第1話 パイタゴリアン村のプリンス
新しく書き始めた作品です。拙い文章ですがお読み頂ければ幸いです。
太陽が顔を出してからまだ少ししか時間が経っていないのに、マス王国東部にある人口400人ほどの村、パイタゴリアン村では皆がお祝いの準備で忙しくしていた。
「いやー、今年もこの季節がやってきたなー。」
「本当だな。この季節が来ると、ついつい自分がガキだった頃を思い出しちまう。」
「おーい、若い衆!ジジくさいこと喋ってねえで、ちゃっちゃと準備しやがれ!」
「はーい!今やりますよー。」
今日は10歳になった子どもたちの晴れ舞台、「降魔の儀」が行われるのだ。降魔の儀はこの世界の住人にとって今後の人生を左右するほど大切なもので、風情ある田舎村であるパイタゴリアン村では、子ども達の晴れ舞台を祝おうと、村人総出で準備に取り掛かっていた。
子どもたちは降魔の儀を通して、自らの内面と深く向き合い、魂に刻まれし言葉を発見する。すると、神からそれぞれの言葉に適したグリモワールを授かることが出来るのだ。
パイタゴリアン村では、20人の子どもたちが今年の降魔の儀に参加する。のんびりとして牧歌的なパイタゴリアン村で育った子どもたちは皆、素直にすくすくと育っており、村全体で可愛がられている。だからこそ、儀式に参加する子どもを持たない家も積極的に準備に参加し、村全体で魂に刻まれし言葉を発見した子どもたちを祝うのだ。
そうやって、毎年、毎年、村全体で子どもを育て、降魔の儀を祝福するパイタゴリアン村の村人達であったが、実を言うと今年は、どこか様子が例年と違う所があった。雰囲気と言うのだろうか、空気というのだろうか、とにかく目に見えないそういったものが、上ずっている感じがするのだ。
なんとなく作業が手につかなかったり、雑談が多くなったりと、今年は準備に集中できない者が多く、準備の仕切りを任されている村長の息子は、そんな村人達を怒って回らなければいかなかった。
朝から声が枯れそうになるほど叫んで回っていた村長の息子であったが、実は彼も村人達の気持ちを良く理解していたため、今年はこうなるだろうという事を事前に予想していた。
村人達の様子が例年と違う理由、それは準備をするのが面倒になったとか、今年は悪ガキばかりだからといった悪いものではない。むしろ、その逆で、彼らは今年、降魔の儀を受ける子どもたちに大いに期待しているため、仕切り役の声が枯れるようなことになったのだ。
今年、10才になった子どもたちは、色々と他の年の子どもたちと違う所がある。まず、その一つが読み書き計算だ。人口400人のパイタゴリアン村では、読み書き計算を満足に出来る大人は、村長とその家族、薬師のオババ、引退した元冒険者夫妻ぐらいのもので、他の村人たちは、出来なくても特に不自由のないため、勉強してみようと思う者すらほとんどいない。
対して、今年10才を迎えた子どもたちは、最低限の読み書き計算をみんな身につけていた。その中にはかなり高度な算学を身につけている者までいるそうで、その凄さをよく理解していない者まで、隣村で自分のことのように自慢話をしていた。
ただ、今年の子たちの凄い所はこれだけではない。彼らは小さいながらも優秀なその頭脳を活かして、ある者は鶏の繁殖を成功させたり、ある者は新しい娯楽を考え出したりしていた。
そんな子どもたちの中でも一際大きな注目を集めている子がいる。容姿端麗頭脳明晰にしてとても優しく正義感の強い性格で、子どもたちのリーダー的存在であると同時に大人たちからも信頼されている少年。彼の名を「ルカ=カルダーノ」と言った。
彼の逸話は村人たちの間で最も人気の酒の種になっているほどで、いわく、1歳にして言葉を理解し、2歳の時には読み書き計算をマスターしたと。
いわく、その笑顔は女性であれば子どもから老人まで虜となってしまい、男性でさえ禁断の愛に目覚める者も少なくないと。
いわく、彼はその優秀な頭脳を人のために使うことに生きがいを感じ、村の様々産業を成長させたと。
いわく、その剣の腕はすでに大人顔負けであり、将来は大陸最高の使い手になるかもしれないと。
他にも彼の逸話は様々語られており、彼は『パイタゴリアン村のプリンス』と呼ばれ、村では皆が一目を置いていた。村で1番の乱暴者でだらしながなく、爪弾き者だった暴れん坊のコゼックすら、彼の魅力に魅了され、今では村の若者集を代表する好青年になっている。
そんなルカ=カルダーノが降魔の儀にてどのような言葉を自らの中から見つけ出すのか村人全員が楽しみで準備に身が入っていなかったのだ。
――――side ルカ――――
