第123話 魔剣vs夢刀
ウィーの記憶の中にあるシュナは確かに強かった。
10年前。5人の忍の精鋭〝影〟に選ばれた彼女の実力はウィーが一番よく知っている。まだ若く成熟仕切っていないものの、将来を感じさせる可能性が、伸び代が、才能があった。
研鑽を積めば、いずれ彼女も………。
しかし。現実として、シュナの成長はウィーの想像の遥か上をいっていた。
ウィーとカルラ、2人同時に相手して未だ余力のあるシュナにウィーは奥歯を噛みしめる。動揺せざるを得ない。
カルラがまだ本調子ではない――神威の代償に捧げた触覚の喪失に身体が慣れていない――にせよ、どれだけの鍛錬を積めばこの域まで達するのだろうか。
この10年で、いったい彼女の身に何があったというのだろうか。
「考え事なんかしてないで、アタシに集中しなよ棟梁。でないと、死んじゃうぜ?」
逡巡し思考を巡らせながら戦うウィーに呆れを来たし、シュナの動きがまた一段階速くなる。
「――う、ぉっとッ!?」
眼前に迫ったシュナの短刀が、ウィーの首を刈ろうと振るわれる。
「よそ見してんじゃねぇよチビ助!!」
ギリギリのところでカルラの紫色の魔剣がシュナの太刀を弾いた。
さーせんと謝るよりも早く、今度は遠方から3本の矢がシュナに向け放たれた。
2本を弾き、嫌な角度から狙う最後の1本を、距離を取って躱すシュナ。
その軌道とタイミング。殺気の乗った魔力からは、リーサが本気でシュナを仕留めにかかっていることが分かる。同時に本気で殺れと後方でシュナがウィーに憤っていることも察せられる。
たった一撃だ。たった一撃さえ当てられれば、魔力を通し神器の力で相手の動きを縛ることができる。しかしカラクリを知っている元同僚に警戒され、両手の短刀で全て防がれる。
シュナの眼光がウィーの後方。リーサに向けられた。
「――チぃッ。鬱陶しいアーチャーだな。やっぱアッチから片付けるか」
強い口調とは裏腹に、女は楽しいとばかりに唇をニヤけさせる。
その艶めかしさに背筋が震えるようだ。
言うよりも早く、シュナは行動を起こした。
両手に装備していた短刀をカルラとウィーに投擲し詠唱を紡ぐ。
瞬時にウィーは後方へ距離を取ると同時に、シュナが行使しかけている忍術と同様のを繰り出した。
「「甲賀流忍術 陽之書 第伍拾玖節 秘伝《風撃》」」
術の発動時間はウィーの方が早い。シュナよりも長生きし技術を磨いた結果だ。
ほぼ同時に放たれた風の衝撃波。濃霧を微塵に晴らしながら双方に迫る。
互いに同じ術。威力は忍術も得意としていたウィーの方が上――良くても相打ち程度だろうと、ウィーはそう判断していたが、
「や、……まじっすか?」
術の交わりは一瞬。シュナの忍術がウィーの忍術を上回り、破殺し。風の衝撃がウィーの身体を突き抜ける。
術の交差によりだいぶ威力が相殺されているとはいえ、衝撃にウィーの小さな身体が宙を舞う。
彼女の飛来する後方には巨大な峡谷が口を開けていた。
空中で何の身動きも取れないまま、ウィーは峡谷の闇に呑まれた。
ウィーの姿を最後まで見届けず、リーサの元へと走り抜けていくシュナに、今度はカルラが立ち塞がる。
「行かせるかよっ!!」
紫剣を構え、突進してくるシュナを迎え撃つ。
彼女の手に武器はない。しかしカルラは気づいていた。
シュナの右手の動きに合わせ、カルラも紫剣を振る。
何もない空中で、カルラの紫剣が甲高い金属音を上げ、火花を散らした。
「……へぇ〜初見で防がれたのは初めてだよ」
その光景に一番驚いていたのは、シュナだった。
シュナの所持する《夢刀・幻舞》は、カルラの所持する《魔剣レイヴ》と同じく『捌撤』の一振りだ。
夢刀 幻舞。またの名を〝初見殺し――〟
「――なわけねぇだろ!? こんな危ねえ刀初見で避けれる化物がいて溜まるかッ!!」
カルラは感情のままに叫んだ。
シュナの右手の位置、角度から夢刀の振るわれる軌道を予測し、己の魔剣をぶつける。
言うのは易く行うのは難い。カルラとてシュナのスピードについていくのが精一杯である。
「まるで一度見たことのある言い分だけど……ああ、なるほど。悠久を生きる不死の勇者なら、先代や先々代の使い手とも戦ってるってわけか」
一方でシュナは好戦的な表情を輝かせる。
どこまでやれるのか、どこまで自分を楽しませてくれるのかと。
瞬きの合間にカルラの傷は増えていく。
リーサが放った矢が、カルラの背後からシュナを襲う。
矢を避けようと、射線上から首をズらしたその一瞬を付き、今度はカルラがシュナとの距離を強引に詰めた。
肩に味方の矢が刺さることも気にせず突撃してくるカルラに、シュナはその口元を吊り上げる。
「あっは! いいねぇ。そういう積極的な男は嫌いじゃない!!」
地面を踏みしめ、シュナもカルラとの距離を詰めた。
互いの間合いに入り、2人同時に手にする得物を豪快に振り切った。
「あっはぁッ!!」「うらぁッ!!」
カルラの魔剣がシュナの左腕を切り裂き、シュナの夢刀がカルラの胴体を両断する。
「なにこれ面白〜ッ!!」
痛みはあるが、斬られたはずの左腕がまだ繋がっていることに驚きながら、シュナは軍服の内ポケットに装着してある忍具の中から白い枝を取り出した。
そして振り向き様、カルラの背中に枝の先端を突き立てる。
「あ―――?」
ミチリと異音がしたかと思えば、枝は急速に血液を吸収しカルラの体内で成長を始めた。
「いくら不死だからって特攻しすぎ。油断しすぎ。だから1回、死ねない地獄を味わうといいよ」
両断された上半身が受け身も取れずに地面に投げ出され、カルラは走り去るシュナの背中を目で追った。
「くそっ逃がすよお――ごぼッ、――げほッげほッげほッ!!」
唐突に吐血する。
触覚の喪失した今のカルラには、痛覚が欠落している。だから彼は気づけなかった。
喉を逆行する血に息苦しさを覚えながら、バッと背中を凝視し、今自分の身体に起こっている異変を理解した。
「………くそッ、やられたっ!!」
刺された白枝はカルラの血と水分を吸収し、既に腕の太さ程もある白木にすくすくと育っていた。
それは忍の里に根を張る神樹《ヤドリギの木》から生える枝。
白木は見る見る内に成長し、根を伸ばし、カルラの身体を内側から破壊する。
ぶちぶちっと肌が裂け根が皮膚を突き破る嫌な音に、痛覚を失っていたことに対し初めてカルラは感謝した。