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しっぽのないねこと鏡の主(あるじ)

作者: ゆきじ

鏡の中には自分と違う、でもそっくりな誰かが住んでいて、夜になると鏡から出てきて話しかけられたらどうしよう、なんて子供のころに思っていました。

しっぽのない猫が冒険するのはそんな鏡の世界。

ぜひ楽しんでください。

むかし、鏡のこちら側とあちら側にふたつの世界がありました。あちこちにある鏡は、みなにとって窓のようなものでした。ふたつの世界を行き来することは禁じられており、まったく同じ世界が2つある、それだけのことでした。

ふたつの世界の真ん中に鏡の主がおられました。

世界のことは鏡の主がお決めになり、みな鏡の主に従っておりました。

ただ、主の部屋は永い間閉ざされており、主の姿を見た者はおりませんでした。


 ある時のあちら側の王はとてもよくばりでした。こちら側も自分のものにしたいとかねがね思っておりました。

 あちら側の王はあちら側の西の魔女を呼びました。

「鏡のこちら側を我に差し出せ。」

 西の魔女は冷たい笑みを浮かべると言いました。

「なんとかいたしましょう。」

あちら側の西の魔女はとても賢い魔女でした。ふたつの世界に唯一の形であれば鏡を越えることができることを知っていました。

あちら側の西の魔女は策を巡らせます。


まずは唯一の形になること。

あちら側の西の魔女はうまくこちら側の西の魔女をだますと魔法で砂に形を変えてしまいました。砂になったこちら側の魔女を風に任せ、遠い場所へと運ばせました。

あちら側の西の魔女はふたつの世界の唯一の形になりました。


次に主を封じること。

あちら側の西の魔女は鏡の主の部屋の扉に錠をおろすことにしました。

そのために頑固な錠前と従順な鍵に目を付けました。

「頑固な錠前を使おう。私はあれの心の底を知っている。目には仲良くみえても、見えぬところではちがうこともある。」

頑固な錠前はどんな扉にもしっかりと錠をおろす事ができました。でもどんなにしっかり錠をおろしても従順な鍵によって簡単に開いてしまうことを心の底では悔しいと思い、従順な鍵を邪魔だと思っておりました。

