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第五話 再認識


「――フッ!」


 短い呼気と共に、放たれた火の玉。その数三つ。

 連射された火の玉は狙い違わず、ゴブリンに命中。その命を焼失させた。


「ふぅ~……やっぱり一度で二つまでが限界だな。それ以上だと、精度に難ありってところか」


 焼死体の横にある焼け焦げた地面の一点を見詰め、課題を再確認する。


 アドルフに魔法の教示を受けたその日以降、今までの基礎訓練に加えて、魔法の修練項目が追加された。

 勿論、ゴブリン狩りも並行して行われ、一日の訓練量は壮絶。ひぃこら言いながらも鍛錬を続ける毎日。

 多分、アドルフが見極めているんだろうな。俺の限界を超えてぶっ倒れないギリギリを。あいつはとことんサディストだからな。


「ほっほ。何か陰口が聞こえるような気がするのう」

「げっ!? いきなり現れるんじゃねぇよ!」


 初日の狩り以降、アドルフが同行してくることは無くなっていた。索敵、警戒も訓練の内だとは彼の弁だ。それでも時たま、気配を消して突然現れることもしばしば。その都度、心臓が跳ね上がる思いである。


「ほっほ。まだまだ気配を読むのが甘いわ。甘々じゃ。……うむ、そろそろ菓子の類が恋しくなってきたよのう」

「いや、知らんがな」

「冷たいのう。ゴブのすけが反抗期じゃよ」

「そこ! いじけない!」


 地面にのの字を書くアドルフ。ホントこの爺さん、時々すげぇ~イラっと来るわ。


「まぁ冗談はさておき、やはり周囲警戒を能力(スキル)に頼りすぎじゃ」


 能力(スキル)とは、教養や修練を通して取得した特異技能のこと。魔法と同様に素質(センス)によって、取得難度が左右されるようだ。


 俺が取得出来た能力(スキル)は、「魔力操作」、「魔力察知」、「剣術初級」の三つ。アドルフが指摘している能力(スキル)は、「魔力察知」だろう。

「魔力察知」とは、簡潔に言えば、魔力・魔素(マナ)の流れを読む力だ。全てのものには魔素(マナ)が含まれているのは知っての通り。特に生物の内包魔素(マナ)は、自然界に溢れている魔素(マナ)よりも濃度が濃く、「魔力察知」を用いることによって、気配を感じ取りやすいのだ。

 アドルフが初日の狩りで、いとも簡単に獲物を見つけ出したのも、この能力(スキル)によるところが大きい。勿論、その他にも経験などもあるだろうが。


 そして、突然現れたアドルフには、生物特有の濃い魔素(マナ)を感じられない。魔力的視点から捉えれば、そこには何もないことになるのだが……ハッ! もしかして、アドルフは既にもう死んで――。


「これ。人を勝手に亡き者にするでない」


 う~む。どうしてかアドルフには考えていることがお見通しのようだ。


「お主は、魔法師としては致命的に、考えが顔に出るのう。……話を戻そうか。まず重要な事だが、能力(スキル)は万能ではない。能力(スキル)に頼りきりになるのは止めなさい。儂程の魔法師であれば、「魔力察知」くらい簡単に欺くことが出来る。無論、魔法師以外にも、気配を完全に遮断する実力者も多いぞ」


 なるほど。原理は分からないが、能力(スキル)を欺く能力(スキル)もあるのだろう。どの能力(スキル)にもウィークポイントがある。それを意識しておかないと、隙を突かれることになってしまうな。


「うむ、理解出来たようじゃな。視覚、能力(スキル)魔素(マナ)、気配……常に戦闘では多角的な視点が重要じゃ。無論、こと戦闘だけには限らんがな。一つを知ったところでそのものの全てが分かる訳じゃないという事よ」


