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第八話 瞳の奥

 

 その日の夕食は、お礼も兼ねてソフィが手料理を振舞ってくれた。


 ミートパイに付け合わせのサラダ。それにスープと、久しぶりに料理らしい料理を食べた気がする。異世界に飛ばされてからは、毎日兎の丸焼きだったからな。優しさが心に沁み渡る。

 因みにミートパイに使った肉は、俺らが外出していた間にアドルフが狩猟してきたもの。一泊の恩にとのことだ。初めて常識人らしい行動を見た気がする。


 食後の茶を飲みつつ、腹休め。ちょうどいい機会だからさっきの話を切り出すとしよう。


「なぁ、アドルフ。香辛料の備蓄って具体的に何日持つんだ? 七日くらい持つ?」

「そうじゃのう……七日……ひと月……ふた月……半年くらいかのう、ずずぅ~」


 音を立てて茶を飲むな。てか、半年も持つのかよ! 補充なんてしなくても全然大丈夫じゃねぇか。まぁこの際、急ぎの用が無くなったのは助かるな。


「急ぎの用が無いなら、しばらくこの村に滞在できないかな?」


 アドルフにそう問い掛けると、黙っていたソフィがビクッと反応した。目敏く見つけたアドルフが訝し気に言う。


「何じゃ? このお嬢さんにホの字にでもなってしもたか? 確かに可愛らしいお嬢さんじゃが……儂はもっとこう、ボンキュッボンな艶やかな女の方が」


 いやいや、誰もアドルフの女性の好みなんて聞いて無いし。おい、ソフィ。胸に手を当てて落ち込むんじゃない。将来性は感じられるから大丈夫だ。


「何の用があるのかは判らんが、儂もしばらくこの付近を調べようと思っておった。最近何かと物騒らしいしのう。それに少しばかり気になることもあるでのう」


 確かに村の惨状を見る限り、逼迫した状況であるのは間違いない。


「なら、その間ソフィの体力づくりを手伝ってもいいかな? 出来れば、ゴブリンくらいは無傷で退けられるくらいまでには」

「うむ、そうじゃのう。今後も森に入るのであれば、自衛能力が少しはあった方がいいじゃろう」


 アドルフはあっさりと俺の申し出を了承した。


「アドルフもそう思うならさ、ソフィを鍛えてやってくれないか? 俺よりもアドルフの方が適任だと思うし」

「儂がか?」


 アドルフの指導はスパルタではあるものの、対象の限界値を見極めた効率のいいプログラムを組む。ソフィを鍛えるにしたって、素人の俺よりもアドルフの方が適任だ。


「ふむ、そのように持ち上げられてものう。ま、悪い気はせんが。どれ、お嬢さん、少しこっちを向いてくれんか?」


 黙りこくっていたソフィは、恐る恐るアドルフに向き直った。


 しばらくソフィの瞳を見詰めていたアドルフは、ふむと何かを納得したかのように頷く。


「ゴブのすけ、儂にこのお嬢さんを鍛えて欲しいとのことじゃが……儂には無理なようじゃ」


 アドルフの口から出たのは拒絶の言葉。そして続けてあっけからんと言い放つ。


「儂には手の負えん部類じゃ。見込みが全くない」

「……やっぱりわたし……ダメなんだ……」


 はっきりと才能がないと断ぜられて、ソフィはしゅんと落ち込む。


「ちょ、ちょっとアドルフ。いくら何でも言い方ってものが」

「何を言うておる? 曖昧にはぐらかす方が酷じゃわ。こういった事は、はっきりと言ってやった方が良い」

「で、でも――」

「いえ、いいんです。わたしは気にしていませんから」


 なおも言い返そうとした俺を遮って気にしていないと言うソフィ。だが、その弱々しい微笑がその胸の裡を表していた。


「わ、わたし、今日はいろいろあって疲れちゃったみたいなので、申し訳ないんですけど先に休ませてもらいますねっ。あちらの部屋を使ってもらって構いませんからっ。それじゃあおやすみなさいっ」


