第128話 動き出す赤と黒
カルラ達が持ち帰った情報は、すぐに5大国全土に広められた。
赤の王国が騎士を従え進軍し、黒の王国もまた魔族の軍隊が動き出した。
かつての大戦を彷彿とされる、全面戦争へ向けて。
「シャドウめ……この大事な時期にしくじりおってっ!!」
額に血管を浮き立たせたケトゥースが、色の薄い顔を真っ赤に染めて憤怒を現に唾を飛ばす。
シャドウの死が伝わり数日後の幹部会議である。
「ロード。見張りは貴公の役目ではなかったか?」
おもむろに口を開くユリウス。その話題にケトゥースが喰い付く。
「ソードの言うとおりじゃッ!! なぜお主が見張りをしていなかったのじゃロード!?」
円卓を拳で叩き付けるケトゥース。無言を貫き一人顔を俯かせるダーリーに、周囲の眼差しが集まる。
顔を上げることなくダーリーは一言「……すまない」。言い訳も訂正もなかった。
「すまぬで済まされるわけなかろうッ!?」
眼を剥くケトゥースをなだめるように、今度はアイシャが口を開いた。
「まぁまぁ落ち着きなさいよ元老帥。頭に血が登ってぽっくり逝っちゃうわよ?」
まぁそうなったらそうなったらでゾンビ化の実験体にできるのだけれど、と艶かしく舌なめずりするアイシャに悪寒を感じるケトゥース。結果的に冷静さを取り戻した。
「ククッ。シャドウが遅れを取るとは中々骨のある者もいるようだな」
こっちはこっちで戦闘狂が雄々しく舌なめずりする。
気の狂った連中を横目に、一度咳払いしたケトゥースが仮面を被った男に声をかけた。
「ところでジョーカー。戦況はどうなっているのじゃ?」
「赤ノ王国ヨリ紅焔騎士団団長フウガ・ドラグレク率イル10万ノ騎士団ガ山脈ヲ渡リ進行中。
南カラハ魔族ノ軍隊ガ進軍中。ソノ数約20万。軍ヲ率イルハ魔王軍幹部【百足】シャム・トイガー。【壊獣】バルガー・ベッドヲ筆頭ニ、《永久》《鮮血》《不死》ノ勇者3名モ加ワッテイルトノコト」
男か女かも分からぬトーンとカタコトの言葉は、意図してやっているのだろう。個ではなく数で動く道化の方針と言ったところか。
ジョーカーの報告を受け、ゼストが高らかに笑い声を上げる。
「グハハハハハッ! 来たかバルガー! 魔族はこの俺〝牙〟が受け持とう!」
高機嫌の鬼牙の意見に逆らう者はいない。
いいだろう、とケトゥースが次にダーリーを見据えて言った。
「紅焔騎士団はロード、お主が片付けよ。失態を取り返すのじゃ」
しかし。
「――待て。紅焔騎士団は私がもらおう」
ケトゥースの判断に異論を唱えたのは、口数の少ない騎士である。
「――ッ。ワシの聞いていなかったのかソード!? ロードに任せると言ったのじゃ!!」
「聞いていたとも。しかし紅焔騎士団は私の獲物だ」
断固として譲らぬ姿勢を保つユリウスに、ケトゥースが歯を鳴らす。
立場上元老帥のポジションは帝王の次。プライドの高いケトゥースにとって、自分の発言を否定する行為に目を瞑るわけにはいかなかった。
「――いいではないですかケトゥース。せっかくユリウスがやる気を出しているのですから、任せてみては」
響き渡る第三者の優声。〝勇者〟ユーキである。
ケトゥースのつり上がった眉がハの字に変化し、顔から血の気が収まっていく。
ユーキはケトゥースが認める数少ない人物の一人である。
「し、しかしブレイバー……」
チラチラとユリウスの方を垣間見るケトゥースを横目に、ユーキは優しく――それでいて異論を許さぬ声音で――問うた。
「失敗は許されないよソード?」
ニコニコと笑うユーキに対し、ユリウスは曇りのない瞳で視線を交わす。
「わかっている」
その答えに満足し、ユーキはパンと手を鳴らす。
「それじゃ、決まりだね。北はソード。南はファング。守にロード」
口早に会議を集結へと誘うユーキを不審に、ケトゥースが質問を投げた。
「ではブレイバーは?」
ケトゥースの質問はその場にいる誰もが感じたことだったが、
「僕はちょっとやることがあるからね」とだけ言い、微笑んだのだった。