 多角的な視点か……。


「お~お~。こりゃ丸焦げじゃわい。ちと過剰じゃのう」


 アドルフは黒焦げになったゴブリンの遺骸を見ながら言った。


「確かにオーバーキルだけどさ。魔法の練習も兼ねてやってみたんだけど」

「向上心があるのは、ゴブのすけの数少ない長所じゃが……」


 あ、そう。欠点ばかりで悪うござんした。


「これでは折角、魔物を狩ったのに、魔石がおじゃんであろう。……ああ、やっぱり使い物にならんの」


 鞄から取り出したナイフでゴブリンの胸部を抉ったアドルフだったが、魔石の状態を確認して肩を竦めた。


「魔物を滅するのは、我々に危害を加えるからじゃ。こちらが害されれば人死にが出てしまう。魔物狩りは人死にを減らす目的がある。無論、それ以外にも我々にとって有益な物――魔石が得られたり、ゴブリンの場合じゃと難しいが、食料や飼料にしたりとな。命を奪うからには、次の命に繋げる義務があると儂は思っとる」


 確かにアドルフの言う通りだ。魔物狩りを続ける事によって、生命というものを軽んじてしまっていたかもしれない。


「うむ。素直な所も長所じゃな。じゃが、別に怒っているわけでは無いぞ。狩りには狩りの理屈、やり方があるものよ。それに過剰攻撃は、体力、魔力の喪失じゃ。魔法師からの視点から申せば、余計な魔力を使うなという事よ」


 魔力には限界値がある。もし今、こんな危険地帯で魔力切れによって意識を失えば……。確かに今すべきことでは無かったかもしれない。反省だ。


「大方、同時発動数を増やそうと考えたんじゃろう。いや、魔法を覚えたての若人がよくやらかしてしまうことで、ゴブのすけだけが失敗しているわけでは無いぞ。魔力を温存する必要がない状況なら、そういった修練を積むことも大切ではある。じゃが、実戦ではまた違った修練があるのじゃよ」

「例えば? 精度を高めるとか?」

「そうじゃのう。精度を高めることも出来よう。じゃが魔法に大事なのは、創意工夫じゃ。例えば、ゴブのすけは初級火魔法のまま行使していただろう? 戦闘痕を一瞥すれば分かる。例えば、初級火魔法ファイアボールのままではなく」


 アドルフが発動した火の玉は、俺が発動させていた火の玉よりも随分と小さい。すると、アドルフは、火の玉の形状を矢のように変えていく。


「矢状にすることにより、突貫力、威力を増大させることも出来るのじゃ。体積が少ない分、消費魔力も相応に減らせよう」


 なるほど。火の矢であれば、急所を的確に突く精度があれば、より少ない魔力で仕留めることが出来るな。


「まぁこれも初歩の内じゃがな。消費魔力を抑えて、より威力を高めることも頭の隅に置いときなさい。後は、このファイアアローに風魔法を併用し、加速力を高めれば――」


 ブォン! と、火の矢が大気を切り裂き飛翔する。加速力の増した火の矢は、幹に小さな焦げ穴を穿ち、またその奥の幹までも貫通させた。


「この通り、もう一つの属性を加え、併用することで幾段階も威力が増すのじゃ。複合魔法と呼ぶものじゃな。魔法は幾千幾万の可能性を秘めておる。要は発想が肝心という事じゃ」


 初級魔法と言えども、個々人によって発現方法は千差万別。魔法を司る者は、常に改良を施しているのだ。


 俺は異世界からの渡来者だ。あまり頭の出来は良いとは言えなかったけど、それでも少しばかりの現代技術の知識を持っている。それを生かせば、オリジナル魔法なんて造れるかもしれないな。夢が広がる。


