第二六話 再会
「ひ、陽さんっ! ゴ、ゴブリンですっ! は、早く、に、逃げないとっ!」
怯える地味目な女の子は、グイグイと陽の袖を引っ張る。しかし、陽はじっと俺を見詰めていた。
「うん、せっちゃん。ちょっと黙ってて」
真剣な口調でせっちゃんと呼ばれた地味目な女の子を制す陽。そして、ゆっくりと俺の方に近付いて来た。
「りゅう……ちゃん……なの?」
「ああ。お前にいつも苦労を掛けられる可哀想な龍也だよ」
肩を竦めながらそう答えると、陽の綺麗な鳶色の瞳が、みるみるうちに潤み始めた。
「りゅうちゃん!」
俺の名を叫ぶかのように呼ぶと、陽は駆け出し、勢いよく俺に抱き着いた。
「おいっ!?」
小柄な今の俺では陽を受け止めることが出来ず、そのまま陽もろとも倒れてしまう。
「りゅうちゃん、りゅうちゃん!」
何度も、何度も、俺の名を呼び、嗚咽を漏らし続ける陽。俺はそっと頭を撫でてやる。
「おう。久しぶりだな。まさかこんな所で会えるとは思ってなかったよ」
「うん……うん……」
異世界に召喚されたのは、やはり俺だけでは無かったらしい。あの時、近くに陽も居た。
ずっと考えないようにしていた。陽だけは元の世界で平穏に過ごしていると信じて。
しかし、現実はそう甘いものでは無かったようだ。
「あの~……説明してもらえると嬉しいのですが……」
控えめに声を掛けてくるソフィ。まぁ確かに一体何がどうなっているのか気になるだろうな。もう一人の女の子も、オドオドとどうしたらいいのか判らないといった様子だし。
「そうだな。ちゃんと説明するよ。とにかく、場所を移した方がいいな」
こんな街道真っ只中で説明するわけにもいかない。すぐにでも場所を移すべきなのだが……。
「りゅうちゃん、りゅうちゃん」
泣きじゃくる陽の様子を見るに、もう少し時間が掛かりそうだな。
俺は陽が泣き止むまで、頭を撫で続けるのであった。
◇
眼を紅く腫らした陽たちを伴って、俺はアルメニアの最北端の街リーディニに入った。
門番も居て冷や冷やとしたが、陽と顔馴染みらしく、簡単に通して貰えた。
リーディニの街は、一言で言えば地方都市、ザ・中世の街並みと言った様相である。ソフィの村と比べるまでもないが、まぁそこそこ発展しているように思えた。石造りの家屋を基本として、どことなくノスタルジックな哀愁が漂っているようである。
早速観光と行きたいところだが、まずは説明をしなければならない。俺たちは、陽らが宿泊している宿へと向かった。
硬いベッドが二つだけといった簡素な宿の一室。女の子が寝起きしているベッドに腰かけるのは気が引けたが、まぁ陽だしな。遠慮なく座らしてもらう。
「まずは自己紹介かな? 俺は宮園龍也。この世界に来てからは、何故か魔物になっている」
「ゴブリンにしてはイケメンじゃないかな?」
陽がそんな事を言ってくるが……ちっとも嬉しくない。
「はいっ! あたしは山中陽っていいます。さっきは取り乱しちゃってごめんね」
陽が明るく名乗ると、続いて黒髪の女の子が控えめに口を開く。
「私は……東条せつな……です……あの……よろしく……お願いします」
ぺこりと頭を下げたせつな。気の弱い性格なのだろう。
「次はわたしですね。わたしはソフィです。亜人族ですが、仲良くしてもらえると嬉しいです」
ソフィも緊張気味だ。まぁソフィには亜人族という背景があるからだろうけど。
「狼っ娘キター! ねぇねぇ、その耳触ってもいい? フィーちゃん」
「え、えぇ、いいですけど……フィーちゃん?」
急激に距離を詰めて来る陽に、ソフィは戸惑いを隠せないようである。
「うん、フィーちゃん。ソフィだから、フィーちゃんって呼んじゃってもいい? あぁ~この耳すっごくぷにぷにしてるぅ~! りゅうちゃんも触ってみる?」
遠慮なしにソフィの狼耳を撫で回す陽。つか、本人に確認してから言えよな。まぁ触るけど。
「あ……」
俺が触ると、ソフィが艶やかな吐息を漏らした。俺は即座に手を離すのだった。
ポッと頬を赤らめるソフィ。そして、陽は……ニヤニヤ顔で俺を見るんじゃねぇ!
