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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第2章 復活の帝国
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第112話 兄と弟

「――グハハハハッ!!」


 ゼストが拳を振るう。それだけで空気が悲痛な唸りをあげる。

 ゼストの攻撃を避けきれず、吹き飛んだカルラが建物にめり込む。

 俺は風圧で吹き飛ばされそうになりながらも、戦闘により荒れ果てた地面を蹴り上げゼストの(ふところ)に飛び込んだ。


「う、らぁっ!!」


 破壊された武器屋から拝借したソコソコ切れ味のいい長剣を片手に、一切の躊躇なく思い切り奴の脇腹を斬りつける。

 甲高い金属音―――からの破砕音と共に剣が砕けた。

 なんつう硬さだ。

 驚いている暇はない。次なるゼストの攻撃が迫っている。

 そのまま後退し距離を取る。


「惜しい、実に惜しいな小僧!! 聞けばあの(つるぎ)の所持者は小僧と聞いた。神器があればさぞ楽しめただろう」

 

「それが分かってんならリヴィアを返しやがれってんだ。そうすりゃもっと楽しませてやれるぜ?」


 俺は横目で呪符に巻かれたリヴィアに視線を送る。

 剣に指一本でも触れられさえすれば、黒霧に変化させリヴィアを回収することは可能だ。

 たかが指一本。しかしその距離が果てしなく遠い。

 ゼストが俺の前に立ち塞がり、抜けた先にはリヴィアを囲む5人の魔族(かべ)。しかもその5人ともがエルザベート以上の実力を有しており、生半可な突撃では返り討ちにあいかねない。


「素晴らしい提案だ。しかしそれはできん相談だ小僧。生憎《魔女(ウィザード)》が神器を欲っしていてな。すまぬがあの剣は帝国に持ち帰らねばならん」


 ウィザードと言うからには魔術師なのだろう。概ね呪符もそのウィザードとやらが作ったに違いない。

 神器を縛る呪符……なんのために開発したのか知らないが、真っ当な常人なら考えもしないだろう。

 そんなイカれた魔術師が神器を欲している。嫌な予感しかしない。


「余所見とは余裕だな。周りが見えていないんじゃないのか劣等種ッ!!」


 腰の剣を抜刀し、隙ありとばかりにエルザベートが満面の笑みで俺の首を狙う。


「バーカ。その言葉そのまま返すぜ優等種」


「……!?」


 言われてようやく気づいたのか。咄嗟に俺に向けた剣で、横合いから迫る攻撃を防いだ。しかし体勢がブレた一瞬を、()が見逃すはずはなく、隙だらけの土手っ腹に蹴りが直撃する。


「が、ハッ……!」


 宙を舞い受け身も取れずエルザベートは無様に地面を転がった。

 エルザベートを蹴飛ばし音もなく地面に降り立ったのは、白く美しい毛並みの猫――もとい猫人種(ウースキャット)だ。


「にゃにかあるかと来てみれば。これは派手に散らかしてくれたものだにゃ」


 魔王軍幹部《百速》シャム・トイガーである。


「大丈夫かにゃ? ヴィレンにゃん」


「ああ。助かるシャム」


 シャムとは顔見知りだ。元々面倒みのいい性格で、戦いの練習相手(シャムからしたら暇つぶしなのだろうが)など何かと世話になっている。

 語尾に『にゃ』がつくのはシャムの癖だ。仲良くなれば名前の後ろにもにゃんをつけるらしいのだが、正直くすぐったいのでやめて欲しい。



「―――おや。僕が一番乗りだと思ったのですが……シャムさんに先を越されましたか」


 今度は手下を引き連れた銀髪の少年が表通りに姿を現した。

 見た目は俺と同じかもっと若い。けれどそれは肉体年齢の話であって、出生年歳は俺よりかなり上だろう。上位魔族や最上位魔族になれば、見た目と中身の年齢差にはかなり幅がある。

