第111話 裏切り者達
カルラの情報通り、リヴィアは黒い呪符のようなモノで縛られていた。
所有者でもない奴が神器に触れても何ともないのはあの包帯のせいだろう。
だがそんなことはどうでもいい。
「てめぇエルザベート。リヴィアに何かしたのか……?」
擬人化していたリヴィアが神器化している。
リヴィアが自分の意志で擬人化を解いたという可能性もあるが、擬人化はある一定以上のダメージを受けると解除されるのだ。
瞳にでていたのだろう。エルザベートは皮肉たっぷりの顔で嗤った。
「なに、軽く腹を殴ってやっただけだよ。こうなると事前にわかっていれば、解けない程度に加減して気絶させた後、たっぷり遊んであげれたんだが……」
どうやら考えていた以上のことはなかったらしい。
けれどエルザベートがリヴィアを殴ったという事実だけは変わらない。もちろん許すつもりも毛頭ない。
「知らなくて良かったな。他になんかしてたら、迷わず俺はお前を殺してた」
「だから調子に乗るなと言っている。所詮は魔人種。神器が無くなった貴様など取るに足らない存在だ。言葉を慎め」
「強がるなよエルザベート。さっき邪魔が入りさえしなけりゃ、そのお高い鼻っ柱は砕けてただろうが」
「黙れ劣等種ッ!!」
思った以上に先程の攻防はエルザベートの目に焼き付いているらしい。
好都合だ。理性を忘れさせ周りが見えなくなれば、それだけリヴィアの救出は楽になる。
そう。エルザベートなどどうでもいい。優先すべきはリヴィアの奪還だ。
しかし……エルザベートはどうにかなるにせよ、あの鬼牙だけは別格だ。今の俺の手におえる相手じゃない。
後ろの連中もそうだ。エルザベートの取り巻きかと思いきや、どうやら違ったらしい。フードの凹凸からして種族はバラバラ。だが奴ら一人一人がエルザベートに迫る実力を有している。
いったい奴らは何者で、何故エルザベートに助力するのだろうか。
「レンレン、大丈夫か?」
突然の戦闘に表通りは魔族でごった返している。そんな連中の波に逆らいながら、ようやくカルラが俺の元まで道を引き返してきたようだ。
「ああ。リヴィアを見つけた……が、どうやら一筋縄じゃいかないらしい」
鬼牙の姿を視界に入れたカルラの眼が一瞬驚きに見開かれた。
「おまえ……まさか――」
「久しい顔だ、強き者よ。《不死の勇者》カルラ・カーター」
どうやら互いに顔見知りの様子。鬼牙の正体を確信しカルラは苦笑する。
「っかしーなー。なんで生きてんだよ。しっかりトドメ刺さなきゃダメだろバロル」
「知り合いか?」
カルラは首を横に振る。
「知り合いなんて仲良い間柄じゃあねぇさ。そうだろ?《暴虐》のゼスト・ベッド」
聞き覚えのある名だ。ヴェルリムに住まう者なら誰もが一度くらいは聞いたことがあるだろう。
暴虐のゼスト。またの名を―――
「鬼牙王……」
鬼牙――ゼストは笑う。
「ほぉ。時が経っても尚、我が名は今世代へと語り継がれているのか。実に愉快。だがしかし今の我は王に非ず」
ゼストが黒衣を脱ぎ捨てるのと同時に、他のフード連中も黒衣を脱ぐ。
公となった容姿に俺は息を呑んだ。
なにせ、黒衣の連中のほとんどがヴェルリムじゃかなりの有名人だったからだ。もちろん良い意味じゃない。
奴らの大半がヴェルリムから追放もしくは姿を消した犯罪者達だ。
黒地に金の刺繍が施された軍服を背に、ゼストは堂々と名乗りをあげる。
「我は牙。帝国軍七帝将〝傲慢の牙〟『殺戮』のゼストなり」
「……帝国、だと――――?」
カルラが顔を強張らせた。
「バカ言うな。帝国は450年前に滅んだはずだ」
「確かに450年前、帝国は一度滅んでいる。が、国は滅べど帝が血は絶えてなどいなかった。それが真実だ」
「ファングよ。それ以上の情報は……」
連中の一人が注意を促すと、ふむとゼストが頷いた。
隣のカルラは事情を飲み込み自分なりに解釈しているようだが、俺にはさっぱりだ。
「そもそも帝国ってのはなんなんだ?」
ゼストから視線を外さずカルラに質問を投げる。
カルラもまたゼストを警戒しながら応えた。
「まぁ、知らなくても当然ちゃ当然かもな。帝国っつーのは歴史から抹消された大国のことさ」
「歴史から抹消された大国……?」
「そ。かつて世界には大国が6つ存在したんだ。赤、黒、白、青、緑、そして金。6つ目の大国こそ"旧アルディビア帝国"だ」
俺は大して歴史に詳しくない。しかしカルラの言い方から……抹消された大国という発言からして、あまり知られていない過去なのだろうことが察っせられる。
「帝国のことに関しちゃ話せばきりがねぇ。簡単に言うならあそこは魔族根絶主義の人族大好き戦争万歳国家だ。
人族とは違う外見の魔族をどうしても根絶やしにしたかった帝国は、世界の理を侵し異なる世界から5人の《ユウシャ》を召喚することに成功しちまった」
召喚することに成功した。ではなく成功しちまった、ねぇ。
「ユウシャってのは勇者2人でようやく互角に渡り合えるような怪物だ。
おかげで6大国の均衡は崩れ、帝国が黒の王国を攻め落とすことは時間の問題だった」
「でも、そうはならなかったんだろ?」
「ピンポン大正解」
なぜなら今もまだ黒の王国が実在しており、逆に帝国が滅びているからだ。
「なんでだと思う?」
「そりゃあ、アレだろ。5大国が勇者総動員してサンドバッグにしたからだろ?」
「残念それはハズレ。帝国が滅びた理由は5大国以外の勢力が加わったからさ」
5大国以外の勢力。考えられるのは……
「7大天使ってわけかよ」
「そう。帝国がルールを破ったおかげで天使が地上に降りてきたのさ。ちなみに《ダンジョン》は元々帝国があった領地を更地にしてその上に建てたモンなんだぜ?」
ヘヘヘとカルラが可笑しそうに笑った。
なるほどな。天使が人類を駆逐するって宣言したのも元を辿れば帝国がユウシャとやらを召喚したせいか。迷惑な話だ。
「って感じなわけなんだけどー、どうやら天使がしくじったらしい。子ねずみ1匹逃がしちまうとはな」
帝国について一段落したところでゼストが口を開いた。
「帝国の昔話は済んだか?」
「待っててくれたのか。見た目に限らずお優しいこった」
「今更姿を現した帝国の目的はなんだ。帝国に降ったゼストさんよ?」
「クハハッ。言ってくれる!」
ゼストは牙をむき出しに豪快に笑ってみせた。
「だがその前に――」豪腕を前に持ち上げ、その拳を握る。
途端、空気がビリビリと震えだした。
「拳が疼いて仕方ない。話し合いは後だ。暴れさせろ小僧共ッ!!」
師匠と似たような雰囲気を俺は肌で感じ取った。今のゼストに言葉は通じそうにない。
俺とカルラに戦う以外の選択肢は残されていなかった。