あちら側の西の魔女は頑固な錠前に言いました。

従順な鍵の形を少しかえてみてはどう?あなたを開けることができなくなるわ。

もちろんほんの少しかえるだけ。

頑固は錠前は喜びました。それはいい考えだ。これであいつはおれを開けることができなくなる。

あちら側の西の魔女は頑固な錠前で錠をおろし、目の前で従順な鍵を炎で焼いて形を変えました。

そして、頑固な錠前に言いました。「開けることができない鍵は不要でしょう。」

2つに折って闇の中に捨てました。

「お前が望んだことでしょう。しっかり錠をおろしておきなさい。」

頑固な錠前は開くことがない錠前となりました。

こんなことは望んでいない。望んでいない。何度も頑固な錠前は言いました。

けれごも西の魔女はくすりと笑っただけでした。

「これで鏡の主も出てこれまい。なんとたやすいこと。」


鏡のこちら側では虹の魔法使いが少しの異変に気がついていました。

誰かが鏡を自由に越えている。

虹の魔法使いはしっぽのない猫を呼びました。

私の願いを聞き入れ、鏡のあちら側に行って欲しい。

しっぽのない猫の体中の毛が逆立ちました。鏡を越えるのはたいへん恐ろしいことでした。

虹の魔法使いが行けばいいのに。

しかしそれは叶わないことでした。虹の魔法使いは知を得るために自由を手放した魔法使い。魔法陣の中だけが存在を許された場所でした。

お前に頼むしかないのだよ。

断ることはできませんでした。しっぽのない猫は鏡のあちら側に行くことになりました。

王の鏡を越えなさい。

虹の魔法使いはそっとしっぽのない猫の背中をなでました。

王の鏡は王宮の深いところにありました。

何段もの階段を降り、ぽつりと置いてある鏡の前に立ちました。

鏡に手を伸ばして押してみると、まるで静かで済んだ水に手をいれたときのように、しっぽのない猫は鏡に吸い込まれました。

こちら側の王の鏡の中は暗く、それでも真っ暗で何も見えないということはありませんでした。目を凝らすと廊下が見えないほど遠くまで続いているのがわかりました。

廊下を歩いていくと真ん中あたりに大きな扉がありました。暗い中でもそれはぼぅっとにぶい光を放っていて、でもなぜか開けてはいけないことがわかりました。

ひげがじんじんして、危険を知らせているようでした。

しっぽのない猫は扉にかかっている頑固な錠前が目に入りました。何か言いたそうでしたが、しっぽのない猫は立ち止まらず扉の前を過ぎ、廊下を進み、無事にあちら側の王の鏡を越えました。

あちら側はこちら側と風景も何もかもまったく一緒でした。何段もの階段を上がり、迷うことなくあちら側の虹の魔法使いのところまで行くことができました。

あちら側の虹の魔法使いはこちら側とうりふたつでした。傍らにはしっぽが2本ある猫。しっぽのない猫はしっぽが2本ある猫を上から下まで見た後、しっぽ以外はうりふたつだ、と思いました。