場を正すように咳払いを一つ。最後にラファを紹介する。
「で、最後にこの腕輪がラファ。皆には声が聞こえないと思うけど、よろしくしてやってくれ」
俺は左手首に嵌められた銀の腕輪を掲げてみせる。すると、ソフィの耳を触っていた陽は、その動きを止め、まじまじと俺を見詰めた。そして……。
「りゅうちゃん……頭大丈夫?」
不憫な子を見るかのような瞳を俺に向けた。あれ? 何だか俺、頭おかしくなったと思われてない?
《マスターの思考は正常に動作していますので、ご安心を。このギャルの理解力が乏しいだけでしょう》
おぅ……ラファさん、今日も絶好調な口の悪さだね。
「あ、あのっ! この腕輪は、知性保有型魔宝具と言って、すごく貴重な物なんですっ。それで、それで……わたしたちには聞こえませんけど、リュウヤさんにだけは、ラファさんの声が聞こえるみたいなんですっ」
不穏な空気を感じ取ったのか、ソフィが慌てて説明を付け加えるが……内容が非常に薄っぺらい。これじゃあまるで、俺がイタい子で、そっとしてあげて欲しいと、同情されているみたいじゃないか……。
「フィーちゃん……辛かったんだね。これからはあたしたちもちゃんと付き合ってあげるからね」
「ち、違うんですっ。いや、違うんじゃななくて、本当なんですよっ」
「うんうん、りゅうちゃんに一人で相手にするのは辛かったね。もう大丈夫だからね、よしよし」
「あう~……リュウヤさん……」
よしよしと、あやすかのようにソフィの頭を撫でる陽。撫でられるソフィは、誤解が解けず、情けない顔で俺に助けを求めていた。
「私……信じます……」
と、ずっと黙っていたせつなが唐突に口を開いた。
「せっちゃん! 信じちゃダメだ! その先は危ない! 彼は妄言虚言を吐く悪鬼羅刹の類なんだ! 現実を直視できない可哀想な子なんだ!」
意味の判らない事をのたまう陽。はぁ~……陽も相変わらずだな。てか、可哀想な子って……若干、本音が混じってないか?
「陽、その調子でふざけても、皆ついて来れないよ」
「へ? ああ~……そうか、うん。なら、ふざけるのは一パーセントだけ自重する事にする」
あははと笑う陽。いや……それ、全然自重していないから。
俺は肩を落とし、呆れたようにため息を吐く。
「とにかく! この腕輪は知性保有型魔宝具と言って、独自の知性がある。ソフィの言った通り、俺以外には知性保有型魔宝具――ラファの声は聞こえないんだ。だけど、これまでにもラファには色々と助けてもらった。物知りな奴だから、何か判らない事があったら教えてくれ。皆の声はラファに聞こえているようだから」
「はぁ~い。ファーちゃん、よろしくねぇ~」
「あ、はい……よろしく……お願いします」
軽い口調で言う陽と、ぺこりと律儀にお辞儀するせつな。対照的な二人だな。
《仕方がありませんね。マスターのお知り合いならば、嫌々ながらも同行を認めましょう》
ホント、お前って何様なんだよ……。
とにもかくにも、全員の自己紹介が終わり、いよいよ本題へと移る。俺はこれまでの経緯を皆に説明する。
「じゃあまずは俺から話すよ。あの地震が起きた後、俺は何故だか小鬼族になっていて――」
俺の身に起こった事を話していく。内容を簡潔にまとめるとこうだ。
異世界に召喚された俺は小鬼族になってしまった事。元の世界に帰還する方法を探すことよりも、まずは人間の姿に戻ることを目指している事。アドルフ、ソフィと出会った事。そして、アドルフの死。その死を乗り越えて、ソフィと共に迷宮都市に向かっている事を時間をかけて話した。