 口早にそう捲し立てるかのように言うと、ソフィは逃げるように自室へ。パタンと戸が閉まると、リビングには妙な静寂に包まれた。


 ずずぅ~とアドルフが茶を啜る音がやけに響く。そして、コトリとカップを置くと、アドルフが先に口を開いた。


「……何故、あの娘を気に掛ける?」

「それは……似てた、からかな……」

「似ていたじゃと?」


 うん。似ていたんだ。微笑むソフィの瞳が。


「幼馴染の女の子なんだけど……。そいつは親に虐待されていたんだよ。辛いはずなのに、いつもニコニコとしていて……」


 あの瞳。笑顔なのに、昏い影が差す瞳。


「もう何もかもどうすることも出来ないって諦めていて……」


 あいつは何もかも諦めていた。悪辣な支配からは逃れられないと、残酷な現実は変わらないと。

 諦めて……認めて……心を押し殺して微笑んでいた。


「もう嫌なんだよ。あの瞳を見るのはさ」

「ふむ。して、そのおなごは?」

「殺される一歩手前までいった。家の倉庫に閉じ込められてさ。ギリギリ助かったけど、その後が大変だったよ」


 心が壊れてしまった彼女を癒すのは本当に大変だった。いや、今もまだ完全には癒えているわけでは無いか。


「やけに優れない表情をしておるのう。凶事は避けられたはずじゃぞ?」

「最悪な事態にはならなかったけど、後悔してるんだ。もっと早く気付けたんじゃないか、もっと早く助けられたんじゃないかってさ」


 そう。あの時、違和感を確かにおぼえていた。だけど、幼かった俺にはその違和感の正体が判らず、結果あいつをあそこまで追い込んでしまって……。


 いやいや、過去を悔やんでも仕方がない。今はソフィの事だ。……それにしてもあいつ、どうしているかな……。


「悔やんでおる故に、あの娘をという事か?」

「いや、そうじゃない。確かに後悔はしているけど……自分の気持ちに整理をつける為なんかじゃないよ。素直に何とかしてあげたいって思っている」


 ソフィと幼馴染の状況は確かに似てはいる。他者からの冷遇、非情な現状。だけど、あいつはあいつ。ソフィはソフィだ。自分の過去の払拭の為では決してない。


「ふむ、なるほどのう。まぁ悪く言えば、同情・偽善そのものじゃな」


 アドルフの意見は厳しい。だけどそう取られても仕方がないと思う。


「じゃが……儂はそれでいいと思っとるよ。やらない善よりやる偽善じゃ」


 ニヤリと笑うアドルフ。


「ゴブのすけはゴブのすけの思った通りに行動しなさい。しっかりと熱意を持ってな。じゃが、儂はさっきも言った通り、協力は出来ん。あの娘に見込みが無いのも確かじゃ。魔術師としての才はな」

「魔術師として……?」

「さよう。狼人族(ライカンスロープ)は種族として魔力に乏しい。その分身体能力は高いのじゃが。魔術師である儂が教えられることは、申し訳ないが無いのじゃよ」

「え? でも、アドルフ。結構近接戦闘とか教えてくれるじゃん」

「あんなもの、初歩の初歩じゃわ。ゴブのすけの指導だけで充分じゃろうて。それにまた人に教示することも、一つの鍛錬になる」


 なるほど。アドルフはこの機に乗じて、俺にも学べと言っているのか。今まで経験したことを他者に伝えることも、己を顧みる機会にしろと。


「じゃが、気を付けなさい。あの娘には、魔力の淀みが見受けられた。ちと考えられん淀みじゃ」


 魔力の淀み……何だそれは?


「そう心配はせんでよい。あの娘に害があるわけではあらんよ」


 ほっほとアドルフは笑う。


「精々頑張ってみなさい。思い残すことのないようにのう」





 翌日。静謐な雰囲気が漂う早朝。


 まだ陽が昇っていない時分に目覚めるのが、ここ最近の俺の習慣。異世界に飛ばされてから随分と早起きになったもんだ。

 アドルフは……流石、老人。朝が早い。もうとっくに起きて出掛けたみたいだ。


 欠伸を噛み殺しつつ、身体を解すようにひと伸び。朝の訓練を始めるとしますか。――の前にソフィだな。


 ソフィの自室へ向かうと、遠慮なしにノックする。


「もう朝だぞぉ~起きろぉ~」


 ドンドンと、反応があるまで叩き続けると、ガチャリとゆっくりと戸が開く。隙間から眠気眼が覗く。


「おはよう、ソフィ。もう朝だぞ」


 ニカッと笑って挨拶。しかし、ソフィの表情は何とも渋い。


「…………何ですか……まだ暗いですけど……」

「おいおい。朝の挨拶はおはようだろ?」

「…………ようございます……それで何か用です? まだ眠たいんですけど……」


 低血圧なのかな。すこぶる機嫌が悪い。ちょっぴり凄みがあるよ……でも、負けない!


