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第六話 小鬼だって傷付く


「た、助けてもらったのに驚いてしまって、ごご、ごめんなさいっ!」


 あわあわと慌ただしく、何度も頭を下げるのは、俺が助けた獣耳の少女だ。


 先刻、ゴブリンから襲われていたところを間一髪俺が救ったのだが、俺の顔を見るなり悲鳴を上げて失神。そのまま放置することも出来ずに目覚めるまで待っていたのだが、少女が起きると共に、また悲鳴。


『や、やめて! 食べないで! 犯さないで!』『怖いよぉ……ええ~ん』『あぁ……わたし……ここまでなんだ……』


 ……酷くね? えげつない拒絶に、流石の俺も傷付いた。小鬼族(ゴブリン)だって傷付くんだよ?


 結局、俺には少女を落ち着かせることもできず、遅れて合流した人族(ヒューム)のアドルフが現れ、事態はやっと収拾することに。


「はぁ~そんなに拗ねなくてもいいじゃろうて。この娘もこう何度も謝っておる」


 ため息交じりに宥めるアドルフ。やけっぱちで心が感じられないよ、心が!

 美少女に『強姦魔』って言われる気持ち……分かる? 俺指一本どころか、半径五メートル以内にも近づいていないのよ?


「ゴブリンのボスが現れたと思って……それでその……犯されちゃうって……取り乱しちゃって……あの、ホントごめんさないっ!」


 ゴブリンは女性にとって最大の脅威らしい。なんでもゴブリンは女性を攫い、巣穴へ運び込むと、陵辱の限りを尽くすそうだ。他種族の母体を犯し、群れを繁栄させるという女性にとって屈辱的な習性を持っている。

 辛うじて、この少女はゴブリンに犯されるまでには至っていないようで、俺によって貞操は守られた。だけれども、俺の見た目は紫色のゴブリンだ。今度こそ陵辱されると思って、随分と錯乱したらしい。


「何をそんなに落ち込む? そこいらのゴブリンとは違うと、この娘の誤解も解けたじゃろう? このように誠心誠意頭を下げておるではないか」

「……はい。わたし、攫われちゃうって思って……。で、でも! ゴブリンさんは、お爺さんの従魔だったんですね! 助けてもらってありがとうございました!」


 従魔とは主に従う魔物のこと。極めて特殊な能力(スキル)によって魔物を支配する為、従魔は人を襲うことは無く、無害と認知されているようだ。だが……。


「いや、違うぞ? 此奴は儂の従魔ではあらん」


 そう、俺は別にアドルフの従魔ではないのだ。


「え? 違うんですか!?」

「うむ。違う」

「じゃあやっぱり、強姦――」

「待てぇぇいッ! 何故そうなる!? 俺は指一本触れてねぇ!」


 二度目の誹謗中傷は受け付けません! 


「ほっほ。やっと復活しよったか。落ち込むお主は、気持ちが悪いからのう」

「傷口に塩を塗り込むその言動、酷くね? 俺だって落ち込むことくらいあるっての!」


 ハートは高二の男子。初な男心を抉らないで下さい。


「え? え? 従魔じゃないの? やっぱりこのゴブリンさんは、ゴブリンで……で、でも、お爺さんと楽しそうに話しているし……」


 あわわと目をぐるぐると回す少女。頭から湯気が出そうな混乱具合だな。


「まぁ娘さん、考え過ぎは良くないぞ。此奴が娘さんを助けたのは間違い事実じゃ。それだけで充分じゃろうて」

「えっと……はい。そう……ですよね?」


 少女はキョトンと首を傾げながら俺に聞く。いや、俺に聞かれても……。


「さて、そろそろ移動するかのう。いつまでものんびりしておったら日が暮れてしまう」

「そうだな。日が暮れる前に森を抜けたいよな。俺ら、この先にある村を目指しているんだけど、えっと……」

「あ。ごめんなさい、名前も名乗らず。わたしはソフィって言います。多分、皆さんが向かっている村はわたしが住んでいる村だと思います」


 ぺこりとお辞儀をする獣耳の少女――ソフィ。なるべく彼女の方を見ないようにしつつ、名乗り返す。


「あ、悪い。俺らも名乗ってなかったな。えっと、この爺さんが――」

「大魔法使い、アドルフじゃ!」

「……うん、まぁいいや。で、俺がリュ――」

「ゴブのすけじゃ!」

「違ぁ~~うッ!」

「あ、はい。アドルフさんと、ゴブのすけさんですね。覚えましたぁ~」

「今すぐ忘れろ! リュウヤ! それが俺の名前! ゴブのすけでは断じてないから!」


 いやいや、ソフィさん? 違うって言ってるでしょ? 何故話を聞かない?


「まぁ何でも良いじゃろうて。娘さん、良ければ道案内してはくれんかのう」

「はい。わたしでよければ。あ、少し待ってください。準備しますので」


 ……ねぇ、君たち。マイペース過ぎやしない?


