第119話 七帝将
広くもなく狭くもなく。明るくもなければ暗くもない。
帝国軍本拠地〝霧の都〟
その一室で、長方の円卓を囲む錚々たる8人の顔ぶれがあった。
「――なんじゃとシャドウっ!? ツケられていたぁ!!?」
帝国軍元老帥 ケトゥース・バラチアノが嗄れ声をキイキイ鳴らして怒鳴った。
「……ったく。大声出すなってんだクソジジイ。謝ったっしょ?」
帝国軍七帝将"強欲の影"『簒奪』のシュナが耳に指を突っ込み顔を引きつらせる。
「謝って済む問題かぁッ!!」
「グハハハハッ 奴らから攻めて来るなら迎え撃つまで。こちらから出向く手間が省けていいではないか?」
帝国軍七帝将"傲慢の牙"『殺戮』のゼストはニヤリと白く牙を光らせた。
「皆が皆お主のような戦闘狂だと思うなファング!!
欠伸をしているお主もお主じゃロード!! 見張りは何をやっていた!? 何のためにお主を見張りにつけたと思っとる!!?」
「んなら最初からアンタが見張りしてれば良かったことだろ長老〜」
帝国軍七帝将"怠惰の刃"『放漫』のダーリーがめんどくさそうに溜息を漏らすと、ケトゥースが目を見開きダーリーを睨みつけた。
「長老ではない、老長じゃッ!! ……―――間違った老帥!! 元・老・帥じゃ!!」
「あー、めんどくせぇ。細けえこたぁ気にすんなよ元老長」
「ぬぅぅぅぅぅっ、じゃーから!!」
「ねぇ〜。私もう帰っていいかしら? 早く研究の続きがしたいのだけれど」
帝国軍七帝将"暴食の魔女"『無情』のマーズが些末で低俗な討論に呆れを尽かす。
「同意見だ。意義のない会議は時間の無駄だ」
マーズの意見に賛同するのは同じく帝国軍七帝将"嫉妬の剣"『反逆』のユリウスだ。
「…………」
その全てを一歩離れた位置にて無言で静観するのは帝国軍七帝将"色欲の道化"『忠義』のジョーカーである。
室内が一段と騒がしくある(と言っても8割方ケトゥースの声だが)中、1人の少年が会議室に足を踏み入れた。
「ははっ。なんだか楽しそうですね。会話が通路まで丸聞こえですよ」
部屋に入ってきたのは彼らと同じ黒地に金の刺繍が施された軍服を身に纏ったブラウンの髪の少年。
爽やかな笑みを浮かべ、円卓の最奥に鎮座する主に向かい腰を折る。
「ただいま戻りました、我が主」
帝国軍七帝将最後の一人。"憤怒の勇者" 『切望』のユーキ。
「「…………」」
先程の騒々しさがどこへ行ったのやら、彼の登場に際し室内に静寂が浸透していく。
「お、おお……!! よく戻ったブレイバーっ!!」
そんな中、静寂を切り裂きユーキの方に歩み寄るのは元老帥ケトゥースである。
元々プルプルしていた腰をさらに震わせ、口元の頬齢線をさらに深める。
そしてケトゥースは全員の視線の先。皆の意見を代行するように、ユーキに疑問を投げた。
「……して。それが例の"神器ニョルニ……ニョ、……ニョルニル"か?」
加齢のせいか、ちょっと言語障害が来てる老父の問いに対し、笑顔のままユーキは右手に携える大槌を胸の高さまで掲げ――その力を以て解とする。
「「――――!!?」」
雷鳴が轟き、雷が部屋を白く染め上げた。
目を見張る者。口笛を吹く者。広角を吊り上げる者。それぞれが何らかの反応を見せる中で、ユーキの一番側にいたケトゥースは腰を抜かしていた。
尻もちをつくケトゥースに手を差し伸べながらユーキは語る。
「ええ。この騒ぎに乗じ、領域の勇者の結界が緩んだ隙に」
ちらりとユーキの視線がジョーカーを捉える。何を言おう白の王国に赴いたのは彼だ。
「………」
しかし仮面を被り口を閉ざすジョーカーは何を考えているのかわからない。
「よ、よくやった! よくやってくれたユーキ!! これで奴らもお終いよ!! これで帝国は我が手にッ…………エンペラー様の元にぃッ!!」
ユーキに手を借りながら興奮気味に声を貼り、何食わぬ顔で席へと戻るケトゥース。
文面的にバレてないとでも思っているのだろうか。しかし幹部の連中は皆、ケトゥースが言い直したことに気づいていた。しかし彼らは指摘しない。
ケトゥースは自らの席、エンペラーの鎮座する豪華な椅子の隣に移動すると、おっほんとわざとらしく咳払いしてから恭しく頭を下げる(既に腰は曲がっている)。
「では。至高にして、偉大にし、唯一絶対なる我らが帝王。代10代皇帝ルグルス・J・アリュドュ……アルデュビア様より、お言葉を頂戴したく存じ上げます」
何事もなかったように言い直すケトゥースだが、おいケトゥース、お前そこだけは噛んじゃダメだろと皆が内心項垂れた。
「……うむ!」
名を呼ばれて初めて王はこの会議で発声した。この一癖も二癖もある猛者達を従える王である皇帝は、その威厳を以て堂々と椅子の上に立ち上がる。
「時は来た!! 長きに渡り……長きに渡り!! ………えっと、その」
「先祖が紡ぎ夢見しこの瞬間」ボソッ。
「せ、先祖が紡ぎ夢見しこの瞬間!! 帝国が世界の覇権を握る時が来たのだっ!!」
「「…………」」
ケトゥースに耳打ちしてもらいながらも、幼き王は最後まで続ける。
「余に忠誠を誓ってくれた其方らの力を以て、この偉大なる帝国に勝利を――ッ!!」
それぞれがそれぞれの思想思惑を胸に宿す中、全ての問題を帳消しにするくらい優秀な幹部を従えた皇帝による帝国の進軍はここに開幕されたのである。