14話
美味しい。
とても美味しい。
僕はデジャブな感覚包まれていた。
ただ一つ違うのはこんな時間も場所も関係がないのに、頭の中には中村さんのことしかないような気分になっている事だ。
考えているだけでもこんなに動揺しているのに、この気持ちを説明するとしたら僕でも叫びたくなる。
「どうです?あなたの体験を何となく再現してみました。お話すらうかがってませんが、いい味でしょ?」
少し子供っぽくなったマスターに僕は軽く頷くだけで返事をする。
「今まで恋なんて知らない所に実った初めての果実。それが弾けた瞬間は甘くて、酸っぱくて、キラキラしてて、そして周りなんて何も見えなくなってくる……」
僕が自分で考えるのも省く為かマスターは僕の思考を先読みしたみたいに言い当てていく。
1口また1口と飲む度に中村さんに話しかけられた時を強く思い出してしまう。
1度しか聞いていないはずなのにもう何度も聞いた気になったあの声は、僕が初恋の世界に目覚めた原因だ。
そして口に含む度にその味を目を閉じていつまでも楽しんでいる僕がいる。
その度にあの笑顔が蘇ることに気づいてしまった僕はきっと今幸せなんだろう。
「青春ですねぇ」
マスターはそんな僕を見ながらそう呟く。
「なんか、僕の中で何か弾けました」
「それは良かったです」
「これを飲む度にどんどん膨らんでいくというか、なんかもう何も考えられなくて……」
「これからどんどんそうなっていきますよ」
「今も心臓が締め付けられて叫びたくなるんですよ」
「分かりますよ。ですがここでは止めてくださいよ?」
気づけば僕の方から話を始めていて、マスターはいつの間にか聞き手になっていた。
「やっと自分から話し始めてくれましまね」
この状況を待っていたようなマスターはとても満足そうにしている。
「他にも話したいことや聞きたいことがあれば言ってください。これでも人生の先輩ですから」
「いや、大丈夫です。これから先は自分で探してみます。自分の気持ちは自分で何とかするものですから」
「そうですか。またいつかここに来た時には話を聞かせてくださいね。応援してます」
僕は最後の一口を飲み干すと席を立った。
「もう少しの間ここに座っていたらどうですか?そのお顔では風邪でも引いたようですよ」
「それが恋煩いだなんて誰も気づかないでしょうけどね」
冗談に冗談で返し、マスターの言葉に甘え少しの間席に座っていた。
少したってレジに行き財布を取り出すと岩形さんから「お金は必要ないのですが」と止められ、更に「これマスターからプレゼントです。誰かにあげて感想を聞いて欲しいらしいですよ。新商品らしくて」と紙袋を貰った。
マスターはこっちを見て微笑んでいたので、1度頭を下げて僕は店を出た。
そして僕が店を出た後マスターがメモ帳に『ハチミツレモンティー』と書いたことを僕はその時知らなかった。