第109話 どこを探せどお前は
街中を駆け回った。
大通りを抜け、リヴィアの行きそうな場所を手当たり次第に探してみた。
けれど、どこにもリヴィアの姿は見当たらない――。
その頃には流石の俺もただの家出ではないと気づき、知り合いに声をかけ、手分けしてヴェルリムの隅から隅までくまなく探し回った。
されど、リヴィアの姿はどこにも見当たらなかった――。
「兄さん! リヴィーは見つかりましたか?」
「こっちはいねぇ。アリシア、そっちはどうだ?」
「んーん。貴族街を探してみたけどこっちもいないよ……」
時刻は昼の3時を過ぎ、リヴィアを探し始めて半日が経つ。
もしかすれば夜にはお腹が減ったとひょっこり帰ってくるかもしれない。
そう思えたらどんなに楽か。
俺の心中に渦巻くのは焦り――。
何か事件に巻き込まれたんじゃないか。それとも人攫いにでも捕まったか。
可能性がないとは言い切れない。
擬人化したウチのリヴィアは口は悪いが顔とスタイルは一級品だ。
しかしリヴィアは神器である。よって彼女に《死》という概念は存在しない。
それに神器化した神器は所有者にしか所持することができず、所有者以外が触れることはできない(一部の例外として、天使サリエルは《雷槌ミョルニル》を自力で抑えつけていたが、触れたその手は雷に焼き焦げ黒く変色していた)。
つまり神器になってさえいれば心配はいらないのだが。
ならばどうしてリヴィアが見つからないのか、という疑問が拭えない。
「ったく。どこ行きやがったんだ、あいつは……」
嫌な想像ばかりが浮かぶ。声を出すことにより、弱音を騙す。
ふと、視界の端に見覚えのある茶金髪が見えた。
聞き込み担当のカルラである。
カルラはこう見えてヴェルリムでは顔が広い。勇者であるということもそうだが、カルラは人の輪に入るのが特に上手い。
不死の能力で永きを生きてきた経験か、相手の性格や態度に合わせその場の空気を読むことに関して突出している。
思い返せば俺とカルラの出会いもそうだった。初対面の俺に対し、違和感なく溶け込んできた。
逆に俺が相手に合わせることが苦手だからか、その才能は正直羨ましいとさえ思う。
わかっていたことだが、やはりカルラの側にリヴィアの姿はない。
それでも捜索の成果を問わずにはいられなかった。
「カルラ、どうだった?」
するとカルラにしてはやけに真剣な顔で。声は少しばかり緊張していた。
「レンレン。ちと悪い情報が入った」
あまり穏やかな内容ではないと察する。しかしそれは逆を言えばリヴィアに関する情報が入ったということだ。
もう一度言うが、恐らく……いや確実にいい知らせじゃないし、"ちょっと"なんて生易しいモンじゃない。
「今の段階じゃ確かな情報とは言えねぇけど……」
「なんでもいい、聞かせてくれ」
努めて冷静に。内心は冷や汗が止まらない。
カルラは一度頷き、重い口を開いた。
「覚えてるかレンレン。シアちゃんの元婚約者、エルザベート・ブラッドのことを」
これは予想外の名前が出てきた。
「ああ。エルザベートがどうした?」
「1ヶ月前の収集の後、エルザベートは魔王さんに幹部の席を外されてたらしいんだ」
初耳だった。確かにエルザベートが魔王バロルの反感を買ったことは覚えているが、まさかそんな事態になっていようとは……。
「許婚のシアちゃんのこともあって、事情を知った《赤服》ウラドにブラッド家から追放されたエルザベートは、それからしばらくヴェルリムからも姿を消してたらしんだが……ついさっき、つっても4、5時間前、エルザベートらしき人影を見かけたっつー奴がいてさ。
何やらそいつの話によりゃ、黒い衣を纏ったフードの連中とつるんだエルザベートの中に、包帯でグルグル巻きにされた剣を肩に担いでた奴がいたらしいんだ」
エルザベートの名前が出た時点で嫌な予感はしていたんだ。
そこまで言われれば誰でも予想できる。
「包帯で巻かれた剣、ですか……?」
恐る恐るフィーナが聞き返すと、カルラは視線をズラしながら言った。
「そう。しかもその包帯は普通の包帯じゃなく、呪符の類に似てたらしい。それで……隙間から見えた剣色が、深く飲み込まれそうなほど鮮やかな黒―――」
嫌な予感がした。俺は両手でカルラの服の襟を握りしめた。
「どこだ……アイツを見かけたってのはどこだカルラ!!」
「んぐふぅっ!?」
カルラの喉からうめき声のような、か細い悲鳴が上がった。