16話
悪魔達との会話でどれぐらい時間経過したかは分からない状況の中、春香は静かに僕を眺めていた。
「で、なに?」
それはこちらのセリフだ。
話しかけてきたのは向こうからだし、第一僕は春香に今のところ用事という用事はない。
「とりあえず用事があってさ」
これは本音と建前と言うものだ。
「用事って何よ」
そうなることは予知済みなので僕は悪魔の一言を信じてみることにした。
無言で紙袋を春香の目の前へ突き出す。
「なによこれ」
「別にただのプレゼントだよ。毒なんか入ってないから食べてみてよ。じゃ」
「えっ?ちょ、ちょっと待ちなさい!」
走りながら後ろを確認すると春香は僕を追っては来なかった。
それでも春香が怖かったので、ある程度走って一旦休憩する。
「これって僕と春香の家の分かれ道じゃない」
どうやら僕は焦ってだいぶ学校の方まで戻ってきたようだった。
「振り出しに戻ったけどささっと帰りますか」
帰り道へ踵を返して再び同じ道を歩こうとした時、屋上の一角でトランペットを吹いている中村さんが見えた、ような気がした。
「……ただいま」
「どうかした?元気ないけど学校で何かあった?」
家に帰ると料理中の母さんは、僕が息切れで返事ができないことに気づくと再び料理をしだした。
口呼吸なのに美味しそうな匂いを頭が感じている。
この匂いから今日の晩御飯は一番好きなカレーなのだが、そんなことはどうでもよく。
中村さんを見てしまって後の下校中、僕は途中から走る衝動に駆られ全力で走ってきた。
原因は恐らく……。いや、確実に中村さんだ。
恋という感情をこの身で感じてしまった僕はもう中村さんを、そしてあの瞬間を忘れることは出来ないだろう。
結局晩ご飯はあまり食べきれず、宿題にも手をつけることなくただ布団の上でゴロゴロしていた。
眠ろうとしても目が覚めているので何もすることなく気づいた時には2時を過ぎていた。
「……せめて宿題はしとこう」
何も考えることなんてできなかったけど宿題をやっていると僕はいつの間にか机の上で気を失っていた。