皆、真剣に耳を傾けている様子だった。ソフィにも俺が異世界からの来訪者だとは、ちゃんと説明していなかったかな? ソフィも真剣に耳を傾けている様子だった。
「――で、俺とソフィは、今迷宮都市を目指して旅の途中ってわけだ」
「そうだったんだ……りゅうちゃんも大変だったんだね」
俺が話し終えると、陽がそう言った。
「『も』ってことは、陽たちも大変だったのか?」
そう訊くと、陽はせつなと顔を向き合わせ、苦笑する。
「うん。りゅうちゃん程ではないけど、結構大変だったよ」
「はい……怖かったです……」
二人の様子を察するに、彼女らも彼女らで中々大変な期間を過ごして来たのだろう。
「じゃあ、あたしから説明するよ。えっとね……あの地震の後、この世界に召喚? されたのは、りゅうちゃんと一緒。で、あたしたちは、おっきなお城で目覚めたの。そこは新聖国ミリスシーリアの皇城だったわ」
という事はつまり、俺たちはあまり離れた場所で召喚された訳じゃないのか。
「目覚めると、そこにはびっくりするような綺麗な人がいてね。その人があたしたちを召喚した本人だったの。新聖国ミリスシーリアの聖女様らしいわ。その時のあたしは、不可解な現象にみまわれて、頭がこんがらがっちゃっていたけど、同時にワクワクもしていたの。だって、大きなお城に、聖女様でしょ? アニメやゲームの主人公になった気分だったわ」
そう言えば、昔から陽はアニメやゲームが好きなオタクだったな。確かに定番の設定が、自分の身に起こったら興奮するのもよく判る。
「その聖女様に色々説明されたわ。魔に連なる何とかを倒すんだ~って話だったと思う。あんまり聞いていなかったな、あたし。他に気になることがあって。えっと……一〇〇人くらいかな? あたし以外に召喚されたのは。いっぱい居て、あたし、ホントびっくりしちゃったの。多分、皆あたしたちの高校の関係者だと思うけど」
「私も……そう思います……クラスの子も……いっぱい居ました……」
陽の推測を肯定する様にせつなが言った。
「あ、やっぱりそうなんだ。あたし、あんまりお友達居ないからよく判らなかったよ、あはは」
とぼける様に笑う陽。明快な性格の陽だが、他人に心を開くことはほとんど無い事を俺は知っていた。まぁ昔、色々あったからそれも仕方がないだろう。ソフィとせつなには、是非とも仲良くなってもらいたいところだ。
俺が他の心配をしていると、陽が話を進めた。
「でもね、そのワクワクした気持ちも一時のものだったの。説明の後に行われたステータス鑑定で、全部吹っ飛んでしまったわ」
話す陽の声に陰りが見えた。せつなも少し俯き加減だ。
「兵士が持ってきた大きな石。鑑定石って言うらしいんだけど、それで個人のステータスが鑑定出来るのよ。一斉にステータス鑑定が始まったわ。皆高ステータスだったらしくて、聖女様に褒められていたりして……でも……」
言葉尻を濁すかのように口籠った陽が、チラリとせつなを横目で見た。すると、俯き加減のせつなは、膝の上に乗せた手をギュッと握り締めながら、か細い声を紡ぐ。
「私の番でした……私が鑑定石に触れ……ステータスが示されると……無かったのです……」
「無かった?」
「はい……勇者召喚によって招かれた人には……人外の力が与えられるそうで……恩恵と言うらしいです……」
「恩恵――神の恩寵ね。その恩恵を以って、初めて勇者と承認されるみたいなの。だから、恩恵が無かったせっちゃんには勇者の資格が無いって、それで……お城から追い出されることになったの」
恩恵が無いせつなは、城から追放されることになった?