「昨日は随分早く寝たじゃんか。それに言ったろ? 訓練だよ、訓練。朝の澄んだ空気を吸いながら、身体を動かす。健康の第一歩だよ」

「……でも見込みがないって……言われましたし……無意味な事はしたくないです」


 ありゃりゃ。こりゃ相当堪えたみたいだな。あんなに前向きな性格だったのに、卑屈になっちゃってるよ。このまま説得しても難しいだろうな。ここは強引に行きますか。


「無意味かどうかはやってみなくちゃ判らないだろ。とにかく行くぞ」


 有無を言わさず、強引に扉を開ける。


「きゃっ!?」


 ちょっぴり強引過ぎたのか、ソフィは驚いて尻餅をついてしまった。薄手の寝間着が捲り上がって、見えてはいけない秘部が見えてしまっている。


 顔を背けながらも急かすように言う。


「わるいわるい。そんじゃあ早く着替えてこい。外で待っているから。二度寝するなよ」


 口早に告げると、ソフィの方を見ないようにして外へと向かった。背後からため息が聞こえたが気にしない。


 

 いい空気だ。朝焼けも綺麗だし、今日もいい天気。異世界に来て良かったと思うのは、この新鮮な空気だけだな。

 軽く身体を動かしつつ、ソフィが来るのを待つ。


「それにしても……カボチャパンツは色気が無いよなぁ~」

「……来ましたけど」

「うえっ!?」


 いきなり声を掛けるんじゃない。変な声を上げちゃったじゃんか。……独り言聞かれてないよね?


「……ホントにするんですか?」


 おっし。さっきの独り言は聞かれてないな――じゃなくって。


「おう。モチのロンだ」

「?」

「……うん、まずは準備体操からなッ」


 とにもかくにも、まずは身体を解すところから。ラジオ体操だ。夏休み毎日欠かさず行っていたからな、完璧さ。

 見よう見真似でソフィも続く。その後二人でストレッチを。何で女の子ってこんなにいい匂いがするのだろうか……人生最大の謎だ。

 人生を掛けて紐解かなければならない命題に出会ったところで、軽くランニング。しかし――。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「……大丈夫か?」

「はぁ、はぁ、んくっ、大丈、夫、です、はぁ、はぁ」


 そうは言うものの、完全に息が上がってしまっている。まだ五分も走っていないんだけど……。


 こりゃソフィを鍛えるのは、すげぇ大変だな……あはは。





 結局のところ、ソフィはランニングでダウン。朝食を食べるのも億劫なようで、何だが随分とゲッソリしていた。


 まぁまだ初日だ。コツコツと体力をつけていけばいい。


 さて、ソフィの鍛錬はゆっくり進めていけばいいとして、俺の鍛錬も並行して行っていかなくてはいけない。


 まずは魔法だ。現在、俺が取得している魔法は、火・水・風・土の四つ。四代元素魔法と呼ばれる属性魔法である。その中で得意なのは、火属性。見た目も派手だし、つい一番使ってしまう。

 イメージを想起させ、火魔法を発動させる。もちろん無詠唱だ。無詠唱のアドバンテージは言わずもがな。出来ればこのまま無詠唱で通したいが……アドルフ曰く、より高度な魔法行使では、無詠唱は困難になるらしい。発動句を用いる方が一般的だそうだが……。


 何だか恥ずかしいよな。『地獄の業火ッ!』とか叫びながら戦うなんてさ。


「ふえ~。ゴブリンでも魔法が使えるんですね~」


 何故だかソフィがいたく感心していた。因みにダウンしたソフィを連れてきたのは俺だ。だってまだ朝なのに『疲れたので寝ます』なんて言うんだから。ゆとり世代かい、キミは。俺もゆとり世代だけど、そんなに甘ったれてないぞ。大体昨今のゆとり世代についての誹謗中傷がうんたらかんたら。


