第105話 華の街
ヴェルリムにおいて、魔族の居住区画は種族間ごとに隔てられている。
魔王城が存在する中央に近づけば近づく程上位の魔族の居住区画となり、逆に中央から離れれば離れる程低位の魔族の居住区画になっていく。
低位の中の低位である俺達魔人種の居住区画は都市の隅っこのほうに追いやられているのに対し、上位の中の上位である吸血鬼種の居住区画は城の真下に広がっているわけで。
とは言え、店屋の多い中央通りを除き、滅多なことがない限り他種の居住区画に立ち入ることはできない。仮にそれが最上位魔族――もしくは魔王軍幹部であったとしても、だ。
もちろん、そういった『法』は黒の王国には存在しない。
しかし毎度毎度争いばかりが勃発すれば、低位の魔族はひとたまりもない。一月も経たずに絶滅してしまうだろう。
故に弱者も弱者なりに知恵を絞りプライドを捨て、他種族同士で同盟を組んだり、上位の種族の傘下に入ったりと、そうやってなんとか生き延びているわけだ。
つまり低位魔族の居住区画だったとしても、そこがもし最上位魔族の傘下に入っていたならば、最悪の場合種族同士の戦争に成りかねないということ。
そして現在、魔人種の居住区画ではカルラがボスの役割を担っている。
勇者であるカルラは実力もあり頭も良く、ある程度黒の王国では顔も効く。聞いた話では魔王軍幹部とのパイプを何本も持っているらしい。
同じ勇者である俺なんかよりもよっぽど影響力がある――――が、正直同じ魔人種からの評判はあまりよろしくない。
何せカルラはマイペースな性格だ。
カルラも手の届く範疇以外は助けられないし、助けようともしないだろう。
今回の件だってそうだ。恐らくカルラは動かない。
カルラが動くのは、目の前で魔人種が迫害を受けている時。もしくは俺やフィーナといった『知り合い』が醜い扱いを受けた時だけ、カルラは積極的に行動する。
だからこそ、俺達が直接的被害を被っていない今回、カルラは動かない。
そこが魔人種に評判が良くない原因なのだが。
しかしカルラにとっては評判などどうでもいいことである。
アイツは地位に興味がない。そればかりか逆に面倒だとも思っているだろう。
そりゃそうだ。種族のボスなんて言ってみれば単なる有志活動にすぎず、一銭にすらなりはしないのだから。
だが他に好き好んで魔人種の後ろ盾になってくれる魔族はいない。
自分たちよりも下の種と組んだところでメリットがあまり見込めないからだ。それ以上に、魔人種は頻繁に迫害を受けているためデメリットの方が大きい。
それ故魔人種は、カルラ・カーターの名で守ってもらえるだけありがたいと割り切るしかないのだ。
―――と。話がかなりズレてしまったようが、俺が今いるのは最初に話題に上げた貴族街。
美を尊び華を飾る。吸血鬼種の居住区画である。
右を見ても左を見ても。我が家とは比べ物にならぬ大きさの屋敷が並ぶ。
無論、道を行き交うのは吸血鬼。
彼らの貴服に飾りつけてある宝石の数々は、いったいどれくらいの価値があるのだろうか。
服一着で俺の家を買ってもお釣りがきそうだ。
ちなみに。豆知識ではあるが、吸血鬼に黒髪の者はいない。黒は不吉だとか何とかで、幼いうちに"間引かれる"と言う。
つまり俺が何を言いたいのかと言うと、吸血鬼の区画で『黒髪』は目立ちすぎる。もちろん悪目立ちするといった意味のほうで。
セバスやアリシアがいなけりゃ既に今頃囲まれていてもおかしくない。
汚物を見るかのような視線に晒されながら、俺達は無言で進むセバスの背中を追った。
しばらくして、セバスは一際立派な屋敷の前で足を止める。
「到着致しました。ここが私共が主、ツェペシュ様のお屋敷にございます」
屋敷は鉄柵で囲まれており、唯一の出入り口である正門には2人の執事が門番として待機していた。
門を潜り、広々とした中庭を抜ける。
植木は丁寧に整えられ、目につく小物は細部まで清掃が行き届いている。
噴水に蝙蝠の石像……。
ああ、どうりで既視感があると思えば、十六夜の古城に設置してあった石像によく似ている。
わざと似せているのか、それとも吸血鬼は皆屋敷にああいった置物を置く風習でもあるのだろうか……。
正面扉を通り、俺達は屋敷の中へと足を踏み入れた。
そのまま長い渡り廊下を行き階段を登る。2階、3階、4階、そして最上階へと。
屋敷の最上階。
階段を登り終え、左へ少し歩くとそこには1つの部屋が存在した。
そこでセバスは足を止め、
「大変申し訳ありませんが、ここから先ヴィレン様並びにアリシアお嬢様のみのご入室とさせて頂きたいのですが……」
横目でリヴィアをちらりと見る。
「私に指図するとは随分と身の程知らずだな老躯。誰に向かって口を利いているのかわかっているのか?」
炎天下の元ひたすら歩かされ、終いには話し合いの場には出席するな、だ。
これではわざわざ擬人化してついてきた分疲れ損である。
リヴィアの気持ちもわからなくはないが、しかし―――。
「リヴィア」
少しの逡巡の後、リヴィアは小さくため息を洩らした。
「……わかった。だが、くれぐれも油断はするなよ」
「ああ。わかってる」
そう言うと、リヴィアはしぶしぶと言った様子でその身を黒い剣へと変えた。
腰の鞘にリヴィアを収める。
これでいいかと視線を送ると、セバスは軽く一礼して見せた。
「ありがとうございます」
それからセバスは扉を3度ノックした。
「アルキュラ様。永久の勇者様、並びにアリシアお嬢様をお連れ致しました」
「―――入れ」
室内からの返事を受け「それでは」とセバスが扉の取っ手に手をかける。
隣のアリシアは表情を固くさせ、先程から一言も発していない。
震えるその肩に、俺は軽く手を添えた。
「大丈夫だアリシア。何があってもお前は俺が守ってみせる」
「……うん。ありがとう、ヴィレンくん」
ぎこちない笑顔でアリシアはそう言った。
扉が開き、部屋の中で一人の吸血鬼が俺達を待っていた。