちが開かねぇっ!!」
しかし。ダーリーの横を上手く抜けようとするも、やはり彼が見逃してくれるはずもなく、
「あーあ。焦ったな」
とまぁこんな感じで。
「上位火炎魔法〝降り注ぐ炎雨〟」
ヴィレンの頭上に出現する無数の魔法陣。戦慄する間もなく炎の熱線は絶え間なく降りしきる。
直撃した炎雨が床を焦がす鈍音。
閉鎖空間に置いてヴィレンにもはや逃げ道はない。ならば――とヴィレンは突貫した。
床を踏みしめ、雨の中を強引に突き進む。
「ズッ――!!」
だが。炎の雨全てを避けきれるはずもなく、左肩、右脇腹、と容赦なく雨がヴィレンの体躯を焼き穿つ。
「レン――ッ!!」
見るに耐えぬその様に、堪えきれずリヴィアの整顔が悲痛に歪む。
ヴィレンは止まらない。
「――ッ――らぁッ!!」
雨の射程を抜けたヴィレンが猛声と共に剣を振る。その必死の形相に、ダーリーの表情は引きつり、初めて彼が力で押し負けた。
「はっは、マジかよ。最ッ高にめんどくせぇ……」
「厄介だわ。流石は破壊神様が見惚れた男ね」
「そりゃ……そうだろ……」
全身を真っ赤に染めながら、ヴィレンは不敵に笑って見せる。
「好きな女の前で、カッコワリィとこは見せらんねぇだろ……?」
大丈夫。俺は負けない。だから、そんな顔をするな、と。
今にも泣き出しそうな少女を見つめ、ヴィレンは言った。
「俺はアリシアと結婚する。でもそれ以上に、俺はお前のことが大切なんだ。俺は、お前のことが……」
少年が何年も言葉にできなかった想いは、思ったより簡単に、少年の口から滑り落ちた。
「――好きだ、リヴィア」