「そんなに珍しい?」

「はい。ゴブリンが魔法を使うなんて聞いたことがないです。リュウヤさんが珍しいんですかね?」

「ん~どうだろ? 中には普通にいるとは思うんだけど……」


 魔物の生態については一通りアドルフに教えられた。勿論ゴブリンについては念入りに。


 ゴブリンは群生生物であり、群れでの行動を基本とする。これは人間と同じ。人間も群れる生き物だ。だが、同じ群生生物であっても、大きく異なる点が一つ。

 知能だ。ゴブリンは著しく知能に劣っている。自ら何かを生み出せる人間とは違い、他から奪うことしか出来ない。その所業は劣悪且つ非道、そして何より卑怯な種族である。


 はぁ~……そんな種族と一緒なんてすげぇ嫌だけど、何の因果か、この異世界へと召喚された時になっちまったんだよな……その小鬼族(ゴブリン)に。


 鬱屈した気分を払拭する様に頭を振るうと、魔法修練に意識を集中させる。


 掌に発現させた火の玉。初級魔法だ。これを改良させる。と言っても、そこまで突飛なことをしようという訳ではない。単に威力増強させるだけ。

 火と言ったら、何色をイメージする? 大体の場合、赤色を思い起こすはずだ。だけど、俺が今まで見てきた火の色は、赤よりも青の方が多いと思う。ガスコンロとかでね。

 より高温の炎は青色に発色するのだ。とは言うものの、燃焼物によって炎の色は変わるんだけどね。銅は緑色だったっけ?


 とにもかくにも、青色の炎は赤よりも高温だったはず。なら俺が目指すべきところは、青の炎だ。


 より酸素を供給し、激しく燃ゆるイメージを……。


「――くッ」


 火の玉は激しく胎動し、そして――爆散。


 魔力過剰によってのオーバーフロー。


 失敗だ。より高威力をと力み過ぎたのか、無意識下で魔力が流れて過ぎてしまったんだ。でも、これはこれで使い道があるかもしれないな。


 再びトライ。次は魔力を意識して……ダメだ。魔力操作に意識を割き過ぎてしまっている。


 次第に周囲の音は消え、ただ愚直に修練を繰り返していった。

 魔力は精神力と同意義とされている。精神を研ぎ澄ませていくのに比例して、体力も削られていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 荒い呼吸を繰り返す俺。流れた汗が目に染みる。


 ちと疲れたな。ちょっと休憩するか……ってあれ? もう夕方? 時間も忘れるくらい熱中していたのか。


 疲労困憊の身体を横たわらせて、紅く色付く空を見上げる。と、割り込むように視界に入って来たのは、心配気なソフィだ。


「大丈夫ですか? すごく汗もかいちゃっていますし、お茶でもいかがです?」

「あぁ、悪い。貰うよ」


 よいしょっと、身体を起こして茶を受け取る。ゴクッと一口。枯れた体に染み渡るぅ~。


「あの~……何をしていたんですか? わたしにはさっぱり判りませんでしたけど」

「んにゃ? あぁ今のは、火魔法の威力を高めようと思ってな。魔力量を増やさずに威力を高めたいんだけど、これが中々難しくってさ」


 威力を増そうとすれば力み、無意識に魔力を供給してしまい、結果爆散。魔力操作に意識を囚われてしまっては、思うようにイメージを喚起できない。今日はこれの繰り返しだ。


「――てな感じでさ。失敗ばっかりだったけど、魔力のオーバーフローによって、魔法が爆散してしまうなんて知らなかったしさ。それが判っただけでも意味はあったよ。……あ、悪い。ずっとほったらかしにしてしまって」


 熱中してしまうと、周りが見えなくなるのは俺の悪い癖だな。


「いえ、気にしないで下さい。それに魔法を見られて楽しかったですし」

「え? もしかしてずっと見てたの?」

「はい。生まれて初めて魔法を見ましたよ。すごいですよねっ! 魔法って!」


 キラキラとした瞳で言うソフィ。だが、それも僅かな間だけだった。


「ホント、すごいです……わたしと違って……諦めないで……。何でそんなに頑張れるんですか?」


 それは……。


「戻りたいから……かな」

「戻りたい?」


 あぁ、そうだ。俺は戻りたいんだ。何としてでも人間に……。



今週すごく寒くて体調が悪くなってしまいました……。

皆さん、暖かい格好して防寒を!

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