第11話 最悪の再会
まだ朝だというのに、町の中はいつもより一段と騒々しかった。
『おいおい、聞いたかよ? 昨日、白の王国の勇者が不殺の誓いを破ったらしいぜ?』『あぁ、聞いた聞いた! 最上位魔族の吸血鬼が皆殺しにされたって話だ!』『こりゃ大戦確定だな』
どこから情報を得たのか知らないが、どこもかしこも昨日の話題で浮足立っている。人込みをかき分け進んでいく中、ひとつだけ気になる噂が流れていた。
『吸血鬼以外にも、幹部のディルモット様とセレス様が『白の王』に直接殺られたらしいぜ?』
******
表通りを半分程過ぎた頃だった。俺はふと、あることに気がつき足を止めた。
「――なぁ、リヴィア」
それは、とても重大なことだ。なぜ今まで気づかなかったのか。
「アリシアん家ってどこにあるかわかるか?」
「そんなこと私が知るわけ無いだろ」
リヴィアは不思議そうに俺を見つめてくる。その目からは、一切の迷いや不安がない。きっと、俺がアリシアの家を知っていると思っているのだろう。
しかし残念ながら、俺も知らない。
俺が知っていることは、最上位魔族である吸血鬼種は身分が高く、そのほとんどが各自屋敷を持っているということ。
屋敷は固まっておらず、黒の王国全土の町々に配置してある、ということ。
そして、昨日アリシアを1人で家に返してしまい、彼女の家を知る唯一の機会を逃してしまった、と言うことだけだ。
俺は、魔族が行き交う表通りを真っ直ぐに見つめた。
――さて、どうしたものか。
とりあえず、アリシアの家がヴェルリムにあることは間違いないだろう。それにアリシアは勇者だ。街行く魔族何人かに聞いていけば、きっとすぐに見つけられる。
だが、その意見は即座に却下だ。
理由は簡単。最弱の勇者などと呼ばれ、忌み嫌われている俺なんかの話を聞いてくれる物好きな魔族など、換金所にいるゴブリンのおっさんぐらいのものだからである。
吸血鬼の屋敷を一軒一軒順に回るとしても、数が多すぎる。最悪、日が暮れても見つからない可能性も否めない。
――こりゃ面倒くせぇし、探すのは諦めるか。まぁ死にそうって感じじゃなかったし、多分大丈夫だろ。
俺はその場で大きく頷いた。
「どうかしたのか、レン?」
「なに、大したことじゃねぇよ。それより腹減ったからどこかで飯でも――」
「食おうぜ?」と言いかけ、女性のものと思わしき声に俺の声はかき消される。
「あー!! やっと見つけた!」
その声はどこかで聞いたことのある声だった。俺とリヴィアは、揃って声の聞こえた方に視線を向ける。
するとそこには、透き通るような金髪を背中まで伸ばした見目麗しい一人の少女が、俺達に向かって手を上げていたのである。
そう。彼女こそ、俺達が探していた(半分探すことを諦めてかけていた)吸血鬼。アリシア・ツェペシュその人だった。
アリシアの顔には安堵と喜びの表情が浮かんでおり、彼女は手を振りながら俺達の方にゆっくり駆けてくる。
『ねぇ見て!! あれって鮮血の勇者様よね?』
『でも、どうしてこんなところに?』
ある一部を除いて、勇者というのは人気者だ。町を歩けば人が集まり、力を振るえば歓声が上がる。そう。一部を除いては、だ。
今もアリシアが町を歩っているというだけで、先程までの町の雰囲気が一変した。
アリシアは俺達の前まで来て立ち止まると。
「まったくもう! ずっと探してたんだからね? ヴィレンくんたら、どこに家があるかも教えくれないんだから」
「奇遇だな、俺達もお前の様子を見に行こうと思ってたんだが。元気そうで何よりだ」
彼女の様子からして、昨日の傷は癒えているみたいでひとまず安心した。
「教えるも何も、お前は何も聞かずにさっさと帰ったろう?」
「あれ、そうだったっけ……?」