パイタゴリアン村のプリンスと呼ばれ、村人たちから親しまれているルカ=カルダーノは降魔の儀を今か今かと楽しみにしていた。
彼は自分を愛してくれる両親や、優しく気持ちのいい村人たち、自分を慕ってついてきてくれる子どもたちが大好きであったし、そんな人々が自分の降魔の儀に期待してくれているのを嬉しく感じていた。
ルカ自身も自分の魂に刻まれし言葉は、どのような素晴らしいものなのかと思いを巡らせ、ずっと楽しみにしていた。もし、とても強力な力を手に入れたら冒険者になって竜退治の旅に出ようとか、生活の役にたつような力だったら自分の大好きな村をもっと大きく幸せにしようとか、年相応の期待とも夢ともいえる想像に胸を膨らませていたのだ。
降魔の儀の当日、彼はいつもより早く目が覚め、その様子をみた母親に「早く起きたって、儀式は早く始まったりしないのよ。」とからかわれたりした。そんなことは彼だって分かっていたのだが、自然と目が覚めてしまったのだからしょうがない。
しかし、このなんとも言えない胸騒ぎを何時間も我慢するのは嫌だったので、もう一度眠ってみようと思ったルカだったが、これから起きる自分の人生の節目への興奮で、バッチリと目が覚めてしまい、もう一度眠ることなど不可能だった。
布団の中にいても、部屋で母親が朝食を作る準備を見ていてもソワソワしてしまうので、彼は剣の素振りをして心を落ち着かせようと思った。
期待と興奮で胸が高鳴り、決して平常心と言えない状況でも毎日続けることで身体に馴染んだ素振りの動作は、いつもと同じように空を裂き、彼の心に束の間の落ち着きを与えてくれた。
ルカは1時間ほど素振りをした後、いつもと同じパンとスープの朝食をとり、一緒に降魔の儀に行く約束をしている幼馴染の「ジュリア・シャトレ」が迎えに来るのを、家の前で待ち構えていた。
中々進まない時の流れを早く進めるために、家の前まで自分を追いかけてきた妹と遊んだり、「まだまだ来ないわよ!」と何度も言ってくる母の仕事を手伝ったりしたものの、時の流れは変わらない。永遠とも思える時間を懸命に潰しているとようやく、ジュリアが迎えに来た。
「遅いよ、ジュリア。もう待ちくたびれちゃったよ。」
「そ…そんなことないわよ!まだ、降魔の儀に行くには早すぎるぐらいよ!」
ジュリアがツンツンした様子でルカの言葉に反応する。
ジュリアがいつもと変わらずツンツンしているのを見てルカは少し安心して、軽口を叩く。
「ふふ、ジュリアがいつも変わらないから、なんだか緊張が解けちゃったよ。ありがとね。でも、そんな怒った表情よりも笑顔の方がジュリアには似合っているよ。」
「な…何よ…。余計なお世話…。そう余計なお世話よ!!」
ジュリアは顔を真っ赤にしてルカの家から飛び出していってしまう。ルカは慌てて、「いってきます!」と大きな声で叫んでから、ジュュリアの背中を追いかけた。
少ししてジュリアに追いついたルカは謝罪の言葉を述べる。
「ごめん、ごめんよ、ジュリア。もう、からかったりしないから!」
「ふん、今度私に余計な口をきいたら許さないんだからっ!」
「まあ、僕がジュリアの笑顔が好きだっていうのは冗談でも何でもないだけどね…。」
ルカの言葉を聞いてジュリアは、ツンツンしているような、デレデレしているような、怒っているような、笑っているような顔をして、また走り出してしまった。
結局、二人して追いかけっこをしながら教会までの道を走りきる。そこにはすでに何人かの子どもが到着して、扉の前で時間が来るのを待っていた。
「おはよう!みんな来るのが早いね!」
とルカが言った挨拶に、いち早く答えたのは親友のピエールだった。
「おはよう!ルカ!楽しみすぎて、居てもたってもいられなくなってね。でも、それは君も同じだろ。」
「ふふ、当たり前だろ。僕なんて楽しみすぎて朝飯が2回食べられるくらい早起きしたよ。」
ピエールとジュリアと共に教会の扉の前で話をしていると、いつも一緒に行動している仲間であるマランとエミリーもやってきた。
「おはよう!マラン、エミリー!」
「おはよう、みんな!」
「おはよう!アイザックはまだ来ていないのかい?」
「まあ、アイザックが遅れてくるのはいつものことだろう?」
挨拶をした後、今度は5人で話し始める。もうすぐ、降魔の儀が始まるであろうギリギリになって、村で算学の天才と褒め称えられているアイザックが、のんびりとした様子で教会前に現れた。
「やあ、みんな、どうやら間に合ったみたいだね。」
時間ギリギリであったにも関わらず、アイザックは全く慌てた様子を見せず口を開く。