「さて、ゴブのすけ。今日はもう修練は切り上げようか」

「ん? 午後から何かあるの?」

「そろそろ森を抜けようかと思っとる。何時までも野営ばかりしておれんからのう。香辛料の類も備蓄が減っておるし、補給せねばな。それに……」

「それに?」

「甘い物が食べたい時分じゃ!」


 ああ、やっぱり甘い物が食べたかったのね……。


「ここから真っすぐ南下していけば、一つ村がある。今日はそこへお邪魔しようかと思う。そこで、ゴブのすけよ。村までの露払いを頼んだぞ」

「へ?」

「なに、もうこの辺りの魔物くらいでは引けは取らんじゃろうて、先行して道中の安全を確保しとくのじゃぞ」


 初級ではあるものの、魔法を覚えた今となっては、ゴブリンくらいの相手なら難なく倒せる自信は付いた。アドルフの太鼓判もあることだしな。だけれど……。


「俺一人でか?」


 それでも少し不安だった。これまでは野営地点から然程離れていない場所で狩りを行ってきた。いざとなれば、アドルフの下に逃げ込めばいいという保険があったし。


「うむ。儂は……ちょっとせねばならん事があるでのう。とても重要な事じゃ、うむ」


 自分の不可解な言葉に納得する様に頷くアドルフ。


「とにかく! そんなに数はおらんじゃろうし、任せたぞ、ゴブのすけ」


 パンパンと、俺の肩を叩いたアドルフは、ほっほと笑いながら足早に去っていった。


 強引過ぎて、何だか釈然としないけど……。まぁあのアドルフに頼られたと思えば、少しはやる気が出てくる。


「よしッ! いっちょやってみますか!」


 気合を入れて、いざ初探索へ向かう。


「………………南ってコッチだっけ?」


 前途は多難なようだ……。





「何がッ! そんなに数はッ! いないはずだッ!」


 右から虚を突いて突撃してきたゴブリンに袈裟斬りを放ち屠る。

 剣を振り切った勢いそのままに、右足を軸に回転。

 更にもう一匹の首元に横薙ぎ一閃。首を跳ね飛ばす。


「これのッ! どこがッ! 少ないって言うんだよッ!」


 後方で出方を窺っていた最後の二匹には、火の矢をお見舞い。眉間を穿ち、息の根を止める。


 見える所には脅威は無さそうだが、即座に「魔力察知」によって周囲を探っていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……隠れている奴は……いない、か。……はぁ~疲れたぁ~」


 今回の襲撃も何とか退けた。やっと人心地がついたよ。ホント疲れた……。


 ドカッと座り込んだ俺の周りには、撃破したゴブリンが死屍累々と見るに堪えない有様だ。だけれど、鉛のように重くなった疲労困憊の身体では一歩も動きたくない。小休止が必要です。


「あ~まじ疲れたわぁ。つか、アドルフの奴! どこが『そんなに数はおらん』だよッ! めちゃめちゃいたじゃねぇか! 斬っても焼いてもウジャウジャと。一匹居たら三〇匹いるゴキブリかってくらいゴブリンだらけだったし」


 ホント騙されちまった。あんなに強引に任せてきたのは、この面倒な戦闘をしたくなかったからだな、絶対。後で文句言ってやらないと。


 文句は後で言うとして。とにかく、連続戦闘は中々に大変だった。一グループ倒し終わったら、近くの別グループにリンクしたり。更に斥候か分からないが、影に隠れる個体もいて、見逃せば新たな敵襲が現れたり。

 息の付く暇も無い連戦に、戦闘ペースは乱れ捲り。体力も魔力もカツカツだった。


 それでも日本に居た時と比べると、身体能力は格段に向上していると実感できる。まぁ魔法というチートがあったりと、的確に比較することは出来ないだろうけど。それでも前のままであったなら、一グループで力尽きていたと思う。帰宅部だったし。


 何だかんだ言って、アドルフに鍛えられたおかげか。そこは感謝してやってもいい。面倒を押し付けられた事は許せないけど。


「いや……違うか。それだけじゃないな、きっと」


 戦闘で沸騰した頭が冷えていくと、また違った意味も見えてくる。


 サポートが得られない状況での探索。常に辺りを警戒・索敵しながらの行進は、相応の精神力を削った。

 戦いでも、俺の想定通りとはいかず、常に後手後手で大きくペースを乱された。撃破順位を間違えてしまったことにより、更なる窮地に追い込まれたりと、危うい場面も少なくは無かった。