「何故だか、誰もその強引な決定に文句を付けようとしなかったのよ! さも当然と言った冷たい目だったわ。ホント、見損なったわよ!」
憤慨する陽。せつなは、それきり口を閉ざし黙ってしまった。固く握り締められた拳が、微かに震えている。
「あたし、頭に来ちゃって聖女様に言ったの。『追い出すなんて可哀想じゃない!』って。そしたらあの女、『神のご遺志には逆らうことは出来ません』って!」
とうとう聖女の事をあの女呼ばわりし始めたぞ。相当頭に来たんだな。
「『それならあたしも一緒に出ていくわ』って言ってやったの。そしたらあの女『ステータスの鑑定を済ませてから考えましょう』って。ホント、何様なのよ、アイツ。それであたし、思いっきり叩くように鑑定石に触れたの。正直……ちょっと痛かったけど。そしたら……」
憤慨していた陽がおもむろにトーンダウンしていく。
「無かったのよ、あたしにもね。まぁ今となっては、神の恩寵だか何だか知らないけど、あのお城に囚われなくて良かったけどね」
ああ、陽にも恩恵が与えられていなかったのか。
「他には居なかったのか? その恩恵だっけ? それが無かった人は」
「うん、あたしとせっちゃんだけだと思う。だよね? せっちゃん」
「えっと……ごめんなさい……あまり記憶が無くて……」
文化も何もかも違う異世界に放り出されるのだ。動揺して記憶が曖昧になってしまうのも頷ける。
「あたしの記憶が正しければ、二人だけだと思う。それでね、あたしとせっちゃんは多くの兵士に連行されるように追い出されたの。囚人の気分ってあんな感じなのかしら。りゅうちゃん、知っている?」
いや、知っているわけねぇだろ。まだ手は綺麗なままだっつーの。
《『まだ』という事は、これからは判らないという事ですね》
これからも、だッ!
「それでね、それからがホント、大変だったの。お城を追い出されて、城下町って言うの? 真っ白な街からも追い出されてね。近くの街に向かう為に、街道を通らず、森の中に入っていくの。おかしいでしょ? 訊いたら『森を通る方が早く着く』とか言い出して」
確かにおかしな行動だ。この異世界には魔物という脅威が蔓延っている。森林を通るなんて、魔物に襲ってくれと言っている様なものだ。
「怪しいから警戒してたの。だからあたし『疲れたから少し休ませてくれない?』って言ってね。休憩することになったの。それでせっちゃんと二人でお花を摘みに少しだけ離れて、茂みに隠れて兵士の会話を盗み聞きしてみたの。そしたら『もう少し進んだら、そろそろ頃合いだろう』って。不穏な雰囲気だったし、このままじゃ危ないと思って、せっちゃんと二人で兵士から逃げたわ」
「確かに、逃げて正解だと思うよ」
「でしょ? それはもう必死に逃げたわよ。ね、せっちゃん」
「はい……あんなに走ったのは……初めてです……」
「うんうん、すっごく走ったもんね。逃げて逃げて、何とか兵士を撒いて、この街まで来たの。多少のお金は持たせてもらえたけど、このままじゃ困るから、この街で冒険者になったのよ」
「冒険者になったのか?」
「だって、異世界召喚されたら、冒険者になって一旗揚げるのが定番中の定番でしょ?」
ドヤ顔でそんな事を言う陽。どこまでいってもオタクだな。
「皆さん、本当に大変な思いをして来られたのですね」
じっと話を聞いていたソフィが辛そうな表情でそう零した。
「うん、まぁ大変じゃなかったとは言えないよね」
思わずと言った具合に、陽は微苦笑する。
「でも、これからはフィーちゃんにも大変な思いをしてもらうことになるかもよ?」
「ふぇ? わたしもですか?」
「迷宮都市に向かうんでしょ? モッチロン! あたしもついて行くからね。せっちゃんはどうする?」
「わ、私も……その……お願いします」
慌ててせつなはぺこりと頭を下げた。
どうやら陽は、端から俺たちについて行く算段だったようだ。まぁ俺もそのつもりだったしね。
こうして俺、ソフィ、陽、せつな、そしてラファと、パーティーを組むことになった。