よく来られた。

あちら側の虹の魔法使いは魔法陣の中からやさしく微笑みました。

「ようこそ、鏡のあちら側へ。」

しっぽが2本ある猫は体をくねらせながらしっぽのない猫の前に立ちました。

「僕達、そっくりだね。」としっぽが2本ある猫は言うと、目じりを下げました。


しっぽが2本ある猫は人懐っこくて陽気でした。

しっぽのない猫のまわりをまわりながら、言いました。

「僕んちに来てよ。」

「こんなときにのんきだな。」しっぽのない猫は少し軽べつしました。

しっぽのない猫の心のうちがわかったのか、あちら側の虹の魔法使いが言いました。

むだなようでむだでないことがあるものだ。必要ないようで必要だったりもするものだよ。

しっぽのない猫はしっぽが2本ある猫に従いました。

 2匹で歩いていると途中で花たちに会いました。

花たちは2匹を交互に見比べて大声ではやしたてました。

「そっくりだ、そっくりだ。頑固な錠前は従順な鍵を失って落ち込んでいるのにしっぽが2本ある猫は兄弟を手に入れた。ずるいぞ、ずるいぞ。」

「鏡のこちら側の花たちはもう少し無口だよ。」としっぽのない猫は言いました。

「鏡のあちら側の花たちはしゃべりだすと止まらない。」しっぽが2本ある猫はうんざりして言いました。

 2匹は顔を見合わせて笑いました。

笑うとおなかがすきました。笑うと仲良くなった気がしました。

しっぽが2本ある猫の家はまったくしっぽがない猫の家と同じでした。

「ホットケーキにしよう」2匹の声が揃いました。

小麦粉とベーキングパウダーをふるいにかけ、砂糖と卵と牛乳を混ぜました。

フライパンにとろりと流し込むと弱火でじっくり焼きました。できあがった熱々のホットケーキにバターを塗り大好物のメイプルシロップをたっぷりかけてほうばります。

 ホットケーキの良いにおいが鼻をくすぐり、口の中にメイプルシロップの甘い味が広がりました。

おなかがふくれるともっと仲良くなった気がしました。


そういえば、さっき、花たちが言っていたかわいそうな錠前はもしかして。

しっぽのない猫は少し考えるとしっぽが2本ある猫に言いました。

「かわいそうな錠前を来る途中で見かけたよ。話を聞いて欲しそうにしていたのに。かわいそうなことをしたよ。戻って聞いてきてあげてもいいだろうか。」

「もちろんだよ。」

しっぽが2本ある猫が言いました。「一緒に行こう。」

2匹は王の鏡を越えて廊下の真ん中にある扉の前にやってきました。来るときはあんなに怖かったのに、一緒だからなのか今回は平気です。

しっぽが2本ある猫が錠前を覗き込みました。

「どうしたの。」

そう言うと前足で錠前をやさしくなでました。

頑固な錠前は従順な鍵が壊されたことを話しました。

僕のせいなんだ。本当は大切な君。本当は大好きな君。

いなくなってさみしいよ。邪魔に思って本当にごめん。ちゃんと伝えればよかった。

いつでもいつまでも一緒だと思っていたのに。

思いの丈を吐き出すと、頑固な錠前は悲しみで崩れて粉々になりました。開かないはずの錠は開きました。

2匹は悲しみがうつって涙があふれました。

その時です。突然、ぎしぎしと音を立てて扉が開き、鏡の主が現れました。

「うるさいなあ。」

小さな男の子でした。子どものようで大人のようで、怒っているようで泣いているようでした。すべてを知っていて、知らないふりをしているようでした。

不思議な様子に圧倒されて2匹はガタガタと震えました。

「お許しください。鏡の主。」

「罰を受けないといけないね。」

男の子は冷たく言いました。

「これから僕がおしまいというまで、鏡のあちら側のすべてのものは鏡のこちら側のまねをすること。そうして心は忘れること。」

驚いたしっぽのない猫は言いました。

「他のみんなは何も悪くありません。悪いのは西の魔女です。王様です。すべてのものとはひどすぎます。」

「世界は理不尽なことばかりだよ。」

男の子は言いました。

男の子が手をかざすと遠くで西の魔女は悲鳴をあげて砂になりました。

「あちら側とこちら側は同じ姿をしていないといけないからね。」男の子は笑いました。

砂になった西の魔女は黄泉の国にまかれ、さらさらと舞い、あちこちで鬼に踏みつけられました。

次は自分だと思ったあちら側の王は恐ろしくて泣き叫びました。

「いいことを思いついた。」

「王はそのままにしておこう。恐怖のままにおいておこう。」

男の子はそういうと、にこりと微笑みました。

ひどいことをするのはやめて。

叫んだしっぽのない猫を男の子は見つめました。

しっぽのない猫は男の子の目が合いました。男の子の目の色は深い緑色をしていました。森の色だ、としっぽのない猫は思いました。

急にしっぽのない猫は森の中にいるように思いました。そよ風も、木のにおいも、木漏れ日も、まるでそこにあるようでした。

目の中にすいこまれたのかな。でもこのままでいいや。

自分の体も心も小さくなっていくのがわかりました。

ああ、早くなくなってしまいたい。

しっぽのない猫がそう思うのと同時に

「だめだよ。」

しっぽが2本の猫が大声で叫ぶと主の顔にとびかかりました。

風が吹いたように目の中の緑が揺れました。


どのくらいの時間がたったのでしょう。一瞬だったのかもしれません。でも長い時間だったかもしれません。気が付くとしっぽが2本の猫の顔が心配そうにのぞき込んでいました。

「特別な君たちは、君たちの場所にお帰り。」

男の子はあくびをひとつすると扉の中に戻っていきました。ばたんと扉が閉まりました。

「助かったよ。」

しっぽのない猫がお礼をいいました。

「少しの間だったけど、君と会えてうれしかったよ。心を忘れても君を忘れない。2月も5月も1月も9月も12月もずっと君を忘れない。」しっぽが2本ある猫はそう言ってじっとしっぽのない猫を見つめました。

「月の順番がばらばらだ。」そう言って笑うとしっぽが2本ある猫も笑いました。

笑うのをやめるとしっぽが2本ある猫も笑うのを止めました。

「もうまねしてるんだね。」しっぽのない猫は悲しくなりました。

でも自分にはない2本のしっぽがゆらゆら揺れているのが見えました。

「まねをしてても君なんだね。」

くるりと背を向けるとしっぽのない猫は鏡のこちら側に向かって歩きました。

「僕はこちら側へ。君は鏡のあちら側へ。ちゃんと歩いて行かないと。」

しっぽのない猫は言いました。

「僕も君を忘れない。鏡をみれば会えるよね。」



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