 どれもこれも、ただの狩りでは決して得られない貴重な経験だ。うん、アドルフは実戦経験を積ませる為に、俺を送り出したのかもしれないな。俺の限界をしっかりと見極めて。


『そんなに数はいない』と言っていたのも、俺の力量を鑑みて期待してくれていたと思えないことも無いし。


「まぁ後で聞けばいいか。教えて欲しいこともあるしな」


 よいしょっと、剣を杖代わりに立ち上がった。その時――。


「キャァァ~ッ!」


 絹を裂くような悲鳴が微かに聞こえた。


 瞬間、俺は即座に走り出す。


 何だ? ゴブリンにでも襲われているのか? 結構遠そうだけど……間に合うか?


 疾走しながらも「魔力察知」で状況を把握しようと努めるものの、どうやら範囲外らしい。俺の「魔力察知」はそこまで範囲が広いわけでは無い。精々半径五〇メートル程。アドルフの「魔力察知」とは比較にならない程狭い。余談だけれど、同能力(スキル)であっても、対象の素質・力量によって優劣が付くらしい。


 疾走すること暫し。断続的に聞こえる悲鳴は徐々に大きく、その距離を縮めていく。


 ――捉えた! 数は四つ。見慣れていない魔力が一つ、後の三つはゴブリンだ。ゴブリンの魔力は嫌という程、視てきたからな。


 相対位置を瞬時に理解。疾走しつつ、火の矢を放つ。


「GUGYAッ!?」


 呆けたような断末魔の叫びが、前方から聞こえた。


「まずは一つ」


 後二匹は魔法攻撃するには位置が悪い。剣で仕留める!


 疾走の勢いそのままに草木を飛び越えると、そこには胸に焼け跡があるゴブリンが倒れ伏しており、他二匹は突如の急襲に呆然と固まっていた。


「……え?」


 そして、もう一人、急展開についていけていない少女が、ゴブリンに取り囲まれるように蹲っている。

 衣服には無残にも引き裂かれた痕が。随分といたぶられていたようで、雪のように白い肌には血が滲んでいる。だけれど、致命傷には至っていないようだ。


 瞬時に現状を把握すると、間髪入れずに行動に移す。


「――シッ!」


 剣の間合いに入ると同時に、短い呼気を放ちながら猛然と剣を振り上げた。

 袈裟に血潮が噴き出すゴブリンの絶命を見届ける事無く、次へ。

 未だ思考停止から回復していないゴブリンに、無慈悲な刺突を繰り出す。


「……これで三つ」


 的確に魔石を穿ち抜き、断末魔を叫ぶことさえ無く死に絶えたようだ。グッと重くなった剣をゴブリンから引き抜き、血糊を振り払う。


「もう大丈夫ですよ。安心してください」


 なるべく優し気な声を心掛けながら少女に言う。


「……」


 あれ? 反応が無いな。

 未だ呆然としている少女は、大きなアメジスト色の瞳で俺を見詰め固まっていた。


 土汚れが酷いものの、可愛らしく整った顔立ち。乱れた銀髪は肩口で切り揃えられ、そして頭の上には獣耳が――て、獣耳ぃ!? まさか獣人か!? ここ聖国ミリスシーリアだけど、亜人族(デミヒューム)が居ても大丈夫なの?


「えっと……その、大丈夫ですか?」


 反応が無い少女に再度問い掛けると。


「ひ……」

「ひ?」

「ひぇぇぇええええええッ!?」


 大・絶・叫。鼓膜が破れるぅ~。


 甲高い悲鳴を上げた少女は、限界に達したかのように、そのまま倒れ意識を失った。


 ぐったりと横たわる少女の傍に、今度は俺が呆然と立ち尽くしてしまう。


 助けたのに……悲鳴を上げられ――あ! そうか! 今俺、紫色の小鬼族(ゴブリン)だった……。


「ははは……いくらなんでも酷くね?」


 静寂に包まれる森の中、俺の虚しいから笑いだけがひっそりと響いたのであった。



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