 俺を見事にスルーして、準備を始めるソフィ。転がっていた籠に、ゴブリンに襲われる前に集めていたのだろう、何らかの草(?)を慌ててかき集めていく。


「なぁ、アドルフ」

「何じゃ?」

「何か羽織る物とか無いの? アレじゃあ流石に……さ」


 アレとは、ソフィのことだ。ゴブリンに襲われた時に、随分と衣服が破られてしまったようで、見えてはいけない部分が、ずっと丸見えなのだ。四つん這いで草を集めるソフィの桃尻がプリンプリンと揺れている。

 先程からなるべく直視しないようにしている俺に対して、アドルフはがっつり穴が開くほど見続けている……。


「ないことも無いが……今は無いのう。村に着くまでには見つかるはずじゃ」


 ……おい、エロジジィ。あるなら早く出せ。


 

 ◇


 

「へぇ~それって薬草なんだ」

「はい。ヒポクテ草と言って、傷薬になるんです」


 ソフィとのんびり会話しながら森を進む。


「でも、わたし、ただの見習い薬師なので。錬成師さんのようなポーション類は作れないんです」

「ポーションかぁ~。見習いだから作れないの?」

「いえ、見習いだからという訳ではないんです。正確には全ての薬師は錬成術が使えないので、より効力の高いポーション類は作成できません。こう言ってしまったら、全ての薬師さんに悪い気がしますけど……錬成師の下位職なんですよ、薬師って。薬学知識さえあれば、誰でも薬師になれますし」


 確かアドルフの講義でその辺の話を聞いた気がする。人族(ヒューム)亜人族(デミヒューム)の職種体系だったかな。俺には関係ないと聞き流していたけど。


 そのアドルフはというと、俺とソフィから少しばかり距離を取って先行している。こんなにものんびりと会話出来ているのも、アドルフが警戒を行っているからだ。老人を働かすなんて少々悪い気もしないでもないが、今回は自業自得である。


「あの~……わたし、やっぱり謝ってきます」

「あ~いいの、いいの。気にしない気にしない。あのエロジジィが悪いんだから」


 ソフィが気にすることではないのだ。アドルフが自分の性欲の赴くままに、ソフィの肢体を嘗め回すように見詰めていたんだからさ。邪な視線を感じて、咄嗟にひっぱたいても仕方がない。素直にローブを渡しとけば、災難に見舞われなかったんだし。


「で、でも……」


 申し訳なさそうに、アドルフの頬に付いた紅葉を見やるソフィ。優しい子なのだろうが、その優しさはアドルフには要らないよ、うん。


「まぁいいじゃん。で、ソフィさんは、見習い薬師だっけ? 今はそれだけど、いずれは錬成師を目指しているの?」

「あ、ソフィって呼び捨てでいいですよ。えっと、目指しているわけでは無いです。その……そもそもわたしでは錬成師にはなれません。狼人族(ライカンスロープ)ですから」


 その獣耳は狼耳なのか。まぁそれはさておき、何で狼人族(ライカンスロープ)だとなれないんだ?


狼人族(ライカンスロープ)という種族は、生来魔力に乏しい種族なんです。加えて、魔力の扱いにも不慣れで、錬成術のような高度な魔力操作は身に付かないんです。どう頑張っても」


 種族によって得手不得手があるのは学んだ。確かに狼人族(ライカンスロープ)って狼が元になってそうだし、魔力の扱いは苦手そうだよな。どちらかと言うと肉体派な感じがする。


「そうですね。狼人族(ライカンスロープ)は戦闘民族と認識されているみたいです。でも、わたしは幼い頃から身体が弱くて、戦闘も苦手で……えへへ」


 戦闘民族と認知されている狼人族(ライカンスロープ)なら、ゴブリン如きにいいようにされないわな。ソフィは小柄だし、華奢だ。とても戦闘民族とは思えない。


「それにただでさえ厄介者なんです。ここは辺境とは言え、聖国内ですし。村に亜人族(デミヒューム)がいるだけでも迷惑を掛けているので、少しでも皆さんのお役に立ちたく、わたしでも出来ることをと考えると、薬師しか見つからなかったんです。母が遺した書物があったので」

「へぇ~お母さんが」

「はい。母のおかげで皆さんのお役に立てます」


 ニコッと微笑むソフィ。役に立てることが何よりも嬉しいと判る笑顔だ。


『母の遺した本』と言っていたことから察するに、既に他界しているのだろう。それに父親に関しては全く話題に出ていない。それでも寂しさの見えない穏やかな笑みを浮かべるソフィ。

