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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第2章 復活の帝国
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第118話 契約と制約

 リヴィアが帝国に連れ去られ5日が経ったその日。緑の王国から二人の使者が黒の王国に姿を見せた。


「どもっす! 1週間ぶりくらいっすか?」


 内一人は相変わらずやいやいと親しげに絡んでくるウィー。元とは言え棟梁がこんな自由に動き回っていていいのだろうか。

 新たに棟梁の地位を引継いだラクアも苦労していることだろうなぁと。

 そしてウィーの隣に立つもう一人の使者。すらっとスリムな体型に、美しい白金色の長髪をたなびかせるエルフ。

 緑の王国精鋭『3本の弓』に選ばれたことのある弓の名手。リーサである。

 緑の王国に滞在した際、ヴァナラ戦で彼女とは面識があった。


「………」


 しかし。今のリーサはあの時の彼女と雰囲気が違う。彼女の身に何があったのかはわからない。ただ、彼女の内から溢れ出てくるような殺気が全てを物語っている。

 あー、この娘のことは気にしなくていいっすよ。ちょっと色々あって怒ってるだけっすから。ウィーは簡単にそう説明した。





 ウィーの持ってきた情報は大きく別けて2つ。

 一つは帝国の在り処を発見したということ。

 詳しくは語れないが、忍が帝国連中の追跡に成功したらしい。が、まだ正確な情報ではないらしく、これからその真偽を確かめに行くという。


 そしてもう一つは、神器・雷槌ミョルニルが帝国の手に渡った可能性がある、というモノだった。

 これも真偽はまだわからないが、亡き聖王《雷霆の勇者》レオボルト・レイジングが所有していた神器ミョルニルが次なる器を選んだことに関して言えば、ほぼ決まりだという。その所有者が帝国の者か白の王国の者かはわからないというだけで。


 しかし俺の求めて止まぬ情報は前者だ。神器がどうこうなど、はっきり言ってどうでも良かった。

 可能性を目の前に垂らされ、今すぐにでもリヴィアを助けに行きたい衝動に駆られる。

 だが。そんな俺の意見は、はっきりきっぱり切り捨てられた。


「どうしてだ!? 俺も連れてってくれ、ウィー!!」


「ヴィレンさんの気持ちもわからなくはないっす。わからなくはないからこそ、今のヴィレンさんを同行させるわけにはいかないんすよ」


 ウィーは申し訳なさそうに。それでいて情に折れることは決してない。


「だって今のヴィレンさん。リヴィアさんを見つけたら一人勝手に突っ込んで行っちゃいそうなんすもん」


「うっ……」


 心境を見透かされ、何も言い返すことはできなかった。


「残念すけど、今回は様子見。それでなくとも」とウィーは俯くリーサを横目で「流石に2人()はいくらウチでも抑えきれないっすからね」


「…………」


 心ここに非ずといった風に、リーサは無愛想なまま口を開かない。

 彼女の瞳に映るのは憤怒と復讐の業火。

 はぁ〜とため息をついたウィーが、今度はカルラに視線を送った。


「カルラさんも一緒にどうっすか? て言うか、カルラさんに一緒に来てもらうためにわざわざ黒の王国(ここ)に寄り道したんすけどね」


 ん〜と迷う素振りを見せるカルラだが。


「仕方ねぇなぁ。つーわけだレンレン。わりぃな。女の子の誘いを断るなんて勇気は俺にはねぇ」


 カルラの実力を見てきた今ならわかる。

 サリエル戦で見せた体術。それだけではない。カルラは既に〝内に流す〟魔力法も会得している。

 ウィーがカルラを連れて行くというのなら、カルラが適任なのだろう。

 悔しいが、駄々をこねる程俺も子どもではない。

 しかし表情に出ていたのか、カルラがふいに肩を組んできた。


「ウィーも言ったろ? 攻め込む時は一緒だ。それまでその気持ちは大事に取っとけ」


 柔く握った右の拳で俺の胸を叩き、カルラはニカっと笑ってみせた。

 ふと視線を感じたカルラが振り返る。カルラの瞳に銀髪が映り、デレっと頬がだらしなく緩む。


「どったのフィーナちゃん? もしかして俺のこと心配してくれてんの?」


 カルラの軽口にフィーナは首を振った。


「いいえ。心配はしてません」


「んだよ……相変わらず冷てぇな〜」半泣きするカルラだが、


「ですから、無事に帰ってきてくださいね」



「へ? あ……、お、おう?」


 柄にもなく取り乱す。なんだか無性に苛立たしくもあり微笑ましくもありで、俺は肩を組んだカルラの脇っ腹を肘で突ついてやった。


「フラグだぜ? 死ぬなよ」


「わかってるぜ、兄ちゃん」


 気づけば俺は、笑顔のままもう一発カルラの腹に拳を叩き込んでいた。





 霧の洞窟の結界を抜け、帝国の本拠地へと足を運んだエルザベートは、ゼストに連れられるがままとある部屋に連れ込まれた。

 青紫色の火種が灯る、暗く湿っぽい一室。

 机上に揃えられた実験器具の数々。本棚に並ぶ大量の本々。

 床には文様やら数式やらが記された紙が乱雑に散らばり、エルザベートの潔癖な神経を刺激する。


魔女(ウィザード)、いるか?」


「イルカはいるか、ってね?」


 ゼストの呼びかけに応じ寒いツッコミを入れてきたのは赤髪赤目の女だ。

 黒い軍服の下に。胸元が大胆に開けられた白のシャツを上に着ている。

 そんな彼女の深いレッドアイが、ゼストの隣にいるエルザベートを捉えた。

 