「なんだか、アイザックを見ていると緊張している自分が馬鹿みたいに思えてくるよ。」
とピエールが呆れ顔で言った。
「でも僕が焦っていたら、ドラゴンでも来るんじゃないかって、みんな不安になるだろう。」
アイザックのその言葉に、その通りだと皆で笑う。
ひとしきり笑った所で教会の扉が開き、司祭様が姿を現した。
「記念すべき、儀式をうける未来ある若者たちよ!教会の中に入りたまえ!」
しわくちゃの顔にニコニコとした笑顔を浮かべ、はっきりした声で司祭様が子どもたちに声をかけた。
子どもたちはソワソワしながら教会の中へと足を進めていく。皆がきれいに整列したところで、司祭様が壇の上に立ち、降魔の儀に関する説明を始める。
「フォッフォッフォッフォッ、若人たちよ、さように緊張するでない。儀式は逃げたりしないのだから。では、では、降魔の儀の説明を始めるぞ。
多くのものがご両親や知り合い、友達などから既に話しを聞いていると思うが、降魔の儀では神に祈りをささげ、自らの心の奥の奥、魂の領域に刻まれている言葉を発見するのじゃ。
その言葉を発見すれば、神からの贈り物にして、自らの魂の言葉が刻まれしグリモワールを自由に呼び出すことが出来るようになる。
もっともただ祈りを捧げるだけでは、魂の領域に足を踏み入れることはできんぞ。1人でお祈りするだけで、グリモワールを授かることが出来るのなら、こんな大層な儀式など必要ないからのう。
グリモワールを授かることが出来るほどの深い祈り。それを手助けするのがわしの仕事じゃ。わしがこの『信仰のグリモワール』を使って、お主たちの祈りの補助をする。
さすれば、祈りが終わりし時には皆がグリモワールを手にしておるじゃろう。なに、上手くやろうなどと思わないでよい。失敗したら、もう一度やらせてやるからのう。まあ、失敗するものなど、滅多におらんから、心配は無用じゃ。
それでは、皆の衆、神に祈りを捧げるのじゃ。」
子どもたちは皆、胸の前で手をあわせ神様にお祈りをし始める。祈り始めてから10秒ほど経った頃、司祭様がグリモワールを開き、『信仰のグリモワール』に刻まれた魂の言葉を唱えた
「神よ、この子たちにそなたの慈悲を与え給え。エリア・フェイ。」
司祭様を中心に光が発せられ、やがて教会内部全体が光に包まれていく。光に触れた子どもたちは、祈りとともに自らの心の奥底、魂の領域へと旅立っていく。そして、自らの存在の根源たる言葉を発見すると、また、元の世界へと戻ってきた。
子どもたちは、深き祈りの反動でしばらくの間、虚ろな目をして呆然としていたが、少しずつ目の焦点が定まり始める。
気がついたときには、人によって様々な色をしたグリモワールが目の前に浮んでいた。恐る恐るグリモワールを手に取って、開いてみると、1ページ目に魂の領域で発見した言葉が確かに刻まれていた。1人、また1人と深き祈りから目覚め、自らのグリモワールに魂に刻まれり言葉が書かれていることを確認していく。
しかし、1人だけ慌てた様子でグリモワールを開いたり、閉じたり、ひっくり返してみたりしている者がいることに、司祭は気がついた。
その者が持つグリモワールは白く美しく、今までたくさんのグリモワールを見てきた司祭でさえ、その美しさに見とれてしまった。
この者はさぞ素晴らしい力を授かり驚いているのだろうと思い、司祭はその者に近づいてグリモワールを覗いてみた。
グリモワールに書かれた言葉は持ち主にしか読み取ることができないので、何の意味もない行為ではあるが、司祭は興味本位でそのような行動をとってみたのだ。
すると、すぐにそのグリモワールがおかしいことに気がついた。グリモワールに書かれた文字は持ち主しか読むことができないが、他の者が覗いても「文字が書かれている」ということだけは認識できるのだ。
だが、白いグリモワールには何も書かれていなかった。全てのページが驚くほど真っ白で、そこには何の文字も刻まれていない。それは、司祭が教会に勤めて60年、一度も見たことがない現象だった。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁにも、書かれていないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ………」
何も書かれていない。ただひたすらに真っ白なグリモワールの持ち主は悲痛な叫びを上げて、意識を失った。
そして、この時、俺は目覚めた。
よろしければ、筆者が書いております「捨てられユウシャ(旅芸人)の復讐譚」も読んでみて下さい。
「https://ncode.syosetu.com/n3505eu/」