リヴィアの言葉に、アリシアは苦笑いに応じた。
「それで、お前は俺達に何のようなんだ?」
そう言うと、アリシアは驚いた表情を浮かべ、
「え・・・・・・いや、ほら! あれだよ、あれ!」
彼女は何かを訴えかけてくるが、俺にはいまいち伝わってこない。
「なんだよあれって?」
すると、アリシアはポカンとした顔になった。美人はどんな顔をしても可愛いものだな、と俺は心の中でそんなどうでもいいことを思っていた。
アリシアの言うあれ、とはなんのことだろうか。はっきり言って俺には全く心当たりがない。
彼女と初めて合ったのは、2年前の大戦で収集された時に顔を合わせたくらいだし。
それから、2年間。彼女とは昨日まで一度も顔を合わせていないのだ。
「――そこにいるのは私のアリシア・ツェペシュではないかい?」
またしても、民衆の中から声が聞こえてきた。今度は男の声だった。
人々が道を開けると、見るからに高級そうな純白のローブを羽織り、背中まで伸ばした銀色の髪を頭の後ろで1つに縛った吸血鬼が、数人の護衛を引き連れ姿を現した。
「お前は……!」
俺は以前にこの男と面識があった。
まるで、自分が一番偉いと言わんばかりの全てを見下しているような眼差し。口元には常に微笑を浮かべ、何を考えているかわかったもんじゃない。まぁ、分かりたくもないのだが。
俺が最弱の勇者と蔑まれるきっかけを作った張本人。忘れるはずがない。
「――エルザベート・ブラッド」
「おやおや。誰かと思えば最弱の勇――おっと失礼。永久の勇者様ではないですか」
エルザベートはアリシアの傍まで来ると、右手で護衛の吸血鬼たちに合図を送った。それを受け護衛の吸血鬼たちはその場で止まる。
「それで、私のアリシアよ。こんな貧相な場所で、こんな貧相な奴らと何を話していたんだい?」
「貧相な奴らとは言ってくれるな、クソガキ」
「おっと申し訳ない、言葉のあやというものですよ」
リヴィアはフンッとそっぽを向いた。
「白の王国の勇者に襲撃を受けたと聞いていたが、無事で何より。流石は私のアリシアだ」
「別に。あなたには関係のないことよ」
アリシアはそっけなく応じる。どうやら彼女もエルザベートのことをあまり好ましくはないようだ。
「それに、私は"もう"あなたのものじゃないし」
アリシアはエルザベートの眼を正面から見返した。そして俺は、先程から気になっていることを口にした。
「さっきから言ってる、私の私のってなんのことだか聞いていいか?」
「なんだい私のアリシアよ? この勇者様にあのことを伝えていないのかい?」
エルザベートはより一層、楽しそうに笑うと。
「言葉の通りの意味だよ。彼女は私の、許嫁ってことさ」
許嫁とはあれだ。確か、結婚する相手が既に決まっている、的なものだったような気がする。
つまるところ、エルザベートはアリシアの婚約者と言うわけだ。
――なるほど。"私の"とは、そういう意味だったのか。
アリシアは、一段と深いため息をつき、少し強い口調で言う。
「さっきも言ったでしょ? 私は"もう"あなたのものじゃないの。だからその"私"って言うのやめてくれないかしら?」
「これは8年前のあの日に決まったことだよ。今更何を言っているんだい?」
エルザベートは言い訳の聞かない子どもをあやすようにして言う。
「――そうね。そう言えば、あなたにもまだ伝えていないことがあったわ」
「あぁ、分かっているよ。婚約の儀式は今月中に済まそうということだろ?」
優しく不気味に微笑むエルザベートを見据え、アリシアは丁寧に頭を下げてから、
「ごめんなさい。私はもう既に、"初めて"を彼に捧げたの」
アリシアの意味深な発言に、その場に居合わせた全員がぽっかりと大きく口を開けた。