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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第2章 復活の帝国
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第115話 心の弱さ

「まだ、寝ないの?」


 そう言い、紅い瞳が俺の顔を覗き込んでくる。


「そろそろ終わりにしようと思ってたとこだ」


 言いながら、俺は上半身を起こす。

 本当はあと1本剣を振りたかったのだが……と言ってあと1回を2回ほど延長している。

 夜も遅く、ちょうどいい頃合いだった。

「涼しいね、ここ」とアシリアは俺の隣に腰を降ろし「それに眺めもいい」ぽつりぽつりと(あか)りの(とも)るヴェルリムの夜景に目を輝かせた。


 魔人区画を抜けた先には、黒木(こくぼく)と呼ばれる、幹や枝から葉の先まで真っ黒な木々の密林が生い茂っていたらしいが、それはエルフがまだヴェルリムにいた数百年昔のこと。

 エルフが離れた今は、枯れ木が細々と茂っている。

 その枯れ木の小山を登っていくと、すぐに開けた丘に出る。

 ソレがここ。俺の剣の修行場でもあり、お気に入りの隠れスポットでもある。ヴェルリムを一望できるほどではないにせよ、眺めもそう悪くはない。

 丘の天辺には黒木の生き残りが一樹、堂々と根をおろしている。

 俺やフィーナが幼い頃、父さんや母さんに連れて来られた時から変わらずそこに有り続けている。


 夜風と共に石けんの香りが俺の鼻を(くすぐ)った。



「わたしも手伝うよ」


 街を眺めながら、アリシアは静かにそう言った。


「一緒にリヴィアちゃんを助けにいこう」


 こちらを振り向いたアリシアの瞳には、確かな覚悟が見て取れる。


「だからわたしも強くなりたい。ヴィレンくんの足を引っ張らないくらい、強くなりたい」


 アリシアもアリシアなりに考え、その結論に至ったのだろう。

 しかしアリシアは一つ勘違いしている。

 最も肝心なところを見誤っている。


「俺はアリシアが思ってるほど強くはねぇよ」


 アリシアから視線を外したまま、だんだんと灯りの消えゆくヴェルリムの夜景を見据えながら、俺は昔を思い出しながら次の言葉を口にした。


「〝どんなときでも好きな奴が見てると思ってカッコつけろ〟ってのが師匠の教えでさ。

 何するにもカッコつけろ。飯食うときも。身体洗うときも。鍛錬するときだって、好きな女が見てる前でカッコ悪ぃとこは見せらんねぇだろってさ。

 だからどんな時でも虚勢張って笑ってみせろって、師匠はそう言ってた」


 酒に女に金。せっかくそれらしいことを言っているのに、欲のままを尽くすアンタ自身はどうなんだと、少しは言葉に責任を持って欲しい。

 そうして笑いあったことを、昨日のことのように覚えている。

「だけど――」。


「どれだけ技術を磨き、どんだけ身体を鍛えても。根本にある〝心〟だけはどうしても強くなれなかった」


 見下ろす街で、また一つ、灯りが消えた。


「フィーナが死にかけた時、俺は頭が真っ白になって、身体が動かなかった」


 焦りだけが先走り、解決策を探るよりも早く脳がブラックアウトしてしまう。

 お前は考えすぎなんだとフウガは言った。

 大人になれば克復できるとライガが言った。

 師匠は何も言わなかった。


「どんなに自分を騙そうとしてもダメだった。今だってそうさ。強がってるだけで、本当は恐くて震えてる」


 持ち上げて見せた右手は、小さく震えていた。


「ハハ……かっこわりぃの」


 乾いた声で笑う。

 このことは、身近にいるフィーナやリヴィアにも話したことはない。

 自分の弱さなどわざわざ自分から教えることでもなければ、逆に知られたくはない秘密である。

 それを何故俺はアリシアだけに語ったのか。

 アリシアは俺のことを過剰に評価しすぎている。

 アリシアが本当に俺のことを好きでいてくれていると感じるからこそ、過大評価がむず痒く、また騙しているかのような罪悪感で居たたまれない。

 だからアリシアにだけは、本当の俺を。飾らない俺を。知っていて欲しかった。



「それは弱いんじゃないよ」


 俺の身体が、柔く温かいものに包まれた。


「ヴィレンくんは他の人より、心が繊細なんだよ。だから傷つきやすくて壊れやすい。

 でも。それは全然かっこ悪いことなんかじゃない。他人の痛みをわかってあげられる、優しい人だから」


 あぁ……やめてくれ。そういう風に、俺を慰めないでくれ。

 甘えたくなってしまう。縋りたくなってしまう。

 被さるようにして抱擁するアリシアの確かな重みを感じながら、俺の胸を包む彼女の腕に手を添えた。


「お前は、どこにもいかないでくれよ」


 それは俺の本心からの願いであり、祈りでもあった。

 これ以上大切な人が傷つくところは見たくない。心が保たない。


「大丈夫。わたしはずっとあなたの隣にいるよ」


 その言葉を体現するかのように、アリシアは俺の身体を優しく締め付けた。

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