 多分、両親の代わりに村人に愛されているのだろうな。亜人族(デミヒューム)に厳しい聖国ミリスシーリアにあっても、村に住むことを許されているし。


「ふわぁ~こんな奥まで来ちゃってたんですね」

「いつもはもっと浅い場所で採取してたの?」

「はい。いつもはこんなに森の奥までは来ないんですけど。最近、何だか魔物の襲撃が多いらしくて、怪我人がたくさん出たんです。備蓄の傷薬をお渡ししたんですけど、その分在庫が無くなっちゃって。それで今日はいっぱい採取しなくちゃって夢中で……その、本当にありがとうございました。危ない所を助けて頂いて」

「今回はどうにかなったけど、あんまり無茶したらダメだよ」

「はい。気を付けます」


 ソフィは真剣に頷いた。この様子だと、次はしっかりと気を付けてくれそうだ。


 それからもソフィとのんびりと会話を楽しむ。やっぱり爺さんよりも、若い女の子との会話は楽しいよな。枯れた心に潤いがね。


 ソフィが住む村は、百人ほどの小さな村だそうで、商人も年に二、三回しか訪れない半ば見捨てられた寒村であるようだ。聖国からも年に一度、徴税官が派遣されてくるだけ。それ故、亜人族(デミヒューム)であるソフィは本国に見つからずに済んでいるようだけれども。


「普段から頭には布を被って耳を隠しています。勿論、尻尾もスカートの中に」


 いくら村人の温情があるからと言って、変装は常にしているらしい。フサフサの尻尾を隠すのが大変そうだな。


「ん~それじゃあ香辛料の補充は出来そうにないなぁ」


 今回、森を出たのは香辛料の補充が主目的。アドルフの甘い物が食べたい欲求は勿論初めから無視するつもりだったけど。聞いた限りでは、かなり貧しい村だし、香辛料を分けてもらえるほど、備蓄は無さそうだ。


「そうですねぇ~……皆さん苦しいと思います。わたしの分であれば、お分けすることも出来ますよ。一人分なので少ないですけど」


 そうは言ってくれるものの、彼女の事だからギリギリしか備蓄していないだろう。ん~困った。


「ほっほ。お主たちは真面目じゃのう」


 頬に紅葉を付けたアドルフが言う。あなたは不真面目です。


「なに、心配はいらん。うまい事やりくりすれば、しばらくは保つ。そう急ぐものでもあらんよ」

「そうなの? いきなりだったから、結構ヤバいのかと思ってたけど」


 森を抜けることが決まったのは、つい数時間前。かなり心許ないと考えていたけど……。


「少しばかり魔物の数が多くなっていたからのう。ここいらで排除しなければ危険じゃと感じてな。間引きじゃ、間引き。ついでにゴブのすけの鍛錬にもなるでのう」


 鍛錬ついでの魔物の間引き。確かに想像よりも魔物の数が多く感じた。四苦八苦しながらもいい実戦経験になった。……いや、アドルフのニヤニヤ顔を見るに、自分では面倒だったこともあるな、これは。


「さて、そろそろ森を出るようじゃ。ほれ、ゴブのすけもこれを着なさい」

「……ローブ? かなり大きいけど」


 渡されたのは、灰色のローブだ。ソフィが今着用している物と同じ。ただ、身長約九〇センチの俺ではブカブカ過ぎる。余った裾の方が長くなるのでは……。


「あ、大丈夫ですよ。このローブ、魔術加工されているみたいで、体格に合わせて大きさが変わるみたいです」


 そう言われてみれば、ソフィはローブの裾を地面に擦っていないな。見た目はボロっちぃけど、意外に高性能だ。

 ソフィに手伝ってもらいながら、ローブを羽織る。すると、しゅるしゅると縮んでいき、小柄な体躯にも丁度良いサイズへとなる。


「へぇ~これ、面白いな。それに便利だし」

「ほっほ。こんなことでも一々感動するゴブのすけの方が何倍も面白いわ」

「ふふ。そうですね。こういった魔術加工されている装備品は、それほど珍しいものでもないですよ」


 生暖かい視線に晒されて、何だが居心地が悪いな。


「その不機嫌そうな顔はフードでしっかりと隠すのじゃよ。見つかればひと騒動起きるからのう」


 はいはい。俺はお尋ね者ですよ。

 フードをしっかりと深く被る。身長も低いし、フードの中を下から覗き込まないと、バレないだろう。ソフィも獣耳を隠すようにフードを浅く被った。


 準備はオーケー。さぁ異世界初めての村に行くとしますか。ちょっぴりワクワクする。


「あ、見えました! あれです。あの村です」


 村を見つけたのだろう、ソフィの声が僅かばかり弾む。

 俺からはまだ見えない。逸る思いを抑えつつ、草むらを掻き分けると……。


「……………………ボロ」


 ボロ小屋が立ち並ぶ廃墟然とした寒村。期待に膨らんでいた胸が、しょぼんでいくのを感じられずにはいられなかった。



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