「あら? 可愛いわね。どうしたの、その子?」

 

吸血鬼(ヴァンヒィード)だ。使えそうな駒として連れてきた。調教(・・)を頼む」


「は―――? ちょ、ちょうきょ……う!?」


 聞き捨てならぬ単語にエルザベートは動揺するも、彼女は仕方ないわねぇとばかりにその瞳を輝かせ、エルザベートを舐めるように物色する。


「ふーん。吸血鬼は珍しいわね。どれ、胸を出してごらん」


「き、気軽に触れるな、人族(ウァーティス)!」


「愚図るな。胸を出せ」


「くっ……」


 心の芯に恐怖を植え付けられたエルザベートはゼストの命令に逆らえない。

 ふふっ。ビクビクしちゃって可愛いこと。などと魔女がせせら笑う。すると不思議なことにエルザベートの上着が勝手に脱げていく。


「魔法……魔女?」


 胸元の顕になったエルザベートの白い胸に指を沿わせ、魔女は薄く微笑んだ。


「正解。私は魔女よ。それで、坊やのお名前は?」


「坊やではない。エルザベート・ブラッドだ」


「そう、エルザベートね。これからアナタに幾つか質問するわ。その全てにアナタはただ『はい』とだけ頷けばいいから。簡単でしょ?」


 と、魔性の微笑みで。

 ふいに魔女が左手を開く。その動作を待っていたかのごとく、部屋の奥から掌サイズの球体が飛翔し、魔女の手元にふわりと浮上した。

 黒い玉。見る物を吸い付くし飲み込むが如く暗い玉。目を細め凝視すれば、玉の中ではズズズッと闇が渦巻いている。

 エルザベートがその気味の悪い玉に気を取られていると、魔女による『質問』は始まった。


「――契約と制約。汝帝国にその身を捧げ、帝国の為に仕えると誓えるか?」


 途端、エルザベートの表情が固まる。

 これは質問などと可愛い問いかけではない。

 エルザベートの脳裏に『悪魔の契約』という一文が蘇る。

『君の欲する願いを3つ叶えよう。代わりに君の命を頂くよ♪』上位魔族 悪魔種(デーモン)の得意とする契約魔法だ。

『はい』とだけ頷けばいいだと? ふざけろ。

 魔女が小首を傾げ「どうしたの?」と――。


「―――――――――――――」


 途端、エルザベートは衝動に駆られる。今すぐにでもこの魔女を殺してやりたい衝動に。

 虫唾が走る。そのムカつく笑みを絶望の表情に変えてやりたくて仕方ない。


 エルザベートはこの微笑みを知っていた。

 まるで子猫を弄ぶかのような、その笑みを。

 同族嫌悪。ソレはエルザベートが弱者に向けていた笑み(モノ)と同じだった。


「……ああ、いいでしょう。誓いましょう」


 その殺意を悟られぬよう、エルザベートはにこやかに笑ってみせる。

 背後に化物がいる以上『はい』以外の選択肢は存在しない。

 エルザベートは必死でバカな吸血鬼を演じてみせる。


「さすれば汝には帝国の敵を撃つ大いなる力を。されど汝が帝国に仇なす者となるならば、その対価として汝が命を奪い給う。

 再度問う。汝にはその覚悟があるのかと」


 大国を追放された者や指名手配などでやむなく国を去った者。そういう輩が帝国の大半を占めている中で、何故今の今まで帝国の情報が公にならなかったのか?

 その理由がコレ。帝国による調教(・・)――。

 代償魔法を用いることにり、個の戦力を上げると共に帝国の情報が外に漏れる可能性も消す。正に一石二鳥。ゼストの戦力が桁外れているのも頷ける。


「……ふ、フフッ……ふハハハハっ!! あのヴァーティスを打つためならば喜んで。ええ、この身この魂を捧げても構いませんとも!」


 魔女の白い指がエルザベートの左胸に添えられる。


「帝国への服従を制約に汝に大いなる力を契約として与えよう、エルザベート・ブラッド。

 代償魔法(プライス・マジック)契約と制約(デッド・オブ・フォース)》」


 触れられている胸部にチリッと痛みが伴い、痣のような術式が刻まれた。

 心無しか、魔女の手に浮かぶ黒玉に渦巻く闇が濃くなった気がした。


「はーい、これで終わり。後は自由にしていいわよ」


 演技ではなく、エルザベートの頬が緩んだ。


「ははッ。これは……素晴らしい!!」


 身体の底から力が溢れてくるような感覚。永久の勇者程度片手で捻り潰せるかのような錯覚。

 だが、確実にエルザベートの実力は以前にも増していた。

 新たな力に酔うエルザベート。その姿を横目に、魔女はゼストに視線を送る。


「それでファング? アナタのその左手に持っている物。いつまで焦らすつもりかしら?」


 そう。魔女にとってエルザベートの調教など前座……いや、どうでもいい。

 彼女の興味はゼストの抱える黒剣に引きつけられていた。


「神様をイジるのは初めてだわ♪」


 舌で唇を舐め、魔女は嗤った。

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