 そんな少年が着るのは貴族が羽織るような豪華な貴服……だが。エルザベートの貴服と比べれば、飾られた宝石の数も少なくだいぶ落ち着いて見える。

 そんな少年の――吸血鬼特有の"赤い瞳"が俺を捉えた。


「と。そこにいるのは……もしや永久の勇者様ですか?」


 言葉の端には吸血鬼とは思えない相手を敬う心が見られ、次第と俺の口調も丁寧なそれへと変わる。


「えっと……どちら様で?」


「ああ、すみません。お初にお目にかかります永久の勇者様。僕はカインズ・ブラッドと申します。先日魔王軍幹部の地位を兄から引き継ぎました。

 足は引っ張りません。微力ながらお力添えさせて頂きます」


「あ、ああ。よろしく頼む」


 なるほど。エルザベートの弟に当たるわけか。そう言われれば髪の色などどことなく似ている部分はある。

 あのエルザベートに比べれば圧倒的に弟のカインズの方が好感が持てた。


「カインズ貴様……そんなゴミ虫に頭を下げるとは……貴族の恥をしれ……!!」


 ほら。あんなのよりよっぽどカインズの方がいい。


「おや――? ひょっとしてそこでボロ雑巾のようにうずくまっているのは兄さんだったのですか」


 言われるまで気づきませんでした、と。あからさますぎる反応。


「すみません。あまりに薄汚く小汚い格好だったもので……どこぞの奴隷か何かと勘違いしてしまいました」


 2枚目の顔に浮かべた微笑を崩さず煽るカインズ。訂正。やっぱりコイツら兄弟だわ。


「ほ、ほう……カインズ……。仮にも兄に向けるような言葉じゃないんじゃないかい……?」


 エルザベートが半笑いを浮かべる。


「ははは 冗談がお上手ですね。客観的に見てこの情勢から判断するに、あなた(・・・)は敵に寝返ったんですよね。

 ならあなたはもう僕の兄さんじゃない。あなたは僕の……敵だ」


 カインズの雰囲気がガラっと変わった。微笑を貼り付けたまま、道端のゴミを見るかのような冷たい目でエルザベートを見る。


「プライドだけ異様に高く、実力もないくせに低位の魔族という理由だけで他者を見下し本質を見極めようとすらしないその傲慢さ。

 昔の兄さんはもう少し良識を弁えていたかと。いったいいつから変わってしまわれたのか……。

 アリシアさんに見放され、魔王様に見限られ、終いには敵に寝返り、本当に……救いようのない愚兄だ」


 手合わせしなくとも分かる。カインズは兄であるエルザベートを超えている。

 ならば何故魔王軍幹部に選ばれたのがカインズではなくエルザベートなのか?

 その理由はなんとなく分かる気がした。


「待つにゃ、カインズ」


 長剣を腰から抜こうとするカインズをシャムが止めた。


「邪魔をしないで頂きたいのですがシャムさん」


「違うんだにゃ。エルザベートには聞きたいことがあるんだにゃ」


 そう言うと、シャムはエルザベートに向き直る。


「先日ミーシャ達が森の中から干からびた状態で見つかったんにゃけど、何か知らないかにゃ?

 ミーシャの見た目は小柄で人にゃつっこい女の子にゃ。猫毛の模様はにゃむと同じく白。何か知っていることがあったら教えて欲しいものだにゃ」


「さぁどうでしょう? 私にはさっぱり」


 考える素振りもみせず、エルザベートは白々しくシラを切る―――が。


「白い毛皮の猫人種(ウースキャット)ならば、貴様が弄んでいたあの猫人種のことだろうエルザベートよ。

 数日前の記憶も定かではないとは貴様。実力が乏しいだけでなく、頭の方も残念なのか?」


 ゼストの表情はエルザベートを小馬鹿にしているモノではなかった。わざとエルザベートで遊んでいるように見えた。

 エルザベートの舌打ちが聞こえるようだ。まさかあの怪物の前で舌打ちする度胸がエルザベートにあるはずはないが。


「………ああ、思い出しました。あの薄汚い猫人族のことですか。少し血を吸ってやっただけでニャアニャアと嬉しそうに喘いだあの」


 どうやらコイツは人を煽るのが本当に好きらしい。どうしようもないクズ野郎だ。


「あー、もういいにゃ。やっぱりエルザベートが犯人だったかにゃ」


「すみません。あまり好みの味ではなかったもので。ですがあの厭らしく鳴いて媚びる姿には私もすこしは楽しめまし………」


「――もういいと言ったはずにゃ。殺すぞエルザベート」


 ぴしゃりとシャムがエルザベートの言葉を切る。

 今にもエルザベートの首を噛みちぎろうかという雰囲気をかもし出すシャムを、今度はカインズが止める。


「困りますシャムさん。兄さんを殺すのは僕です」


「速い者勝ちだにゃん。カインズはあっちのデカいので我慢するにゃ」


「あっちのデカいのって……」言われてゼストに横目を向け「僕に死ねと言っているんですか?」


 笑顔のままカインズは「それに――」宙を見上げた。空から舞い降りる巨大な影を見据え――。


「アレはもうバルガーさんの獲物ですし」


 次の瞬間。爆音と共に大地が揺れた。

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